雑踏の指揮者によるトマト行進曲
これは参加者が考えたキャラとテーマをシャッフルして、渡されたキャラ×テーマで短編を書く
「シャッフル短編企画」で提出した作品です。
私が引いたキャラ(主人公)×テーマは
「雑踏の指揮者(主人公)×塵芥」
この二つのキーワードを使って書いています。
地下鉄のホーム。夕方のラッシュになる少し前の時間。女子高生が話題のタピオカジュースを片手に雑談をしていた。
「ねぇ、雑踏の指揮者っていう都市伝説があるんだけど、知ってる?」
「なに、それ?」
「雑踏の中で音楽が聞こえたら、ちょっと良いことがあるんだって」
「音楽? どんな?」
「さあ? でも、雑踏の音楽ってすぐ消えちゃうし、気付かなかったら五月蝿いだけじゃん。なんか塵芥みたいだよね」
「ブフッ!」
タピオカを吹き出しそうになるのをこらえる。
「あんた、なに小難しいことを言ってるの? あ、さては覚えた言葉を使ってみたくて言っただけね?」
「そんなことない!」
ムキになって言い返すが、友人は得意そうに聞き返した。
「じゃあ、雑踏と塵芥の意味を言ってごらんよ」
「そ、それは……あ! 電車! 早く乗ろ!」
「話をそらしたな!」
「そ、そんなことないよ! それより最近、ホウレンソウ教っていうのがさ」
「なに? また新しい野菜の宗教ができたの?」
「そうらしいよ。それでね……」
きゃあきゃあと花を振りまきながら女子高生が電車に乗る。その様子を上空から眺めていた僕はスィーと飛んだ。
僕は雑踏の指揮者。通りすがりの人を勝手に雑踏楽団の一員にして、足音を音楽にしているんだ! この地下鉄のホームは大勢の人が行き交うから、団員には困らないしね!
他の都市伝説に比べたら目立たない、地味な存在だけど、そんなの関係ない! 僕は、僕が満足する音楽を奏でるだけ!
あ、このホームが一番混む時間がやって来た。僕は全体が見渡せる、いつもの定位置に立つと両手を上げた。
『さあ! 今日もこの時間がやってきたよ! 最高に盛り上がる時間! さて、今日はどんな音楽ができあがるかなぁ!』
塵を巻き上げながら駆け足で過ぎ去る人々の足音に耳を澄ます。
『お、これこれ。いい感じのハイヒールの音!』
手を小刻みに揺らせば、それに合わせてカツカツカツと、心地いいリズムが響く。
『で、お次はこっち』
片手だけリズムを変えて振れば、カッカッカッと、大股で颯爽と追い越していく革靴の音が加わる。
『で、ちょっと隠し音』
ちょん、ちょん、と手を動かすと、プニュプニュと、小さな合いの手が入る。そこにサンダルをひきずる音と、ブーツの音も入る。
『んー、いい感じ。さぁ、ここからフィニッシュ!』
大きく両手を広げると、慌てたように階段を駆け降りるパンプスとスニーカーの音が響く。腕を上げる動きに合わせて足音も盛り上がっていく。
バン!
階段を駆け降りていたパンプスとスニーカーがぶつかった。
「ごめんなさい。あっ!?」
「こっちこそ、ごめ……んん!?」
お互いの顔を見て赤面する少女と青年。いつも同じ時間、同じ電車に乗るだけの名前も知らない人なのだが、ちょっと気になっていた。
プルルルルルルーーーーーー
無情にも電車の発進音が鳴り、二人の目前で電車が発車する。
「え、ちょっ……」
「あー、しまった……」
二人の声が重なる。少女の方が肩を落としながら呟いた。
「音楽が聞こえたから、そのリズムにのれば間に合うかと思ったのに」
「え?」
青年が驚いたように振り返る。少女は変な人と思われないように慌てて弁明した。
「あの、都市伝説で、足音の音楽が聞こえたら、その日は幸運になるって聞いて……」
『おや? 僕の音楽に気付いたのかな?』
僕はわくわくしながら耳を傾けた。
「階段を降りていたら足音が音楽みたいに聞こえてきて……もしかしたら、幸運で電車に間に合うかもって思ったの」
少女が恥ずかしそうに俯く。
『やっぱり! 僕の音楽に気が付いたんだね!』
嬉しくて思わず宙返りしてしまった。
「それ! おれも聞こえた!」
『お!?』
「都市伝説とか知らなかったけど、今日は足音が音楽みたいに聞こえてさ。気が付いたら走って階段を降りていたんだよな」
『んぅー! 観客が二人も! 嬉しい! 嬉しいよ! よぉーし! 今日は大判振る舞いだ! 二人にちょっとした幸運をプレゼント!』
二人の頭上でクルクルクルゥーと回転すると、虹色の塵が降りかかった。
少女が持っている鞄を見て声を上げる。
「あ、ボタンがとれて……」
「あ……」
少女の鞄に青年の袖のボタンが引っかかっている。
「ごめんなさい。ぶつかったときに引っ掛けちゃったみたい」
「ボタンがあって良かった。失くしたら面倒だったから」
少女が鞄にひっかかったボタンを外す。そして青年に返そうとして、ふと提案した。
「あの、良かったらボタン付けようか? 私、裁縫セットを持ってるから……」
「え!? いいの? 助かる」
「じゃあ、そこのカフェで」
二人がどこか照れたように歩き出す。
僕は観客がいたことに満足して、人の波に流れに身を任せたまま宙を漂っていった。
『うーん、今日もいい音楽だった』
そこに網が降って来た。
『なに!?』
驚いている間に袋の中に押し込まれた。まるで流れ作業のように雑ながらも素早い仕事だ。
『ちょっと! なにするんだよ! 出してよ!』
一生懸命もがくけど塵が舞うだけで、外からの反応はない。上下に揺れて移動しているのは分かるけど、袋の中は真っ暗でどこに向かっているのか分からない。
そこに男の声が聞こえてきた。
「それにしても、本当にいたんだな。都市伝説」
「普通は見えないが、この眼鏡をかければ見えるんだってよ」
「すげえよな。はじめに話を聞いた時は、研究のし過ぎで、ついに博士の頭がイカれたのかと思ったぜ」
男がクックックッと笑う。
「それな。けど、こんな都市伝説を捕まえて、どうするんだろうな?」
「都市伝説って内容によっては、攻撃に使えるようなエグイのもあるらしいぞ。上手く使えば、あの目障りなトゥメェィトゥ教を潰せるかも……って」
そこで僕は、最近人間が僕たちを捕まえようとしているから気をつけろ、と他の都市伝説から注意されていたことを思い出した。
野菜を崇拝している人間が集団になって、縄張り争いやら、喧嘩やら、金儲けやら、いろいろしているらしい。その争いに、都市伝説である僕たちが何故か巻き込まれているそうだ。
僕たちには迷惑きわまりない話だけど。
「ま、今回は実験って言ってたから、捕まえやすそうなやつを捕まえてみただけだろ」
「あぁ、それで簡単に捕まえられたのか。手を振っていただけだし、たいした力もなさそうだしな」
『ムゥッキィー! なんかバカにされたっぽい! そりゃあ、確かに僕は目立たないし、力もないけど!』
雑踏の音楽なんて一瞬で消えるし、気づく人なんて滅多にいない。僕にもっと力があれば……みんなに気づいてもらえるような音楽を奏でることができれば……
『でも! でも! お前らにバカにされるのは、なんかムカつく!』
僕が怒って暴れていると足音が止まった。
「てめぇ! トゥメェィトゥ教の幹部! キング・オブ・トマトだな!」
「この前は、仲間が世話になったな!」
今までの男たちとは違う、低い声が返ってきた。
「確かに俺はキング・オブ・トマトだが、仲間とはなんの話だ?」
「忘れたとは言わせねぇぞ! この前、てめぇに支部を壊滅されたホウレンソウ教だ!」
「あぁ、最近できた葉っぱ教か」
興味なさそうな声に男たちが怒鳴る。
「余裕ぶっこいていられるのも、今のうちだぞ!」
「オレたちのシマに、のこのこ入ってきたのが運のツキだ!」
『ギャー』
僕は袋ごと投げられて地面を転がった。もっと丁寧に扱いやがれ! でも、これはここから逃げ出すチャンスだ!
『よいしょ、こいしょ……こいつが……おりゃっ!』
力を入れて袋をこじ開ける。すると、目の前では三人の男が殴り合いをしていた。二人は眼鏡をかけていて、僕を捕まえたやつだ。
もう一人は……
真っ赤だった。
いや、髪の毛は緑で他は赤かった。トマトの絵が描いてある真っ赤なTシャツの上に真っ赤なジャケット。ズボンも真っ赤で、履いているスニーカーももちろん赤い。
『トマトだぁ』
僕は思わず呟いていた。
『ん? このリズムは……』
人気のない地下鉄の隅。スニーカーのキュッキュッという音が響く。僕は軽く手を振りながら口ずさんだ。
『と・ま・と』
手を上下に振ると、駆け出す足音がのってきた。
『ト・マ・ト。トマト、とまと。真っ赤なトマト。お尻にスターがあるのは美味しい、あ・か・し!』
気分がのって手の振りが大きくなっていく。そこに大勢の足音が迫ってきた。
「助太刀に来たぞ!」
「キング・オブ・トマトだってぇ!?」
「ここで借りを返してやらぁ!」
「やっちまえ!」
駆け出す音に、踏み込む音。壁を蹴る音……は足音じゃないから入れない。倒れる音に、ぶつかる音。これも足音じゃないから外す。もう! 雑音が多いな!
足音だけを拾いながら腕を激しく動かして歌う。
『トォマト! とまと、トォマト! トォマト! とまと、トォマト! 栄養たっぷり! 太陽の恵み!』
少しずつ足音の数は減っていくが、激しさは収まらない。むしろ、もっと激しくなっていく。
『トゥメィトォ! とまと、じゃないのよ、トゥメィトォ! 真っ赤なあの子は、トゥメェィトゥ!』
立っているのは残り二人。激しい殴りあいが続く。そんな中、リズムに乗って重い踏み込みが響いた。僕の歌声も最高潮になる。
『愛しいあの子は、トゥゥメェィィィトゥゥゥゥ!』
力強いアッパーとともに最後の一人が宙を舞う。僕が両手を握ってフィニッシュを決めると、その場に立っているのは、緑頭に真っ赤な服を着た男一人だった。
『いい音楽だったぁ……』
僕が恍惚に浸っていると、真っ赤な男が体についた塵を払いながら声をかけてきた。
「おまえの歌も良かった」
『あれ? 僕が見えるの?』
「見えるぞ」
『へぇー、珍しい。僕の姿が見えたのは、君で二人目だよ』
「そうか。いや、それより、おまえのトゥメェィトゥの発音と音楽。力強くて素晴らしかった」
僕は喜ぶより先に、もう一度確認してしまった。
『本当? 本当に本当?』
「あぁ。音楽のおかげで、いつもより力が出せた……気がする」
僕は照れくさくなって顔をそらした。
『エヘヘヘ。そ、そう? あの、なんか音楽と歌が湧き出てきて、気が付いたら歌っていたんだよね』
「トゥメェィトゥ教の聖歌隊にスカウトしたいぐらいだ」
『本当!?』
僕の音楽を必要とされたのは初めてで、思わず四回転ジャンプをしてしまった。虹色の塵が全身から噴き出している。
十点満点の着地を決めたところで、僕は大切なことを思い出した。
『あ、でも、僕は雑踏楽団の指揮者だからダメだよ。楽団員はその場限りの雑踏だけどね』
「雑踏か」
感慨深そうに呟く真っ赤な男に、僕はグイッと詰め寄った。
『そう! 雑踏なんて塵芥だっていうヤツもいるけど、僕は好きなんだ!』
「ほぅ? 塵芥なんて難しい言葉をよく知っているな」
『えへへ』
「難しそうだから使っているだけか?」
『そぉ、そ、そ、そ、そんなことないよ! 失礼だなぁ!』
「そうか? まあ、いい」
真っ赤な男は落ちていたエコバックを拾い上げた。
「あー、何個か潰れたな。今日はトマト鍋にするか」
『あ、ちょっと待って』
歩き出そうとした真っ赤な男が振り返る。
「なんだ?」
『僕の音楽に気が付いた人には、ちょっとした幸福をあげているんだ。君にもあげるよ』
「そんなのは、いら……」
僕はさっさと頭上に虹色の塵を降りかけた。
『じゃ、またね!』
この余韻をゆっくりと味わいたい僕はヒュィーと飛んでいった。
「幸福ねぇ……美味いトマト鍋ができれば、それでいい」
真っ赤な男は転がっている男たちを踏みつけながら去って行った。
築五十年は経っているボロアパート。真っ赤な男がカンカンと足音をたてながら鉄製の階段を上る。
ドアについているポストをいつも通り確認すると、チラシの中にピンク色の可愛らしい封筒が混じっていた。
「誰からだ?」
思い当たる節がない真っ赤な男は、封筒を置いてトマト鍋を先に作った。
コタツの上でグツグツと音をたてる一人鍋を前に、真っ赤な男が腰を下ろす。そこで頭上から声がした。
『トゥメェィトゥ教の幹部なのに、ボロい部屋に住んでるんだねぇ』
突然にも関わらず、真っ赤な男は平然と答えた。
「部屋なんて寝られればいい。自分に使う金があるなら、トゥメェィトゥ教の布教に使う。それより、なぜここにいる?」
『あのあと考えたんだけどさ。君といたら、もっとみんなに僕の音楽を届けられそうって思ったんだ。だから、しばらく君のそばにいることにしたよ!』
「なにを……」
真っ赤な男は拒否しようとしたが、トゥメェィトゥの発音の良さと、トマトを連呼した歌が脳裏によみがえった。あれを人通りが多い場所で歌えばトゥメェィトゥ教の布教になる。
「……好きにしろ」
意外と打算的な真っ赤な男は、淡々と封筒を手に取った。
「さて……」
封筒を開けると、そこには一枚の手紙と写真が入っていた。
とりあえず先に手紙に目を向ける。それはミミズがはったような拙い字だった。
〝キング・オブ・トマトへ。
ホウレンソウにつかまったところを、たすけてくれて、ありがとう。あれから、がんばってトマトをたべるれんしゅうをしたよ。マミィーにあかいスープをつくってもらったの。そうしたら、たべれたんだ。そのときの、しゃしんおくるね〟
「おぉ……」
真っ赤な男は先日、ホウレンソウ教の支部に乗り込んだ時に、誘拐されていた外国の女の子を助けたことを思い出した。
ホウセンソウ教は最近できた新興勢力だが、布教よりも縄張りの拡大と、金儲けに重点を置いている。古くからトマトの布教一筋のトゥメェィトゥ教とは合うはずもなく、衝突することが多い。
真っ赤な男は女の子を助けたが、言葉が通じなかったため身振り手振りで会話をした。結局、誘拐された理由は分からなかったが、女の子がトマトを食べられないということが判明した。そのため、食べやすいトマトの品種や、トマト料理のレシピを必死に教えた。
それが今、結果となって返ってきたのだ。
「これがちょっとした幸運か!」
トマト嫌いが一人減った。たった一人だが、真っ赤な男にとっては偉大な一人だった。
歓喜に震えながら封筒から写真を取り出すが、涙で歪んでハッキリ見えない。
「いかんな」
真っ赤な男が目頭を押さえていると、背後から驚いたような声が響いた。
『マユリエル・ミカミだ!』
真っ赤な男が振り返る。
「知り合いか?」
『うん。都市伝説の仲間たちから都市伝説って、よばれてる。通称、幼女天使まゆりん』
「都市伝説の都市伝説? 幼女天使?」
『そう。会えたら善くも悪くも、すんごいことが起きるかもしれないって。でも、本人はまったく自覚がなくて、天使みたいに可愛い子なんだ』
「どんなことが起こるんだ?」
『よく分かんないけど、僕たちの概念が変わるとか、なんとか?』
「概念……」
真っ赤の男は顎に手を添えて唸った。
その話が本当ならぱ、女の子は都市伝説が持っている力や、存在を変えることが出来る、ということなのだろう。
そうなると、ホウレンソウ教が都市伝説を捕まえて、女の子の力を使えば、自分たちに都合がいい都市伝説を作ることも出来る。そうすれば、いくらでも勢力を拡大することができるだろう。
「それが目的で誘拐していたのか」
真っ赤な男が納得してする。
明日、トゥメェィトゥ教内で議題に上げ、女の子を保護するか、護衛するかを決めなければ。これ以上、ホウレンソウ教に好き勝手をさせるわけにはいかない。
真っ赤な男がブツブツと明日の予定を考えていると、明るい声が言った。
『あ、僕のことが見えた一人目は、まゆりんなんだ! まゆりんはダンスが上手でね。雑踏の音楽に合わせて一緒にダンスをしたんだ! 楽しかったなぁ」
「そうか」
『ちなみに、まゆりんの口癖は「わたちは、フツーでしゅ!」だよ』
「……そうか」
いつの間にか涙が引っ込んでいた真っ赤な男は、目を閉じて正面を向いた。数回、深呼吸をして感情を落ち着かせる。
いろいろあったが、ようやく写真を見ることができる。トマト嫌いが一人減った世紀の瞬間を。
「よし!」
真っ赤な男は意を決して手元の写真を覗きこんだ。そして、壁が割れんばかりの雄たけびを上げた。
「ノオォォォオォォォォオォォォ!」
写真には、笑顔でボルシチを食べる少女の姿があった。
「確かに……ボルシチも赤い、が……あれはビーツだ……ホウレンソウの仲間だ……」
トマト鍋がクツクツと煮えたぎる前で、真っ赤な男が真っ白になって崩れ落ちていく。
その様子に大笑いの声が狭い部屋に広がった。
『塵芥になっちゃった!』