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18話 不思議な空間の少女

 ある日、リンネはオーガに連れられて団の一番後ろにあるテントの前にやって来た。


「あの、副団長。ここは……?」

「ここは私たちのように戦う者たちが訓練をする場所だ」


 言われてからリンネは再びテントに視線を向ける。しかし、どうみてもテントは人が三人入るぐらいの大きさしかなく、こんなところで訓練をするなど不可能だとリンネは思う。


 訝しむリンネを見て、オーガはテントの入口を開けた。


「ひとまず、君自身の目で確かめて貰った方が早いだろう」


 そう言ってテントの中に入っていったオーガを追って、リンネは恐る恐るテントの中に足を踏み入れた。


 ーーそこには、広大な草原が広がっていた。


 ところどころにトレーニングの道具や武器、人の形をしたカカシが置いてあり、晴れやかな空の下はかなり物騒になっている。


「……え?」


 そして後ろを振り返ると、なぜか今入ったはずのテントが当然のような顔をして立っていた。


 リンネは瞬きを三回した。


 そのリンネへ、青いーー文字通り青のーー草を踏んでやって来た女が声をかける。


「よっす! どうも、新入りさん!」


 溌剌とした笑顔を咲かせた明るい女だ。カーよりは若く、ノルンよりは年上だろう。どこから吹いたかわからない心地の良い風が、彼女の茶色の髪をなびかせた。


 リンネは驚いて、屋敷生活を突然思い出して、反射的に姿勢を正してお辞儀をして言う。


「昨日、この団に入りました。リンネです」

「おうおう! 律儀っすねー。あたしの名前はサニーっす。この空間の主なんで、よろしくっすよ!」

「この空間の主……?」


 リンネはそれを聞いてぐるりと辺りを見回した。


「この空間ってことは、ここって実在するどこかの場所、ってわけじゃないの?」

「そのとおりっす! ちゃんと空間の端もあるっすよ。テントの裏に回ってみて欲しいっす。あたしはここにいるっすから」


 リンネは言われた通りにテントの方へ歩いて行った。ぐるりとテントの周りを半周してみる。すると、入口が裏側にもあった。


 それに驚いて、リンネが顔を上げると、視線の先にはサニーが居らず、反対側に回ったはずなのに、なぜかサニーがリンネの後ろにいる。


 リンネの思考が止まった。そして、サニーが動いていないことを確かめるように、今度はサニーに焦点を合わせたまま後ろ歩きでテントの周りを回る。すると今度はある一点でサニーの姿が消滅した。


 そして今度はテントの入口を探す。入口は、動かないままのサニーの正面にあった。


「……ど、どういうこと?」

「こういうことっす」


 そう言ってサニーが頷くが、リンネはさっぱりどういうことかわからなかった。


 ポカンと口を開けていると、サニーが気づかずに説明を続けた。


「あたしの幻力は空間を生み出す力っす。あのテントを通じて、現実世界の裏の世界を生み出してるっす。だからほんとは空の青さを映した草と同じで茶色の空があるんすけど、まあそれはあたしが弄ってるっす。良い天気っすよね!」


 雲ひとつない快晴の空を見上げて、サニーはふうとひと息ついた。リンネは、確か今日は向こうは曇りだったかな、と思う。


 サニーは続ける。


「あと、あたしは特別なんっすよ。あたしの名前、本名なんっす」

「え? みんなそうなんじゃないの?」

「ありゃ、知らなかったっすか? なら教えてあげるっす。長話になりそうっすし、ちょいと座るっすよ」


 サニーがふかふかの芝生の上に腰を下ろして、そこに座れと言うように正面の地面を指して、リンネを見る。


 リンネはそれに従ってサニーの前に座った。それを確認して、サニーは口を開く。


「いいっすか。幻界を通過する時、あたしたちは訳の分からない幻覚を大概見ることになるっす。まあ、中には違う人もいるっすけどイレギュラーっすね。で、そういう普通の幻覚を見た人は、まず頭がおかしくなっちまいます。理由は単純。幻覚と幻力はイコールで繋がってるからっす」


 サニーが人差し指で=の記号を作る。


「カラスの幻想を見ればカラスの力、牛の幻覚を見れば牛の力、空を見れば……天候とかっすかね。幻覚を見た人に次に何が起こると思うっすか?」

「……力に飲まれる?」

「うーん、遠からず近からず……って感じっすかね。正解は、自分の名前がわからなくなるっす」


 とんとんとサニーがこめかみを叩いた。風が強く吹いた。そして、少し間を開けてから言う。


「名前がわからなくなるっていうのは大変な状態なんっすね。名前がないから頭がおかしくなるってのがわかりやすいっす。しかも大変なのは、周りの人も一緒にその人の名前を忘れっちまうんっす。それで、名前がなくなっておかしくなったんなら、次にやることは決まってるっすよね」

「名前を、付ける?」

「正解っす! そうして、その人の幻力に合った名前が付けられるわけっすね」


 締めくくりにサニーは自分でうんうんと頷いた。


 リンネは納得した。妙に直接的な名前の人達がいるな、と思っていたからだ。クロウもカーも、カラスと牛に使われている呼び名ではないか。


 そこでリンネは思い至る。


「えっと、それで、サニーさんはどうして本名のままなんですか?」

「そうなんっすよ! 実はあたし自信にもわかってないんっす。ただ、もしかしたらあたしの名前じゃないかもしれないっすね。けど、たぶんあたしの名前っす。で、ここから思うんっすけど、あたしの力は強すぎるんだと思うんっす。だから、当てはまる名前が無い。だから名前が消えなかった! どうっすか? 可能性ありありじゃないっすか?」

「うん……確かに」


 リンネは改めてこの空間を見て、手元の芝生を短くむしってみてから頷いた。こんなにも精巧な空間を作り出せるのだから、並ではないことは一目瞭然だ。


 リンネが頷くと、サニーは「そうっすよねー!」と嬉しそうに立ち上がって、それからバンバンとリンネの背中を叩いた。リンネは苦笑いをしながらも悪い気はしなかった。


 そしてさらにサニーは誇らしげに言う。


「あたしの力はこれだけじゃないっすよ! 前の歓迎会の時の床! あれもあたしの力なんっすからね!」

「へー! そうなんだ」

「この空間を現実世界に投影できるんっすよ。そうすると、あんな感じになるっす! ま、浮かせたのは別の子っすけどね」


 リンネは素直に驚いた。あの丈夫な床はここのもので、今目の前にいる女が造っていたのだと思うと、改めて幻力というものの凄さを感じる。


 言いたいことを言い終わったサニーは嬉しそうに鼻歌を唄った。その間にリンネは思い出す。


「あれ? そういえば、僕、副団長と同時にここに入ってきたんだけれど……」

「副団長なら、ちょっと違う場所に待機してもらってるっす」


 サニーが普通にそう言って、目を瞑ってえーと、うーんと、と何かを探すように唸る。


 リンネは聞く。


「どうして僕だけ?」

「そりゃ、新しい団員さんとは二人っきりで話したいじゃないっすか!」


 さも当然というようにサニーが言う。そして、お目当てのものを探し出したのか、えいっと芝生のとある一点を指すと、そこに心なしか不機嫌な副団長が出現した。


 リンネは驚いて立ち上がる。


「……サニー。私は副団長なのだから、そう雑に扱ってくれるな。なんだ、あの空間は」

「あっ、あたしの趣味部屋覗きましたね?!」

「お前があそこに案内したのだろう……」


 サニーが額に手を当てて地面へ顔を向けため息を吐いた。しかしすぐに顔を上げて、


「ま、いいっすよ」


 あっけらかんと、というか、自分の恥ずかしさを隠すように言った。しかしまだ恥ずかしいのか、リンネに手を振る。


「それじゃ、あたしは自分の部屋に戻るっす。リンネ、また暇だったらここに来るっすよ! いつでも大歓迎っす!」


 太陽のような笑顔でそう言って、サニーはテントの闇の中に消えていった。


 リンネは最後に控えめに手を振った。オーガは話しかける。


「何か話したのかね?」

「幻力について、少し教えてもらいました」

「そうか。まあ、これからもサニーの話し相手になってやってくれ」


 リンネが目だけでその言葉の意味を尋ねる。オーガは伝える。


「彼女は、彼女の力故にこの空間から出ることができない。今テントの方に向かったのも、あの先にある、彼女しか行けないとある空間へ行くためだ。だから、訓練のついでに、な」

「はい。今度ノルンを連れて来ようかなって思ってたところです」


 リンネがそう言うと、オーガは穏やかな笑みで頷いた。


「それでは、本題の訓練だがーー」


 その日、テントから帰ってきたリンネを見たノルンは、吸血鬼に血を吸われたようだと形容した。

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