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咲く花の色は  作者: 餅屋まる
第1章 ベルネットの姫
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06.花の輪

 その会には未婚者はおらず既婚者が集った。内々の集まりだけあって会は小ぢんまりしたものだけれど、仲良しの友人同士ばかりで賑やかだった。

「ついにアレクサンドラもこちら側ね」

「おめでとう、歓迎するよ」

口々に述べられるお祝いの言葉が気持ちいい。このグループにも侯爵家の出身者はいるけれど、侯爵家はいない。結婚したら自分が一番なのだ。今このグループで一番美しいのは私。そこに今度は爵位が加わる。これ以上の事はない。

 にこにこと笑顔で応えていると、仲良しの彼女たちが囲んで囃し立てる。

「いい加減教えてちょうだい。どちらの方なの?」

「そうよ、サーシャ。私たち、どんな方でもお祝いするわ」

 もったいつけるのもこれが限界。私はゆっくりと、恥ずかしそうに口を開いた。

「ドレッセル侯爵家のグリオル様なの」

「まぁ!」

結婚すると話した時とは違う驚嘆の声がさざ波の様に広がっていく。視界の端の遠くの人が少し意外そうな顔をした気がするが、当然と言えば当然かしら。

「あの素敵な方? 優秀だとお父様が褒めていらしたわ」

「一部のご令嬢の間で大人気なのよね」

「ああ、ドレッセルは良いやつだよ。話した事があるけれど、気が良くてしっかりしていた」

聞こえてくる評判は侯爵家の嫡男として十分なもの。全員がうらやむ結婚相手を手に入れたのだ。満足げに笑えば幸せが溢れる。

 グラスを傾けて乾杯した友人がからかうように笑いかける。

「サーシャってばいつの間に?」

「本当に。2人でいるところを見たことがないわ。気が付かなかった」

「ええ、ちょっとね。まだ内緒なの」

首を傾げて頬に手を当てると、ロマンチックなものを想像した友人達がきゃっきゃと笑う。

「もう! それなら結婚式のあと、お祝いの会をしましょう! そこでたっぷり聞かせてもらうから」

もっと聞かれたら、顔合わせの時に一目惚れという話にまとめるつもりだったけれど、上手く諦めてくれた。

 女性陣の盛り上がりを男性陣は微笑ましく眺め、輪の外側、遠くの人たちも穏やかにこちらを見ている。誰も彼もが明るいムード。結婚式やお祝いの会の話をしながら、和やかに時間が過ぎていく。


 そんな中、結婚後は領地の管理に忙しいチェールトが遅れて姿を見せた。

 チェールトは侯爵家の次男。羽振りが良く、私もたくさんの贈り物をもらった。残念ながら見た目が全く好みではないので恋愛する気はなかったが、優しく熱心に贈り物をしてくれるので仲良くしていた。

 扇の奥から笑顔を投げれば、彼はまっすぐにこちらにやってきた。

「やあ、アレクサンドラ嬢。この度はご結婚が決まったそうで、おめでとう」

「ありがとう。チェールト様」

「どちらの方だい? 幸運な男は今日ここに?」

そう穏やかに微笑むチェールト。記憶より引き締まった顔は男らしく素敵に見えた。

「いいえ。お忙しい方なの。ドレッセル家の方よ」

「ドレッセルの? ……君が嫁ぐのか?」

「ええ」

チェールトは驚いて目を見開く。

「君は跡取りだったろう? いいのか? それにしてもドレッセル家に嫁ぐなんて、君も勇気があるな。あの家は特殊だから」

『勇気がある』。あの条件を知っている口調に、思わず身を乗り出しかける。

「あら、ご存知なの?」

「ドレッセル家の忙しさは有名だよ。それに僕の婿入り先はワインの製造をしているからね。似たようなものだ。……とはいえドレッセルの方が人命に関わる大事な領地で大変だろう」

そんな話まで、と思って驚きかけるが、ふと周りを見れば友人達のうち、当主やその配偶者はそれを知っているような顔をしている。驚いているのは呑気な身分の者だけ。いくら緩いグループとはいえ、次期当主の自分の無知さを恥じた。


 言われてみれば国の薬の元になる薬草の栽培なのだから責任は重大で当然だ。

 情報収集の不十分さを反省するが、勝負はこれから。あの条件をどうにかするつもりだ。だってただの娘が嫁入りするわけではないのだから。私は当主になるべく育ってきて知識はたくさんある。

「ええ。お忙しいみたいね。でも、私も当主教育を受けた身。侯爵家のスケジュールの見直しなどの改革を考えているの」

そう言えば周りの目が輝く。

「賢い者が集まる家なら、答えは1つではないはずだもの」

「なるほどね。恥ずかしながら僕はそういう事を知らないで結婚したから、今は働き者の妻に急かされながら、忙しさに納得している身だ。難しい事は言えないけれど、いい形に見直し出来て調整がつくといいね。誰だって条件の合わない家と結婚するべきではないんだから」

人の良い笑顔を浮かべるチェールトに、夫と腕を組んだ別の友人が割り込む。

「そうよね! 私、この人と結婚する時、この人のお母様に伝統のドレスを着るようにってうるさく言われたの。けど、結局好きなドレスを着たわ! 時代ってものがあるじゃない」

酔っ払っている彼女は「サーシャもお幸せにね!」と言い、夫にしなだれかかるように引っ張られて行った。

 自分の周りにはこんなに先進的で理解のある友人がいる。そのことに歓喜しながらワインを楽しむ。昼間の様子はあんまりだったけれど、自分たちの世代は()()なのだ。きっといい方向に進むはず。


 一番親しい夫人が声を掛けてくる。

「ねえ、サーシャ。あなたがお嫁に行くならお家は妹さんが継ぐのよね?」

「そうよ」

「……心配ではなくて?」

そう言われて、我に返る。

「妹さんって贅沢なのよね? 大丈夫? あなたの大事なお家だもの、なんとか守れるように祈っているわ」

困ったら声を掛けてね、と優しく挨拶をして彼女は夫の元に戻って行った。

 その後ろ姿を見ながら考える。そういえばそうだ。婚約者は紹介してもらえるが妹は世間知らず。おまけに教育だって不足しているはず。贅沢をするというのは嘘だけれど、放っておいては帰る家がなくなってしまうかもしれない。

 ワイングラスをゆらゆらと揺らしながら考えること数分。名案が浮かぶ。里帰りの度に様子を見てやればいい。両親は勿論、妹の夫も地味で教育不足の妹より美しく賢い自分を信頼してくれるはず。

 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。私はグラスを下ろして、踊りの輪に加わった。



 翌日、私は部屋で友人達にお礼の手紙を書いていた。目の前は明るく、外の陽ざしが穏やかに部屋に差し込む。

 そこに乱暴な様子で現れた父の顔は怒りで真っ赤で、初めて見る様子だった。

「アレクサンドラ! お前は何という事をした!」

大きな声が部屋に響く。驚きと混乱で父が何を言っているのかわからない。

「お父様、落ち着いて下さい。一体何のお話でしょう――」

「何の? お前、自分がした事の重大性がわからないのか」

がっかりしたように肩を落とした父は、それでもまだ真っ赤な顔で大きなため息をついた。

「今朝、ドレッセル家に手紙を送ったそうだな」

「ええ」

 昨日の夜会での情報を総合して、ドレッセル家に結婚の条件の見直しをお願いする手紙を書いた。それを勝手に出した事を怒っているのだろうか。確かに何も言わずに出してしまったけれど、早い方がいいと思って使用人に渡しただけで内緒にするつもりはなかった。

 ここで母が部屋に駆け込んできた。心配そうに父と私を見比べ、私の机の隣に寄り添うように立ってくれる。

「お父様、ごめんなさい。早い方がいいと思ったものだから。決して内緒にするつもりはなくてよ」

その言葉に顔をしかめた父が、もう一度大きなため息をついた。

「何故、こんな事をした。使用人からはご当主とご長男宛だったと聞いた」

「何故って……ですから、大事なお話は早い方がいいと思いましたの」

「……手紙の内容は何だ?」

絞り出すような低い声は、僅かに震えている。

「婚約の条件の見直しのお願いですわ」

「お願いだと?」

「ええ。先日お2人が許して下さった里帰りの件、あれをお願いしました。旅費はベルネット家が出すのですからご迷惑ではないでしょう」

父の顔が渋いが、気にせず話を続ける。

「それと結婚式。これまで友人達の式に参列しておりますでしょ。私だって友人とお祝いをしたいの。何よりも友人達がお祝いさせてほしいとい言ってくれたのを無下には出来ませんわ」

父は母をちらと盗み見る。強張った表情の母は、縋るような目で父を見つめていた。

 いつもと違う雰囲気に体が少し硬くなる。私はこんな両親を見たことがない。

「アレクサンドラ。お前がした事は許されない事だ。何があろうと我が家は伯爵家、その娘であるお前が侯爵家のご当主宛に手紙を書く、それだけでも良くない。おまけに既に決まっている条件の見直しだなどと……」

苦々しい言い方に責められている気になる。どうして、と不満がせり上がる。

「だってあのような条件、おかしいではないですか! あれはソフィアの時の……どうして私がそれに従わねばならないのです!」

 ドレッセル家の条件は私には到底受け入れ難い。侯爵家の妻が領地に11か月も引きこもっていては流行からも疎くなってしまう。


 貴族というのは国に対しても領民に対しても責を負う。財があれば備える以外にも、適切に使い示す必要もあるのだ。特に高位貴族が下位貴族に見劣りするような事があってはならない。現にこの前の侯爵家の長女だって見事なドレスを着ていた。ただ、見事ではあったが、流行の形とは少し違った。侯爵家の妻ならああではいけない。そのためにも王都の滞在時間は伸ばすべきである。結婚式も大々的にする。

 それに視察は構わないが日に焼けては困る。埃にまみれ、日に焼けた貴族の夫人など有り得ない。それこそ領民や使用人にやらせるべきである。

 私はベルネットの領地を管理する能力を学んでいるのだ。あてずっぽうにわがままを言って困らせているつもりはない。


 少し大きな声を出してしまったが、父は渋い顔を崩さない。

「とにかくだ。アレクサンドラ、お前のした事は良くない。向こうのご当主がお怒りになれば……」

「お父様。これは次世代の当主同士の話し合いよ。私は当主ではなくなるけれど、そうなるべく育てられた人材でしょう。私が妹のような者と同じ条件で嫁ぐだなんて、いけない事だわ」

父の眉がぎゅっと寄る。

「次期当主になるはずだった娘を粗末に嫁がせては家の評判も悪くなります! 私が伯爵家にとって大事な娘ならそれを証明して下さい」

「そうね……。あなた、私は同じ女としてサーシャの気持ちを理解できるわ。あの条件に不安を抱えたまま嫁いではサーシャは幸せになれないと思うの」

「お前までそんな事を……いいか。あの条件を承諾したのは我が家の先々代だ。娘たちが産まれた当時ならまだしも、今更どうこう出来るものではないとお前もわかっているだろう」

「でもあなた、サーシャは……」

「だめだ」

母にも冷たい父に今度は怒りが起こる。どうしてわかってくれないのだろうか。震える母が可哀相だ。

「先々代の決めた事なんてそれこそ時代に合わないわ! そんな条件、飲む方がおかしいのよ! 今はそういう時代ではありません!」

父は頭を抱えた。

「ああ、どうしてお前はわかってくれないのだ」

少し前の私と同じ主張するをその顔が妹と似ていて気分が悪い。

「支度金も何もない結婚なら、私とグリオル様は同格のはずでしょう? それなら、あの手紙は――」

「対等ではない。爵位の理は変わらない。それに我が家が滅びなかったのはドレッセル家のおかげだ。そのために決まった約束で、申し出、示された条件を快諾したのはこちらだ」

今条件を変えれば済むのに、ひいお爺様を恨むしかないなんておかしい。

 唇を噛んでいると父から冷たい声を掛けられる。

「謝りに行くぞ」

その言葉に限界を感じ、怒鳴ってしまう。

「どうしてですか! 謝るのは自分が悪いと認める時だけだと、お父様が教えて下さったのでしょう。私は何も悪い事はしておりません!」

「だめだ! アレクサンドラ、謝りに――」

「どうして! 最近お父様は意地悪だわ。私の事が可愛くないの? 私の幸せを祈ってくれないの!」

途中から胸がつかえて私は泣き出してしまった。机から立ち上がりベッドに突っ伏して大声で泣く。

「あんな条件で嫁いで行ったって、幸せになんかなれる訳ないじゃない! お父様なんか嫌いよ! 出て行って!」

私が泣いた時、いつも優しくしてくれた父は静かに部屋を出て行ってしまった。

※ルビ・傍点が表示されない方へ

以下のように ○○には△△ というルビ・傍点がふられます

自分たちの世代はこうなのだ→「こう」に傍点

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