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16話 副団長オーガ

 ーー大勢の人々がノルンを見ていた。


 それもそのはずだ。この世界でも、いや、どの世界でも天使というものは非常に珍しいからだ。ノルンは居心地悪そうに俯く。


 旅団グロウホラクルは、とても大きかった。そして、諸々凄まじかった。


 歓迎会を開くと言うやいなや旅団は丸々宙に浮き、見えない床ができあがって、馬は何かを察して立ち止まる。


 今やその高度は地上のサボテンが見えなくなるほどになった。


 そして縮こまるノルンの前に座るリンネもまた、居心地が悪かった。理由は単純。ノルンが困っているから。


 リンネの方には団員が話しかけに来る。


「いやぁ、まさかあの二人の子供とはね!」「急にいなくなったと思ってたら、幸せに暮らしてたみたいで安心したぜ」

「なあなあ、二人は仲が良かったのか?」

「え、あ、はい。いつも仲が良さそうでした。喧嘩をしてるところは、二回ぐらいしか見たことないです」

「あの二人が喧嘩?! 信じられねぇ!」


 どっとリンネの周りで笑い声が巻き起こる。リンネも雰囲気に流されて少し笑った。


 と、ノルンの方にも動きがあったようだ。というのも、カーが人の輪を押し退けてノルンの隣に出たから。


「やあ、ノルン。居心地はどうだい?」

「今は、ちょっと悪いです」

「だってよ変態ども! あんたらはさっさと飯でも食べてきな!」

「その言い方はねーぜ、ねえさん!」

「ああ、そうだ!」

「馬鹿野郎! あいつの目が見えないのかい!?」


 カーが指を向けたのはリンネの顔。ノルンを取り巻いていた男たちはリンネを見る。そして、全てを悟ったように、ニヤニヤと不気味な笑みを作りながら散開した。


 リンネはパチクリと瞬きをする。なぜ指を向けられたのかも、なぜ彼らがそんな表情をしたのかもわからない。


 その理由を、リンネの周りを囲んでいた一人の女が指摘した。


「あんた、こんだけ話しかけられて目線は一点から動かなかったのよ!」


 リンネの頭の中に三点リーダー。そして理解した。その瞬間、顔が赤くなるのがわかった。


 リンネはノルンに間違いなく運命を感じているが、こういうのは恥ずかしい。何しろそのノルンの前なのだから。


「あ、いや、違うんですよ!」

「おいおいリンネぇ! 男は嘘なんてついちゃいけねぇ!」


 どこから出てきたのか、クロウがリンネと肩を組んだ。柔らかいリーゼントがリンネの顎を叩く。


「なあ、天使の嬢ちゃん!」

「あっ、えっと……」


 クロウが同意を求めるようにノルンを見る。すると、ノルンはモジモジとして、恥ずかしそうに俯いて言った。


「い、意外とリンネは正直なんですよ?」


 今度は散開したはずの周りの男たちが目をパチクリとする番だった。そして、リンネへ下卑た笑顔を向けて近づく。


「やるじゃねぇか、新入り」

「いや、えっ」

「いったいどんな手ぇ使ったんだ?」

「どこまで行ったんだ?」

「どこまでも行ってないです!」


 リンネは半ばヤケクソに言い放つ。顔はもう真っ赤で、もう染まりようが無さそうだ。ついでに、向かいのノルンももう顔を上げられなかった。


 クロウがリンネへ顔を近づけて、意地悪に言う。


「おうし! 今日は歓迎会だ。……死ぬほど楽しもうや」


 リンネはこの時、少なからず死を覚悟した。


ーー ーー ーー ーー ーー


「はぁ〜〜……」


 ようやく男たちの包囲網を抜けられたリンネは、とある馬車の影で一休みしていた。食事もとりたいが、食べるためにはまたあの場所へ戻らなければならない。


 ノルンは女たちに囲まれてガードされてるからいいものの、リンネはノーガード。むしろ全員敵まである。


 もう少し休んでいこう。リンネはそう思って透明な床に座り込んだ。


 と、リンネの座り込んだすぐ近くの馬車から一人の男が出てきた。


「おや、休憩をしているのかな?」

「あっ、えっと……どうも」


 出てきたのは、白髪の顔の彫りの深い老人の男だ。老人とは言っても、背筋が伸びて姿勢が良く、また長身で体格も良いのでそれほど老けたようには見えない。


 男はリンネの方にやって来た。


「ふむ。先ほどアニマが言っていた、新人とやらかな」

「はい。リンネと言います。あと、もう一人ノルンっていう子も」

「ふむふむ。ノルンという子には、後で会いに行くとしよう。よっと」


 男はリンネの隣に座った。そして、右手の手袋を外してリンネへ手を差し出した。


「私の名前はオーガだ。グロウホラクルの副団長を務めている。よろしく頼むぞ」

「よろしくお願いします」


 リンネがその手を握ると、男にはとても力があることを一瞬にして理解した。


 男は穏やかな微笑みを浮かべる。リンネもどこか安心できて、肩の力を抜いた。


「ところで、君はどうしてこの団に?」


 聞かれて、リンネは一瞬どこまで話すべきか考える。しかし目の前の男が副団長だということを思い出して、素直に答えた。


「僕は、さっき言ったノルンっていう子と、とある魔族の旅団から逃げる旅をしていました。ついに追っ手に捕まる、というところで助けられたのがこの団の人でした。クロウさんとカーさんです」

「ああ、あの二人が君を助けたのか。なるほど。もしや君たち二人は、よく団長が言う前世の恩人とやらだな?」

「……たぶん、そうですね」


 曖昧なリンネの返事と表情に、オーガはわずかに眉をひそめた。


「どうしたんだい。そんなに不安そうな言い方で」

「あはは……。……ノルンは前世をおぼえてるんですけど、僕は覚えてなくて。あんまり、わかってないんですよね」


 リンネの顔はまだ曖昧な笑顔のままだった。伝わるはずのない不安を伝えて、正体の分からない不快感を分け与える、バツの悪い笑顔だ。


 オーガは髭の無い顎を撫で付けた。そして何を思ったのか立ち上がって、テントへと帰っていく。


 テントへ入る手前で、オーガは振り返ってリンネに尋ねた。


「リンネくん。君は立ち合いは好きかね」

「立ち合い?」

「ああ。私は剣士でね。ぜひ一度、と思うのだが」

「剣、ですか」

「気が乗らないかい? ……ならば、実力テスト、と言った方がいいかな」

「……それなら、仕方がないですね」


 何しろ相手は副団長だ。従うよりほかない。そう思って、リンネは重い腰を上げた。オーガは嬉しそうに笑った。


 戻ってきたオーガが手にしていたのは、二振りの色違いの剣だ。白い剣と、黒い剣。


「こちらは軽い」


 オーガが白い方を軽く振って見せる。


「そして、こちらはかなり重い」


 オーガが腕の力を抜くと、ドスンと透明な床に黒い剣が突き刺さった。


「……床、壊れそうですね」

「はっはっは。安心しろ。それは杞憂だ。そんな柔いものじゃないさ。術士もこの床も」


 リンネは若干の恐怖を感じながらも、なんとかその言葉を信じることにした。でないと純粋に怖い。


 そしてリンネは自分がずっと黒い剣を見ていることに気がついた。白い剣には興味が無いことが、すぐにわかってしまった。


「……その、黒い方を持ってもいいですか?」

「ん? こっちか。いいが、気をつけるんだぞ」


 リンネは地面に突き刺さる剣の柄を握った。そして、力を入れて引き抜く。


 剣は確かに重たかった。しかし、リンネはなんとかその重みに耐えて、踏ん張って、剣を構える。


「……良い形だ」


 オーガがそう呟いた。


 リンネは、マウルとの訓練で確信したことがあった。


「行きます!」


 自分は、弓よりも剣の方が好きらしい。

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