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「助かったよ。僕はハリオス・ラドモンド。君の名はなんと言うんだい?」

「センだ。そんなことよりも」

 センはぐるりと周りを見渡す。辺りには血飛沫と襲撃者たちの残骸が転がっていた。それを念のために確認するとハリオスに向かって手を出す。

「契約は守ったぞ。さあ金をくれ」

 一人取り逃したとはいえハリオスを守るという契約は完了したとセンは確信していた。当初の目的のために報酬を要求する。


 しかしハリオスはセンの想像していたよりも遥かにしたたかだった。

「まだ契約は完了していないよ。契約は僕を守ること。これから先にもう敵がいないとは限らないだろう?」

 代金を要求したセンは返されたその言葉に口をつぐむ。たしかにそうだった。契約内容はセンがハリオスを守る代わりにハリオスが金を渡すというもの。口約束とはいえ、いつまでどんな敵から守るのか。仔細など決めておらず如何様にも出来てしまう契約だった。その気があればハリオスが永遠にあらゆる驚異から守るという契約だったと主張することも可能だろう。センは今更ながらにそう理解する。


 明らかに目付きの変わったセンを宥めるように、しかし油断ならない雰囲気のままハリオスは言った。

「とはいえ僕も鬼ではない。この街道の先にある都市まで無事に僕を送り届けられたら契約通り金は払うと約束するよ」

「……先にある都市とはどこだ。まさかどこまで行ってもまだ先だといっていつまでも拘束するつもりじゃないだろうな?」

「はははっ。信用がないなあ。そう疑わなくても父上のいる都市スキュテイアまでだよ。そこまで行けばこんなところで渡せるはした金なんて眩むほどの報酬を渡せるんだ。君もその方が得だろう?」

 明らかに自分よりも強く、そして恩人でさえあるセンにハリオスは一切の容赦もなく、むしろ恩着せがましくそう言った。契約に基づいて対価を払う以上は対等と考えられるのは若くとも領主の息子の証、世間知らずのセンでは到底太刀打ちできるはずもない。センはむっつりと口をつぐんで頷くしかなかった。




 そうしてセンが言いくるめられる形で交渉が終わったとき、戦闘によって逃げ出した馬を探しに行っていたハリオスの部下が一頭の馬を連れて戻ってきた。

「申し訳ありません若様。探しましたが残っていた馬はこの一頭のみでした」

「いいや、ごくろうさまクリティエ」

 ハリオスの労いの言葉にクリティエは流麗な仕草で一礼をする。あげた顔は整っており、長身で分かりづらいが年若い女性だった。

「勿体ないお言葉です。さあ若様、この馬でいち早く領主さまのもとへお戻りください」

「いや、君が先に父上のもとへ行ってくれ」

 クリティエは不意を突かれたような顔をした。慌てたように止めるための言葉を繕い始める。

「しかし若様、取り逃した敵もおります。再び数を揃えて襲ってくる可能性があります」

「それを言うなら一人で戻ったところをまた襲撃される可能性だってあるだろう。僕ならばまた追い付かれてしまうだろうが君の馬術なら数を揃えようと逃げられるはずだ。それに君も見ただろう。彼は数をものともしない強者だよ」

 それは考えるまでもなく理解できる理屈だった。クリティエ一人が決死の思いで守るよりもセンが守った方が圧倒的に安全であるのは先ほどの戦いでも明らかだ。しかし護衛でもある自分が他人に任せて側を離れることに抵抗があるのだろう。複雑な表情でセンを見るクリティエにハリオスは近づき耳打ちをした。

「君にはいち早く父上に今回の件を伝えてほしいんだ。特に彼についてはなによりも早く。襲撃者も問題だけれど、それを一蹴した彼の方が遥かに危険だ。先に父上に知らせる必要がある」

「……分かりました。領主さまに委細お伝えします」

 不承不承ではあったが納得したクリティエに懐から出した書簡を渡す。

「これを父上に」

 その書簡の重要性を思い出したクリティエは震える思いを押し止めて自分の懐深くへとしっかり納めた。問題は襲撃や謎の強者センばかりではない。そもそも二人がこの街道を通るに至った経緯もまた大きな問題を含んでいる。不満顔から引き締まった兵士の顔に変わったことを見たハリオスは満足そうにひとつ大きく頷いた。答えるようにクリティエも頷くと一足飛びに馬に乗る。

「どうかご無事で。決して油断なさらぬように!」


 走り去っていくクリティエを見送ったセンは思わず愚痴を言う。

「俺は危険か、ヘリオス。守っているのにひどい言いぐさだな」

「やはり聞こえていたか」

 それもまた予期していたハリオスは特に動揺もせずそう答えた。聞こえないように話してはいたが、それはあくまでも常人ならばの話。聞こえていてもおかしくはないとハリオスは考え、それでも侮辱とも取れる言葉を使った。そうしなければクリティエを説得できなかっただろうし、そうしても契約を守りぬくというセンの精神性を見抜いていたからだった。

「よくわからない男だな。強くはないがやりづらい。外の世界は不可思議なものだ」

「強くない、か。これでも弓の名手としてそれなりに有名なんだけれどね。まあ君にやりづらいと言わせたことを素直に喜ぼう」

 センにとって強さの基準は自分と自分より強い師匠のみだった。ゆえに自分より弱いものは全て弱いと考えてしまう。いまだ狭い世界の住人だ。

 そんな妙な男と貴公子は伯爵の住まう都市スキュテイアに向かう。街道の先には青々と草葉が茂る草原が続いていた。

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