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17話 過去の力を認めて

 リンネは勢いよく地面を踏み込んだ。そして、硬い感触を足の裏に感じながら、オーガへと斬りかかる。重い剣を左下から右上へ斬りあげる。


 オーガは少し驚いた顔をして、わずかに体を後ろへ傾けて避ける。それから余裕な笑みを浮かべてみせた。


「ふむ。やるではないか」


 その言葉はリンネの耳には入っても、返事をすることは叶わない。リンネには余裕が無かった。


 今度はオーガが攻撃に打って出る。ヒュンヒュンと風を切る白い剣の連撃がリンネへと襲いかかる。


 しかし、そのどれもをリンネはオーガと同じように最小限の動きで避けた、防いだ。今度はオーガも度肝を抜かれたようで、目を丸くしてリンネの動きを観察している。


 避ける最中、リンネはほんの少しの余裕の中でこう思った。


 ーーいつもこうだ。


 リンネは剣を握る手に力をほんの少し込めた。理にかなった最適な動きで剣撃を三発いなす。


 今度はリンネが攻勢に出た。


 ーーいつもこうだった。


 攻撃をしながらリンネは思う。


(マウルさんと練習する時も、今も、まったく同じだ。僕は全然剣を扱ったことがないはずなのに、まるで熟練の兵士のように扱うことができる。でも、これはきっと、僕の力じゃない)


 白と黒の剣が交差した。ギリギリと鍔迫り合いが起こる。


(だから、僕は自分の力が嫌いだ)


 楽しそうな笑顔で、体格差と力で押し切ろうとするオーガは、しかしリンネの不意を突いた脱力により、大きく体勢を崩した。


「しまった!」


 やってしまったというようにオーガは大きく声を上げた。リンネの技術は副団長の想像を悠々と超えていたのだ。


 リンネの刃が、倒れゆくオーガの腹へと吸い込まれていく。そして、オーガの腹へ黒い剣の側面がトンと触れた。


 オーガはあたかも腹を斬られたかのように腹をさすった。そして、呆然とその手のひらを見つめる。


「……私の想像の、千か万は上だったようだ。天晴(あっぱれ)というより他ない」

「ありがとうございます。……でも」


 リンネは、諦めた笑みで言う。


「僕は、この力が嫌いです」


 それを、オーガは不思議そうに見た。リンネは気まずさに目を逸らして、ノルンがいるであろう、たくさんの人々が集まるところを見る。


 オーガは天を仰いで少し考えた。そして言う。


「団長は、前世でとある少年と少女に救われたと言っていた」


 オーガがそう語り始めると、リンネはオーガの方を見た。それを確認してから、オーガは言葉を続ける。


「一人は頭の上に白い輪を浮かべた天使の少女。もう一人は剣を扱う元王国兵士だった少年だ。少年は曰く、その強さ故に国を追い出され、国の隅で細々と暮らしていたらしい。その少年と少女が前世の団長を救ったと。それも、三回だ」

「三回、ですか」

「ああ。人に殺されかけたところを。魔獣に食われかけたところを。ーー命よりも大事な、母が殺されかけているところを。私は団長が幻界から出てきた時、彼の正気を疑ったよ。突然私たちの知らないことを話し出すんだ。食べ物、地名、方言に人名だ。しかしまあ、すぐに前世と今の境目を見つけたらしく、今のようにはなったがな。酷い有様だった……。しかし、それからの彼は凄かったよ。前世の恩人を救うんだと、世界中から猛者という猛者を集め、幻界に連れていき、この世界一の人間の旅団を作り上げた。そしてその願いは今まさに叶わんとしている」


 オーガの目がリンネの瞳を捉えた。オーガの目は力強く、何かを伝えようとしている。


 そして、オーガは知らずに入っていた肩の力を抜いた。


「まあ、何が言いたいのかという話だが、その力は君の前世のもののはずだ。だから君自身がそれを嫌う理由はない。なぜなら、その力を得るまでに努力した君が、別の世界にいたのだから」


 リンネは言われて、胸の中のつっかえが消えたような気がした。途端に体全体が軽くなる。


 そして、認められた気がした。自分の知らない自分は別の世界で頑張っていて、それを知ってくれてる人がいた。その自分は、誰かを救えていた。


 リンネは、目元が熱くなるのを感じた。


「……じゃあ、僕は胸を張っていいんですか」

「ああ、構わないとも」

「そうですか、そうなんですね……」


 頷くリンネの瞳から、雫が重力に従って落下する。


 透き通った涙は、透明な床を濡らして見えなくなった。


 尚も少年の嗚咽は止まらずに、剣を手からこぼしても、人々から解放されてやって来たノルンが声をかけても、リンネはただ泣いていた。嬉しくて、泣いていた。


 知らない涙だった。


ーー ーー ーー ーー ーー


「団長や」


 オーガはそれから団長の元を訪れていた。ノックも無く扉を開けられて、団長は上裸のリラックスした状態でソファに寝ていた姿を見られる。


「オーガ、勘弁してくれ恥ずかしいだろ。ノックをしてくれ」

「何を乙女のようなことを。お前の癖は知っているんだ、構うまい」


 上裸の団長の向かいのソファに、オーガは姿勢よく腰掛けた。そして、顎を撫でつけた。


「良い少年だな。健気で、それでいて力がある」

「ほう? あいつとやったのか。強かったか?」

「ああ。前世の記憶だろう。身のこなしは、通常時の私に勝るよ」


 そうオーガが平然と言ったので、団長は驚くのが遅れた。そして、オーガを指して笑う。


「お前、負けたのか?!」

「笑え。それほどあいつは、リンネは強い」

「おいおいおいおい! マジか! なんだよ、強いんじゃねえかよ……!」


 団長は、自分は強くないと語ったリンネのことを思い出して、そして随分と悔しそうな顔をしているオーガを見て盛大に笑った。


 オーガは気分が悪そうに鼻を鳴らした。それから付け加えて言う。


「リンネが幻力を手に入れた暁には、私を悠々と超すだろうな」

「当然だ。俺のいた世界でのあいつは言葉通りの一騎当千。俺も、お前も、あのデスぺライトの団長ですら敵わない」

「それは冗談か?」

「いいや、マジだ」


 楽しそうな笑顔で誇らしげに語る団長。オーガはやれやれと肩を竦めた。


 それから、オーガがポツリと呟く。


「……天使の守り人には、ピッタリだな」

「ピッタリどころじゃねぇよ」


 団長が少し真剣な顔になって言う。


「あいつは、天使を守るために強くなったんだ。あいつ以上に天使を守れるやつなんていないぜ」

「その通りだな」


 オーガがふっと笑った。そして、自分がリンネに勝てない理由を悟る。


 きっと、リンネはいくつもの世界で剣を持って立ち上がったのだ。それこそ、途方もない時間。


 そんな人間に、たかが人生の二分の一を捧げた自分の剣が届くはずもないのだ。


 オーガは、あの若すぎる少年のことを、少し妬ましく思った。


「それと、進路についてだが、それは変更がない」

「王都に行くのか? 天使を連れて」

「ああ。いかんせん食料やら水やらが減ってきた。食いもん創り出すような幻力は無いからな」

「それもそうだが」


 オーガは心配になった。果たしてあの天使を連れて行って大丈夫なのか、と。あそこは魔族と多少の関係がある。


「……まあ、行かぬ手はないか」

「そういうことだ。それに予言できる。この旅は、面白くなるぞ」


 団長は、そう言って口角をあげて見せた。

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