13.5話 それでも日は登る
どれだけ走っただろう。
「はぁ、はぁ」
リンネの前から、ノルンの激しい息遣いが聞こえる。
リンネはまだ心残りがある自分に気がついた。そして、それを割り切れていない子供だということも自覚する。
リンネはなんとか気持ちを整理する。今は悲しむときでは無い。まずは、逃げないと。
マウルの勇気を、無駄にしてはいけない。
リンネはノルンの手を強く握った。そして、ノルンよりも前を行く。
「ごめん、僕はもう、大丈夫だから!」
リンネはノルンの手を引いて走る。
リンネは約束したのだ。誰かを守れるぐらい強くなると。
だから、せめて、ノルンの前では弱いままではいられない。
「ーー待って! リンネ、あれ……」
「はぁ、はぁ……えっ?」
ノルンが真横へ指を指す。リンネは少し速度を緩めた。
ノルンの指の先をたどると、暗い砂丘の中に橙色の光があった。
つまり、旅をしている誰かがいるか、誰かが二人を追ってきているか。
しかしこの状況だ。間違いなく、後者。
「逃げないと」
「うん……」
二人は危機感を感じて、それを足に乗せた。捉えづらい柔らかい地面を必死に蹴って前へ進む。
しかしその光は速かった。すぐそこまで迫っている。
二人は覚悟をした。ノルンは立ち止まった。リンネは剣を抜いた。
身構える二人の前に、それは姿を現した。
「ーーおいおい! ほんとにいたぜ! 片羽の天使とガキだ!」
「団長が急に言うから、何かと思ったらこういうことだったのね!」
片方は鱗に覆われた翼を持った、カラスのような男。もう一人は、額に黒い角が生えているが白い肌をした女。
そして何より、二人には敵意が見えなかった。
冷静を保ったノルンが尋ねる。
「あの、あなたたちは……」
「今はそんなこと後よ!」
「ああ、今は逃げなきゃいけねぇ!」
女がノルンを抱えて、男が鉤爪でなるべく優しくリンネの肩を掴んだ。
「ガキ! 痛かったら言えよ!」
「え、あ……」
「よし、行くよ!」
「ま、待ってください!」
リンネがはっとして叫ぶ。
男と女は焦ったままの表情で、リンネを見る。リンネは声をはりあげた。
「向こうで、魔族と戦っている友達がいるんです! 助けないと!」
「助ける? 何言ってんだ馬鹿! 今はそれどころじゃねぇよ!」
「でも!」
「それに! お前らはそいつに託したんじゃないのか? そいつはお前らに託されたんじゃないのか? 助けたいならなんでここに来てんだよ!」
リンネは一瞬何を言われたのかがわからなかった。それは、脳が考えることを拒絶していたから。
「それ、は……」
「……君の気持ちもわかるよ。ただ、わたしたちにも、救えるものと救えないものがある」
女の腕の中で、ノルンが堪えきれずに嗚咽を漏らした。
「ごめんよ。さあ、行こう。団長の元へ」
リンネは、マウルのいる方向から真逆へ、どんどんと離れていくのを感じていた。
そして、どうしよもなく悔しくて、悔しくて、涙と嗚咽に変わっても足りなくて。
「ああ、僕は、僕は……弱いんだ」
その時、手に握っていた剣が男の羽ばたきの反動で外れて、地面へ落ちた。それはどんどんと遠ざかっていく。
リンネはそれにも気が付かずに、泣いた。
それでも、朝日は彼らの向かう方から登る。




