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12話 恋せよ魔族&天使

 リンネの剣の腕はみるみると上がっていった。リンネが強くなると宣言してから、わずか十日。


「……素晴らしいな、お前は。どうしてこんな短期間でそこまでできる」

「なんでですかね。でも、剣術っていうのがすごい肌に合うんですよ」


 リンネが実力を証明するように、近くにあったサボテンへ斬りかかった。サボテンの三つあった手は華麗に切り離され、緑のオブジェが寂しそうに残った。


 リンネは少しだけ慣れた手つきで鞘に剣を納める。


「なんか、昔から使ってたみたいな気がします」

「それはあながち間違っていないかもしれないな。案外、前世の記憶というものはよくある」


 リンネは納得した。確かにそうかもしれない。あまりにも良く馴染みすぎだ。


 リンネはしまった剣をもう一度引き抜いて日の光にかざした。大して使い込まれてもないが、刃が汚い。


「マウルさん、今度は刃物の手入れとか教えてくれませんか?」

「ああ、いいだろう。しかし、まずはノルンの相手からだな」


 マウルの視線を追うと、むっすーとした不機嫌な顔のノルンが二人をじーっと見ていた。そのノルンの隣には今日の昼食が。


 リンネは引きつった笑みでノルンの方へ駆けていく。


「どうしてそんなに不機嫌なのさ」

「あっ、機嫌の悪い女の子に聞いちゃいけないことナンバーワンをさらっと口にしましたね?」

「いや、そんなつもりはなくて……。ご、ごめん、ごめんってば!」


 ノルンがリンネの昼食を砂の上に放り投げようとするので、リンネは慌てて引き止める。


 すると、ノルンは必死なリンネが面白かったのかクスクスと笑った。


「冗談ですよ。リンネ、最近すごい頑張ってるんですから、そんな鬼のようなことはしません」

「いや、しそうだったけどね」

「そんなことはどうでもいいんです」

「どうでもよくない……」

「い、い、ん、で、す!」


 ノルンが言い放って、掻き込むように乾パンを口につっこんだ。大きかったのか、苦しそうに口の中で格闘している。


 リンネは未だにノルンを不機嫌にさせた理由に頭を悩ませていた。その際に視線を泳がせると、動くものがチラッと視界に入る。


「ノルン」

「……ふぁんへふは」

「今晩はご馳走にしよう」


 リンネが得意げに言って、リュックに括ってある愛用の弓を手に取った。


 そして、静かに矢をつがえて狙いを定めて、見事に射抜いた。


「やった!」


 砂塵を巻き上げる先には、頭を矢で貫かれた砂兎の姿がある。リンネは嬉しそうに駆け寄って、見せびらかすようにノルンに見せた。


「どうさ!」

「……やるじゃないですか。でも、そんなので許してあげたりなんてしませんからね」

「えぇ……」

「冗談ですよ。ふふっ、かっこよかったです」


 突然ストレートに言われて、リンネはわかりやすく照れた。目は丸く見開かれて、その後頬が染まると同時に目をそらす。


「はぁ……。今のうちに絞めとくね」


 照れを隠すために、リンネはノルンたちに背を向けて、一人で作業を始める。


 その様子を眺めてから、ノルンは一人で黙々と食事をしているマウルの隣に、砂を立てないように移動して座った。


 マウルは少しもノルンの方を見ずに言う。


「……何の用だ」

「お喋りしに来ました。リンネ、カッコよくないですか?」


 突然の質問に、マウルはむせて咳き込む。ニヤニヤとノルンが見ていると、きっと睨みつけて吐き捨てるように言う。


「お前たちこそ、夫婦のようなやり取りを見せつけるな」

「夫婦ですよ?」


 再びマウルがむせた。


「嘘つけ!」

「うーん、嘘というか、嘘じゃないというか。まあ、シビアなとこなのでここは嘘にしておきます。嘘です」

「なんだそれは……」


 マウルが大きなため息を乾パンに吐いた。齧ったところのパンくずがパラパラと舞う。


 そして、マウルはおもむろにリンネの方を見る。


 最近、マウルはリンネの前で緊張しっぱなしだ。さっきも平然としてリンネに戦い方を教えていたように見えて、頭は半分真っ白だった。


 この僅かな期間の旅をしてみて、マウルははっきりと自分がリンネに恋をしていることを自覚した。


 マウルは乾パンに口をつける。


「……マウルさん」

「なんだ」

「運命、って、信じますか?」


 また茶化しているのかと思ってマウルがノルンを見ると、真剣な瞳がマウルに向けられていた。


 マウルは一瞬言葉に詰まって、一度深呼吸をする。と、パンくずがのどに。


「げほっ! げほっ……」

「大事なところでむせましたね?!」

「いや、パンがな……」


 水分代わりに棘を取り除いたサボテンを食べて、喉を攻撃するパンくずを押し込む。それから、少しだけ考えて、答えた。


「あるとしても、私は信じたくないな」

「……なぜですか?」


 マウルは、苦い笑みを作った。


「恋敵が運命に導かれていたら、私には勝ち目がないじゃないか」


 ノルンはきょとんとする。まさか、マウルの口からそんな言葉が出るとは。


 ノルンは堪えきれずに吹き出した。笑い声を抑えて上品に笑おうとしても、声が出るし目じりから涙も出てきてしまう。


「な、なんだ、私はそんなにおかしなことを言ったか」

「あはは、はい。ちょっと、想定外でした。でも、残念です」


 ノルンは二回深呼吸をして、それから余裕のある笑顔で告げた。


「私、運命に導かれているので」

「……信じないからな」

「ええ、どうぞご自由に。でも、私は天使ですから」

「くっ、納得はしたくないが、納得してしまう……」


 悔しそうにマウルが呻く。その様子を、余裕のノルンが胸を張って見下ろしている。しかしその時、胸の大きさの違いに気がついてちょっと負けた気がしたのだった。


 少し自信がなくなったので、ノルンは羽を抱えて大人しく座った。そこへちょうどリンネが血抜きと内臓の処理を終わらせて帰ってきた。


「火があればもうすぐにでも食べれるよ。夜が楽しみだね」

「はい、そうですね!」


 と、リンネがあることに気づいてノルンに小声で聞く。


「……今度はマウルさんが機嫌悪いの? 僕またなんかやっちゃった?」


 本心から不安そうなリンネへ、ノルンは勝ち誇ったように言った。


「はい。全部リンネが悪いんです!」


 しっかりとマウルの方にも聞こえる大きさで言って、心なしか楽しそうにノルンは荷物のところへ去っていった。


 取り残されたリンネは、無意識にマウルを見る。すると、マウルの鋭い目が合った。


「そうだ。お前が悪いんだ」

「えぇ?! ……えっと」


 冷や汗まみれになりながら、リンネはなんとかこの言葉を口に出す。


「ご、ごめんなさい」


 リンネは学習できる男だった。

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