5
時は戻り、クリティエを見送ったセンとハリオスは日が暮れるまで街道を歩き分かれ道まで来ていた。まっすぐ進めば都市スキュテイアに続く道と東のアカトシュア王国所領に続く分かれ道。そのすぐ側にそびえ立つ木の下、二人は焚き火で暖をとっていた。
無理に進めば日が昇る頃には都市に着くが、疲れた頃に奇襲を受けて万が一があってはいけないなどとそれらしことを並びたてられたセンは従うしかない。
ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を囲み、二人は話をし始めていた。とはいっても会話の対人経験が皆無のセンと豊富なハリオスでは一方的にハリオスが話しかける形ではあった。
「それで、センはなぜこんなところに一人でいたんだい。今まではどこに仕官を?」
ハリオスは最初に軽い様子で聞く。それは何気ない様子で言われたが核心にも触れる重要な質問だった。センがここで疑わしかったり偽るようなことを言えばたちまち偶然助けに現れた謎の強者から伯爵家の子息に工作を仕掛ける怪しい人物に評価は改められるだろう。
「なぜも今までもなにもない。俺はこの近くの村で育ち、村を出たのが今日のことだ。仕官なんてしたことがない」
「この近くだって、ああいや、だからか」
真実やましいところの一つもないセンはありのままを言っていた。その余りにもあっけらかんとした態度とどこか実力と見合わない常識のなさはともにハリオスを納得させる。
ハリオスは返答を咀嚼し考えているうちに心の中で疑いすぎた自分を笑った。そもそもセンほどの実力者を間者に仕立てるのは効率が悪すぎる。そんなことせずとも正しく戦場でぶつけた方が遥かに効率よく伯爵家の力を削げるのだ。
時として時代や運命はとんでもない事象を引き起こす。ハリオスはこれもその一つなのだとようやく受け入れていた。
ようやく内心に秘めていたセンへの疑心を消したハリオスはますます質問責めにした。
「なぜ今まで村から出なかったんだい。その実力ならいくらでも身を立てられただろう?」
「実力なんて今日まで分からなかったし、十五年生きてきて外に興味なんて持ったこともなかったからな」
センの返答にまあそういうこともあるかと頷きかけたハリオスの動きが止まる。
「待て、十五年!?」
「なんだ?」
「セン、君は十五歳なのか?」
たしかにセンは大人というには小柄だった。大人の男として平均的なハリオスはもちろんクリティエよりも背が低い。それでも極限にまで鍛え上げられた体は服の上からでもしっかりと分かり、ハリオスは卓越した実力と合わせて勝手に二十になる自分と同じかそれ以上だと思い込んでいた。
「師匠に赤子の時に拾われたから正確ではないが、十五歳前後のはずだ」
追い討ちのように続けられたセンの言葉についにハリオスは黙り込んだ。その隙に、いい加減質問ばかりでうんざりしていたセンは逆に聞く。
「お前こそここでなにをしていたんだ。伯爵の息子なんだ、街道で襲われるような立場じゃないだろう?」
「お前じゃなくてハリオスと呼んでほしいね。まあ、たしかに護衛として働いてくれているセンは気になるかな」
そうして動揺から回復したハリオスはおもむろに話し始めた。それは大まかなラドモンド伯爵属するアカトシュア王国の動乱への道筋だった。
ことの始まりは先代の王が大層な浪費家だったことにあった。前王は外交においてたいへんな辣腕を振るったが、その功績を打ち消して余りある強欲、貪婪王の名で知られていた。
北に新しい製法で作られた武具があると知れば制作者まで調べあげて雇い、南に世にも珍しい果実があると知れば果実に適した専用の温室を作る。そうして現在の王が戴冠したときには国庫は空で、残っていたのは前王の趣味で溢れた王領だった。
前王の残した財産を売ろうにも全てが金に変わるものとは限らない。理由もなく自国内から絞り上げられるほど王の力は強くはなく、いつしか金に困った王が始めに目を付けたのは外国だった。幸か不幸か前王の功績によって領土を接する諸外国とは良好な関係だったことを王は利用したのだ。王国南部に接する外国二国に互いが戦争を仕掛けようとしているという偽の情報を流し、国境が手薄になっていたところを奇襲。作戦は成功した。
ところがそこから王国は予想外の反撃を食らうことになった。互いに国土を王国によって卑劣な奇襲で奪われた外国二国は一時的に協力。猛烈な反抗作戦により王国の将と兵は多数死亡、最終的に手に入ったのは僅かな領土のみだった。
この結果に怒りを覚えたのは戦争を仕掛けられた外国はもちろんだが、それだけではなかった。アカトシュア王国の王による王家の財政危機を乗りきるための戦争、加えて手に入れた僅かな領土も王のもの。戦争は実質的に敗戦だったとして褒美もなく、ただ将と兵を失った貴族の不満は当然のごとく爆発した。
ほどなくして貴族、とくに領地を持ち王国の戦争の場合には兵を派遣するような貴族によって戦争の失敗は王にあるという運動が活発になる。ところがこの事態を王は好機とした。王を批判した貴族を謀反として大義名分のもと討ち殺しては財産を奪う。これが思いの外上手くいってしまった。戦争によって弱っていた貴族はことごとく負けたのだ。
そうして現在標的とされているのがラドモンド伯爵領だった。ラドモンド伯爵家は代々王家との繋がりが深く、現当主の夫人も王族だった。そんなラドモンド伯爵家の治める領土は北東に鉱山、西には海、南に森林、中央には平原と資源豊かな土地。味を占めた王は長く仕えてきた忠義など考慮するはずもなく、今か今かと侵攻の機会を伺っていた。当然それを勇猛にして武勇を重んじるラドモンド伯爵家が唯々諾々と受け入れるはずもなく、模索するうちの一つが外国勢力との協定だった。
「外国と手を結ぶと言ってもアカトシュア王国の印象は奇襲戦争以降最悪だからね。信用してもらうには価値のあるものを差し出すか僕のような身分の人間が直接出向かなきゃいけないんだ」
「よくわからないな」
「センが聞いたんだろう。まあたしかに事態は複雑だけどね」
そんなものかと適当に頷いたセンの様子を見てなおも話そうとするハリオスは話そうとしていた。しかしセンはそれを手で制する。
「静かにしろ」
「急になんだい」
「音が。なにかが近づいてくる」