誰でもよかった
『誰でも良かった』
そう思っていながら、30代前半ぐらいの男は新聞紙に包まれた包丁と遺書をリュックに詰め、小学校を目指した。
今の人生に絶望し、これから未来に希望を抱く連中が許せなかった。
殺してやる。ガキ共、殺してやる。
そんな凄惨な事件が起きようという瞬間
「いやいやいやいや!!」
「!!?」
緩すぎるツッコミの声に対しても、ビクンっとした反応をしてしまう男だった。
包丁という凶器を隠し持っていようと気弱な存在であったんだろう。まだ、そのタガは外れておらず。
「誰でもいいなら、老人達を狙いなさいよ。生きてるだけで税金が無駄遣いなんだから」
それはどーいうボケで、どーいうツッコミなんだと。疑いたくなる言葉。
たまたま通り縋って、事件に巻き込まれていくタイプの女。茶化して遊ぶため、そーいう事件は好物でもあった。
男は、なんだこの女は?って、疑う。
これから何をするのか、察知したのか。心の中を読んだのかと、思うくらいだが。
格好がすでに保護者の類いではなく、明らかに不審者にしか見えないため容易な想像もする。
「誰でも良くないんじゃ~ん」
うるせー。誰でもいいって思ったんだ。
男はリュックから新聞紙に包んだ包丁を取り出した。止めたこの女を殺してやるという強い気持ちで、そのタガが外れる。
一方で女は背中に手をやった。それは男と対比するように、背中からナニかを取り出すような感じであった。
「死ねーーーー!」
「やれやれ」
凶刃が女性に向かっていく。そんな時、女性は取り出したナニかを目暗ましに投げつけた!
パサッ
「!」
その一瞬で怯んだ。痛みではなく、男の反応として。
だが、進んでやってきた包丁は女性の体へと向かっていた。
「まったく、そーいう危険物じゃなくて、違うものを女性に向けるべきじゃない?」
投げるだけでなく、臆せず前に進んだこと。斬られたのは事実であったが、致命傷にならず。だが、女性は男の大切な部分を触りながらのお説教。
今、暴れ狂った男が一瞬にして沈静化する、独特な人身掌握術。
ムギュッ
「ブラの外し方って包丁じゃないからねぇ。私のは後ろのトコを外すタイプ、……レクチャーしてあげたわよ」
「は、離せ!」
「可愛い~。女性に抱きつかれた事な~い?ノーブラの胸に当てられた事ないの~?それもまだなのに、人の命を狙うの~?男としてどうなの~?童貞おじさんくん」
「う、うるせぇぇ!!」
壮絶な周囲に対する怒りと、初めて感じる気持ちが入り乱れた。
だが、その断末魔が最後。
男は血の着いた包丁を地面に落とした。それを見下ろすように女性は言う。
「悪いんだけど、お風呂はちゃんと入ってね?臭い男を抱くのも楽じゃないし、金があるからって喜べないしね」
ひでぇ女だと。心の中でそんな怒りが拭き出るも、それを実行する口も手も、包丁も、まったく動かせなかった。止めてくれたという事だけじゃないことを、いや、ホント色々と大切な事を教わったようだった。
男は膝をついて完敗する。その完敗は、周囲への怒りが敗れたという事の方が大きい。
「じゃあね。そのブラをあげるから、二度とそんなマネしないでよ」
女は去っていく。
◇ ◇
「ど、ど、ど、ど、どーーーしたんですかーーー!?酉さーーーん!!」
「三矢!テメェ、酉と一緒にいたんじゃねぇのか?」
今泉ゲーム会社。酉麗子がやっている会社である。
そこの従業員である松代宗司と宮野健太は、彼女の痛々しい姿を見て驚き、心配していた。付き添いでいたはずの三矢に厳しい矛先が……。
「だから俺だって止めたけど、この人は俺の話し聞かないから!通り魔を止めにいって、この様よ」
「お前が体張って、止めに逝け!」
「テメェが死んでも悲しまねぇからよぉ。詫びで死ね!」
「あんた等、俺の命の扱い雑すぎ!!」
左肩を切られたものの、軽傷で済んだ。殺傷目的の包丁ではなかったことと、相手が怯んだ状態で斬られたことが幸いといったところか。
「そんなに騒がないでよ、松代くん。宮野。あたしが止めたかったから、止めたの。ノーブラになったのもそのため」
「酉さん……だって……」
「酉……お前な……」
普段は松代と宮野でいがみ合っているものの、こーいう時だけは仲良しといったところ。
「「お前がノーブラで帰ってきたから、心配したんだよ!!」」
「斬られたところを心配しろよ!テメェ等!!」
「あははははは、やっぱり2人は面白いわね~。ふふふ」
そういって今日。酉はブラの替えがあるにも関わらず、ノーブラで仕事をして、松代達を弄ぶのであった。