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悪のセイギ  作者: なす
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二章 僕らのソシキ その1

安倉が秘密結社で働き始めて数週間後の話

 懐かしい夢を見ていた。

 これはいつの夢だったか。

 まだ僕が小さかったころの夢。暖かくて遠い。

 ひどく曖昧でぼやけている景色。

 それでも、僕のことを見ているこの人たちは憶えている。

 もうこの世界からいなくなってしまった母さん。

 それから、今どこにいるかもわからない父さん。

 こんなにも暖かい時間があったと知ったのは僕がこの光景を二度とみられなくなってからの話だ。



「おい、起きろ」

「へっ?」

 僕はその低いドスの利いた声に思わず椅子から転げ落ちそうになりながら反応した。

 状況を見るに今は放課後の教室。授業中にうとうとしていたところまでは覚えているが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

「授業、とっくに終わってんぞ」

 僕の友人、石持鷹(いしもち たか)があきれ顔で僕の顔を覗き込んだ。

「またやっちまった……」

「ほらよ、ノート。焼きそばパンで返せや」

 石持は僕の目の前にポンと自分のノートを置いた。どうやら僕が寝ていた分の板書を見せてくれるらしい。焼きそばパンなど安いものだ。

「助かる」

 石持はなんだかんだ言って世話焼きだ。ぶっきらぼうだが、こうして気を回してくれる。

「てか、幸。バイトそんなにきついのか?」

 石持にはまるで僕の行動が見透かされてるみたいだ。確かに僕はあるバイトを始めてからこうして居眠りすることが多くなった。彼は優しいから心配をかけてしまったのかもしれない。

「大丈夫だ。バイトじゃなくて最近、夜更かししすぎて……」

 半分は嘘だが半分は本当だ。明らかにバイトが原因だが夜更かししてるのも嘘ではない。

「お前がいいんなら、問題ねぇけどよ……」

「夜更かしは良くないぞぉ?」

 唐突に僕らの会話に割って入る声。ぴょこんとはねながら僕の机の前に現れた、華奢で髪の長い人物。

「久度か」

「誰だ、こいつ」

 石持が久度に向かって指をさした。

「そっか、君は初めてだね。私の名前は久度実桜(くどみお)。隣のクラスだよ!」

 彼女はいつものごとく笑顔で石持に挨拶する。対する石持は少し戸惑っているらしい。

「石持鷹だ。で、何の用だよ」

「たまたまクラスに入ってきたら、安倉君が怪しいバイトしてるって聞こえてきたから話しかけちゃいました」

 てへっと自分の頭をこつんとして見せる久度にうわぁと引き気味の石持。この二人の相性はどうやら良くないらしい。

「久度、僕は大丈夫だよ」

 彼女のおせっかいセンサーに引っかかることは一度や二度じゃない。久度は大丈夫だということを告げると決まって何かあったら言ってと言う言葉を残し去っていくのだ。

「幸は大丈夫だって言ってんだ。さっさと帰れ」

 なぜか石持が久度にツンとした態度を取った。石持にそれは悪手だと伝えたいが時すでに遅しといった感じだ。

「む?石持君、なんで安倉君が大丈夫だってわかるの?」

「ダチだからだよ。お前こそ何なんだよ。冷やかしならやめろや」

「私は安倉君の友達だよ。そして今、石持君の友達になった」

「は?」

 石持の反応は正しい。久度はまともに相手をしてくれるが、まともに相手にしてはいけないのだ。

「君は安倉君のことが好きなんだね?」

「は!?」

「私もなんだよね。なんか危なっかしい感じだし」

「は?ああ、こいつ、ボケっとしすぎなんだよ」

「わかる!だからつい声かけちゃうんだよね」

「今日も授業中ずっと居眠りしてんだよ」

 いつの間にか石持と久度は意気投合していた。少し僕への評価に異議を申し立てたいが、こうして世話を焼いてくれる友人がいて、僕は案外幸せ者かもしれない。

 そういえば、今朝見た夢にも似てる気がする。こうして暖かく見守ったり親身になってくれる誰か。いなくなってしまう前に気づけて良かったと少し口元が緩んだ。

「おい、安倉。携帯なってんぞ」

 石持の指摘通り、僕の携帯は机の上で振動していた。底に表示される名前は『臼井透』。

 慌てて時間を見ると、彼女との待ち合わせの時間のちょうど一分前だった。

「ごめん、石持、久度。僕、バイトだった」

「おい、待て」

「まだ話は終わってないよ!安倉君!」

 僕を呼び止める声を置いてきて、待ち合わせの場所へと駆け出した。



「安倉君、遅い!」

 僕が待ち合わせしているカフェに訪れると、その人物は子どもみたいに頬を膨らませていた。見た目の割には大人っぽいフォーマルな服装で小さい子が背伸びしているみたいだが、本人に言うとへそを曲げてしまうので辞めておこう。

「すみません、透さん」

 彼女の名前は臼井透。大学生とは思えないような小さな身体にぴょこんと跳ねたサイドテールが特徴的な少女だ。一応、成人はしているらしいが少女と形容するのが正しい気がする。

「もう、事故にあったんじゃないかって心配したんだから」

 その口調は厳しいものの、彼女の優しさが前面にみえて透さんらしいと思った。

「透さん……」

「それにブレンド注文したら、店員さんに『苦いけど飲める?』とか、『砂糖いっぱいいれる?』とか聞かれるし……」

 透さんは暗い目をしていた。その見た目でずいぶんと苦労しているらしい。

「透さん、ブラック飲めるんですか?」

 ふと、彼女の手元の飲み物を見て気になった。

「まあね。最初は背伸びで飲んでたけど、苦さのおいしさがわかったの」

 透さんはその言葉とは自慢げに胸を張った。大人っぽいところをアピールできてうれしいのだろう。

「すみません、僕はウインナーコーヒーで」

 僕らの席の横をちょうど店員が通りかかったのでいつも飲んでいる甘めのものを注文した。

「安倉君、ウインナーコーヒーって何?」

 透さんはきょとんとした顔をしている。

「コーヒーにホイップクリームがのってるんです。僕、苦いの飲めないんですよ」

 僕が苦笑いすると、透さんは首を傾げた。

「じゃあ、ウインナーがのってるわけじゃないのね?」

 その純粋さに僕は思わず笑いが漏れてしまった。彼女の気持ちもわからないでもないが、そう真剣な顔をされるとどうしても笑みがこぼれる。

「笑うことないじゃない……」

 透さんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を伏せた。自分が子どもにみられることをコンプレックスに感じている彼女に対して少し意地悪が過ぎたかもしれない。

「すみません。透さんのその純粋さがかわいらしいと思いまして」

「か、かわ!?やめて!私はもっと、こう……大人の女性を目指してるんだから!」

 透さんはぷいっとそっぽ向いた。どうやらまた機嫌を悪くしてしまったらしい。僕としては褒めたつもりなのだが、乙女心とは難解なものである。

 だが、これもいいと思った。何よりこの日常がずっと続いていけばいいと願った。

 でも、透さんは僕とは全く違う世界にいる。そんな願いは透さんも願い下げだろう。

 ならば、僕が少しでも透さんの穏やかな日常に協力できれば、そしてあわよくば彼女の戦いが終わる手助けをできればいいと思った。



 こんな穏やかな時間は長くは続かない。

 僕と透さんは秘密結社のある郊外のビルについた。普段だったら秘密結社のネームプレートなど出ていないが、僕が面接を受けた日はたまたま手違いで正体が露見しそうな危険なことをしてしまったらしい。

 正直、意味が分からないがバイトは雇い主の事情に首を突っ込まないのが吉なので黙っておく。

 普通だったらこんなところに悪の秘密結社が立っているなんて気づきもしないだろう。さらに言うなら、透さんのような少女が怪人なんて誰が気づくだろうか。

 それくらい非日常は近くにあって、常に日常と隣り合わせにいたのだ。僕がこうして秘密結社でアルバイトしていることも偶然が積み重なったからこそだ。

「じゃあ、安倉君。ここから先は上司と部下ね」

「はい」

「私は臼井透じゃなくて怪人の『パニッシュ』。あなたは一般人の協力者ね」

「わかりました」

 透さんと職場に来るときはいつも僕にこう語り掛ける。彼女いわく、日常との差をつけないとたるんでしまうからだという。ここから先は命の危険と隣り合わせ。それは透さんだけでない。僕もその危険にさらされていることを意味する。

 それは百も承知だ。先日の一件でそれは理解した。それでも、僕は透さんと再び並んで歩くことを決めたのだから、その覚悟は僕も決めねばなるまい。

 僕と透さんは秘密結社へ向かうべくそのビルに乗り込んだ。






続きます

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