二章 僕らのソシキ その3
作戦編
僕たちは現地へ向かうべく、栗林さんの車に乗った。
「一般人への怪人の存在が広く知られてしまいましたが、今回は怪人と強盗を無力化することだけを考えてください」
栗林さんは僕らの言葉を聞かずにその一言だけを述べた。事態は時間との勝負になってるらしい。
「作戦を伝えます。まずワームの能力で隣の建物から銀行内に侵入。共通認識として、一般人にみられる前に怪人化してください。もし、一般人にみられそうになったら怪人化は避けてください。正体は必ずバレないように」
僕も透さんの一件が落ちついたころに聞かされたのだが、怪人化改造手術を受けると体の中に怪人器官という人口の内臓が移植されるらしい。これは怪人化、人間可擬態の切り替えをしたり、怪人としての能力を行使するための器官だ。
怪人は人間と互換性があり、。透さんの能力は僕の目には見えないので怪人化するところをみたことはないが、恐らくほかの二人は透さんのようにバレずに怪人化することができない能力なのだろう。
今、SNSで丁度、怪人の存在が公にさらされてしまった。怪人が人間である事実が知れてしまえば、日本はさらなる混沌に陥ってしまう。ましてや、結社の人間の顔が割れてしまえば、彼らの生活も脅かされるだろう。
「まず、状況を説明します。今日、午後一五時四十九分、強盗が正面入り口より侵入。怪人によりフロア一帯は制圧されてしまいます。拘束した一般人を強盗は見張り、怪人スペードとティターンは裏口と屋上へ続く通路で待機。恐らく強行突破を防ぐためでしょう」
幸か不幸か。怪人と一般人が離れた場所にいるなら、こちらの正体はバレずに戦いに持ち込める。ワームの能力はわからないが侵入経路さえ確保すれば、波風立てずに解決が可能だ。
「まずハワード。ティターンを押さえてください。ティターンの能力は怪力です。あなたの力なら十分に対処できます」
「俺の出番やな。時間稼ぎ、任されたで」
金山さん―――ハワードが自分の胸をドンと叩いた。怪力に対応できる彼の能力が気になるが、今は口を挟まないでおこう。
「次にワーム。あなたはスペードを倒してハワードの援護に向かってください。あなたなら五分とかからないでしょう」
「りょーかい。まかせて」
小色―――ワームはふふんと鼻を鳴らしながら誇らしげに敬礼をした。年相応の態度だが、今から戦いの場に向かうとなると心配でならない。
「そして、パニッシュ。あなたは一般人の強盗を押さえて、人質を解放してください。あなたの能力なら可能でしょう」
「わかりました」
透さん―――パニッシュは緊張した面持ちで答えた。今回は対人戦なので透さんが不利な状況に陥る心配はないだろう。
「最後に安倉君。あなたは彼らのサポートに回ってもらいます」
「はい」
僕は小さく返事をした。いつかはこんな時が来ると思っていたが、こんなにも早く僕にも出撃がかかるとは思ってもみなかった。
手足は震え、喉が嫌に乾く。今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちにかられる。
「だいじょーぶ」
その声は無邪気でも自信に満ち溢れていた。それは無謀ではなく確固たる自信。結社最強の自負。
「わたしがいるから、ぜったいにかつ。あくらはぜったいにまけない」
小色は僕の震える手を両方の小さな手でぐっと握りしめてきた。力の加減がわかってないのか少し痛い。でも、その言葉が、その温もりが今は何より頼もしい。
「ありがとう、えっと」
「こいろでいいよ。あくら」
「おほん。お取込み中すみませんが、安倉君の作戦内容がまだですので、それを説明してからで……」
栗林さんが運転席で声を上ずらせながら話しかけてきた。小色とのやり取りを思い出して、少し気恥ずかしくなる。対する小色は小首をかしげていて何が何やらといった表情だ。これが天然じゃなかったら魔性の女だろう。
「では、説明を。まず、ハワード、ワームの内、先にターゲットと接触した方が相手の能力に対応できているかを確認してください。できないと判断した場合は後で通信機を渡すのでそれでこちらに連絡を入れてください。ハワード、ワームの能力が通用したことが確認できた場合、人質に紛れてパニッシュの援護を。パニッシュの能力を支援できる装備はこちらで手配します。最後に、ワームの能力であなたを回収します」
「は、はい」
なかなか複雑な指示だった。まずハワードとワームの先頭経過を見守って厳しいようなら、連絡。その後、パニッシュの援護で強盗を撃退。最後にワームの能力で撤退。
少しでももたつくとどこかで失敗しそうなプランだ。
「安心してください。前回の反省を踏まえてあなたはあくまでもサポートのみです。あなたが例え全く動けなくても作戦は滞りなく進みます」
「そうですか……」
僕の未熟さへの配慮だろうが、ここまで信用がないとさすがに少しくらいは凹む。いや、むしろ前回がおかしかったのだ。よくもまあ、僕はこの組織に残ることを決断できたなと自分をほめておく。
「安倉君!肩の力抜き!俺らがそろったあらには失敗はあらへんからな!」
金山さんは喝の入りそうな大きな声で僕を励ました。この人の言葉はなぜかとても信頼できる厚みがある気がする。
「ありがとうございます」
「まかしとき!」
どんと金山さんが胸をたたく鈍い音が響く。何とも豪快な人だ。
ただ、視界の端でなぜか窓を見て憂鬱そうな顔をしている透さんが少し気になった。
「透さん?」
「ん?ああ、安倉君は心配しなくていいよ。二人がついてるから」
僕にはその透さんの笑顔が作り物のように見えた。
こんなとき、何か気が利く言葉を言えればいいのだが、あいにく持ち合わせていないし、透さんの心象を把握できるほど察しもよくない。
「ありがとうございます」
僕も透さんと同じく、作り笑いで返すことしかできなかった。
到着した場所は騒ぎの立てこもりが起きている銀行から少し離れた路地だった。
遠くで人の騒ぎ声が聞こえる。どうやら事件は未だに解決してないらしい。
「今回の目的は怪人の身柄拘束と立てこもり事件の鎮圧。私は後から追って君たちが無力化したスペードとティターンを回収します。安倉君を通して状況は随時連絡させていただきますので」
栗林さんはそういって車の中に戻ってしまった。僕の耳には小型の通信機がつけられている。それにいくつか役立ちそうな装備(この前の銃よりかはかわいらしいものだが)を持たせてもらった。栗林さんは僕を役に立たなくても作戦に支障はないと言っていたが、準備はしっかりしてくれたらしい。
『安倉君、聞こえていますか?』
通信機から栗林さんの声が聞こえる。音声も鮮明でなかなかいい通信機らしい。
「はい。聞こえてます」
『作戦を開始します。まず、青い建物が見えると思います。その建物の壁にラクガキがあるはずなんですが、確認できますか?』
確かに目の前の建物にはスプレーで書かれたであろう、田舎のトンネルで見るようなラクガキが施されている。
「はい、見えました」
『そこからワームに穴をあけるように言ってもらえますか?』
「はい、って穴?」
穴とはあの穴だろうか。穴をあけるとはワームはそういうことができる怪人だと考えるのが妥当だろう。だが、潜入するために他の建物にわざわざ穴をあけるものか?
「あの、小色。ここに穴をあけるように指示されたんだけど」
僕は蝶を見ていた小色に声をかけた。すると、小色は一回伸びをすると、手をその壁にかざした。
「ん!」
小色が小さく力んだような声を上げると、驚くことにその壁に丸い穴がぽっかり開いたのだ。まるできれいに切り取ったかのような穴だ。
「え!?」
目の前の超常に頭がついていってなかったのか、遅れて驚きの声が漏れる。手をかざすだけで穴をあけるような能力は透さんや前回戦ったビーストと比べて毛色が違いすぎる。
「安倉君ははじめてやな、ワームの力みんのは」
金山さんがなぜか自慢げにうなっている。そこに透さんが間に入るように説明を始めた。
「あのね、ワームは穴をあけたり修復したりする能力を持った怪人なの。虫食いのように穴をあけたり、糸を吐くように修復するからそれから虫を連想してワーム。すごいでしょ」
当のワーム、小色は別段気にすることなくあくびをしている。相変わらずマイペースだ。
「なるほど、組織最強の意味が今わかりました……」
穴をあけたり修復する能力。使い方次第で状況を変えられる能力だ。これは可能かどうかわからないが、人体に穴をあけてしまえばそれで敵を再起不能にできる。
あどけない少女がこんな力をもってしまうのは何とも複雑な心境だ。
とりあえず、今は作戦中なのでそんな感情は放り投げておく。栗林さんに指示をもらおう。
「次の指示を」
『穴が開いたようですね。それでは、そこからハワードを先頭にパニッシュ、安倉君、ワームの順番で潜入してください。ワームには閉じるのを忘れないようにと伝えてください。それで伝わりますので』
「わかりました」
栗林さんは僕に指示を通すことで僕の有用性を確かめているのだろう。僕でなくこの三人の誰かに通信機を持たせればすむ話だ。つまり、今僕は現場で正確に情報伝達できるかを試されている。
「みなさん、聞いてください」
僕は三人の怪人に栗林さんの指示を伝えた。
この作戦がうまくいくかはわからない。いくら三人が怪人であろうと、百パーセントはない。小色も金山さんも自信ありげだが、それは失敗はできないという意味での虚勢かもしれない。
だから、僕が足手まといになるわけにはいかないのだ。
僕は自分の頬を叩いて気合を入れなおした。