一章 彼らのセイギ その4
一章完結です
―――あなたはそれでいいのですか?
思考停止したはずの頭の中で誰かの声が響く。今まで聞いたことのない、けどどこか懐かしいような声。
いいはずがない。
こんなところで終われるはずがない。虚無だった僕の世界が変わり始めてる。僕の中の何かが始まってるのに、それを単に実力不足ではねのけられるなんてあんまりだ。
―――ならば、一時的に力を貸しましょう。
力?僕にこの状況を打開する力を貸してくれるというのか?
―――ただし、これは本来、あなたが未来で手にするはずの力。一時的とはいえ、世界に歪みをもたらし、破滅へ導くでしょう。
未来?破滅?言ってる意味が分からない。
―――それでも、力を望むというなら、あなたに祝福を与えましょう。さあ、選びなさい。
力が欲しい。今は何を犠牲にしたってかまわない。この大男を倒せる力を、臼井透を守れる力が欲しい。
―――わかりました。では、自分の本来の姿を思い出してください、あなたの名前を。
そうだ、僕の名前は安倉幸。そして、僕の本来の姿は……!
「くあっ!」
頭を鈍い痛みが襲う。膨大な情報が脳に叩き込まれたかのような痛みだ。
そして、僕は、いや、俺は思い出した。俺が本来なすべきことを。俺自身の生きる意味を。
「透さん……」
そこの横たわる愛しい人の名前を呼ぶ。しかし、瀕死の彼女からの返答はなかった。
今はなすべきことを。理由はわからないが、今はあの怪人を倒すことが先決だ。
「グォォ!」
大男の怪人がうなりを上げる。ただ俺の雰囲気を感じ取ったせいか攻撃をためらってるように見える。
「大丈夫だ。一瞬で終わらせる」
俺は即座に足元に捨ててある銃を手にしてそれを撃つ。記憶が確かならばこれは閃光弾が込められているはずだ。
「グガッ!」
大男が再びうめき声を上げる。どうやら効いているらしい。俺は閃光弾の影響を受けないように目をつぶりながら、大男との距離を即座に詰める。
「たくっ、今だけだぞ。あとは頑張れよ」
それだけ呟いて俺は大男の意識を奪い去った。
******
お見舞いなんて初めてなので、どの花を選んでいいかわからなかった。花屋さんに頼んでもらったが、なぜこの花がお見舞いに適してるかよくわからない。花言葉や色合いとかが関係あるのだろうか。
「まぁ、僕が考えることじゃないな」
僕は目的の病室まで足を早めた。
あの日、僕は秘密結社のバイトの面接を受け、流れでそのまま車で移動して怪人と相まみえた。しかし、あの日の出来事はよく覚えていない。とても危険な目に会ったことと、ボロボロになった透さんだけがあの廃工場で思い出せるすべてだ。
恐らく、透さんが僕を守ってあれだけ傷付いたのだろう。僕さえいなければ怪人を倒すことができたはずなのだ。
「僕のせいか……」
頭の中が罪悪感で埋め尽くされる。僕の心を何かが蝕む音がする。
透さんはお見舞いに来た僕をどう思うだろうか。多少は恨んでいるだろうが、彼女は優しいから顔に出さないに違いない。むしろ、罵ってくれた方がこの罪悪感に押しつぶされずに済むだろう。
僕は震える手で彼女の病室の戸を開けた。
「あ、安倉君」
僕が部屋に入るなり、透さんは笑顔でこちらに小さく手を振った。
真っ白な病室の部屋に薄い水色の患者服、頭には包帯が巻かれており、右腕は骨折かのように吊ってある。
「もう、そんな顔しないで。ほら、入って」
透さんは僕に向かって苦笑したが、僕はその顔を見て余計に悲しくなった。とりあえず、言われたとおりに透さんの寝ているベッドの横に立つ。そして、手に持っていた華を差し出した。
「きれいな花だね。なんていうの?」
「すみません、花屋さんのおすすめを聞いてきたのでわからないです」
「そうなの?残念」
残念とは言いつつも、透さんは愛しそうに花を受け取って撫でた。その姿は透さんの小さい容姿とは真反対の美しいという表現が正しいように思えた。
「あの、透さん、ごめんなさい」
僕は耐えきれずに透さんに頭を下げた。
「僕のせいで、透さんがこんな目に」
「あ、大丈夫。私、怪人だから傷の治りが早いんだよ。一応、秘密だから形式上、ケガした振りしないとね」
透さんはガッツポーズでにっと歯を見せて笑った。
「でも、怪我をしたら痛いはずです」
透さんはあの時、確かに苦しんでいた。いくら怪人と言えど、傷ついて痛くないはずがない。
「気にしないで。私こそ、もっとうまく守れたらよかったんだけど」
「でも、僕、」
「安倉君」
透さんの口調が急に厳しくなった。今までの笑顔とは違う真剣な表情だ。
「君の抱えてる罪悪感は君自身がそれから逃げ出したいと思ってるから感じてるんだよ。君がそれを感じる以上、私たちは共存できない」
透さんの言う通りだ。僕は自責で責任から逃れたいのかもしれない。
だが、こんなことがあっては僕は怪人と、彼女と共存できない。
なぜなら彼女にとってはこれが日常だから。
戦い傷つくことが日常だからだ。
そのたびに僕が彼女に謝り続けてはキリがない。きっと、彼女にとって僕は邪魔になり、僕にとって彼女は重りになる。
「僕は…………」
それでも、僕はまだ罪悪感を払いきれずにいた。自分の心なんてそう簡単に変えられるはずがないんだ。他人の言葉ですぐに変わってしまう、変えられてしまう気持ちなんて
はなから本物じゃない。
「教えてください。あの時何があったんですか?何をして何が起こったのか、知りたいです」
ならば罪悪感事引きずっていく。それも踏まえての次だ。
僕のその言葉を聞いて、透さんの口元が少し緩んだような気がした。
「君は、そっちを選ぶんだね。わかった。教えてあげる」
透さんは秘密結社の事を語り始めた。
「元々、怪人は人間がベースになってるの。私みたいに日常生活を送れてるものもたくさんいる。ある組織がそれを研究してて、人間を怪人にして人間ではありえないような力を身に着けられるようになったの」
怪人はもともと人間。透さんの正体からそのことは簡単に導き出せた。だけど、それは未だに現実感を持ってなくて、どうも頭に入ってこない。
「待ってください。なら、秘密結社は怪人を作ってる組織ってことですか?」
僕の質問に透さんは小さく首を振った。
「ううん。秘密結社はその組織より後にできたの。その組織は一般人をそそのかしたり誘拐したりして怪人の実験に使っていた。私もその一人。気づいたら怪人にされていたの。自業自得だけどね」
透さんは力なくははっと笑った。その笑顔にはまるで掘り返したくない過去があるかのようなそんな自嘲の笑みだった。
「それから怪人騒ぎが起こるようになったの。怪人は普通の人間ではありえない力を持つから、その力を悪用するものがあらわれたのね。今回の件もその一つ。君には嫌なものを見せちゃったね」
あの毛むくじゃらの大男も怪人の一人。僕はあの時、怪人と怪人が戦ってる状況を見せられていたのだ。
「その悪い怪人を倒すのが私達、秘密結社なの。私達、怪人の失敗作の」
「失敗作?」
確かにあの時の透さんは様子がおかしかった。大男が苦しみだしたと思ったらなぜか透さんの方が傷ついていたのだ。
「そう。私は怪人『パニッシュ』。本来は物体を消し去る力をもつ怪人に手術される予定だった。でもね、手術は失敗して自分の存在を世界から消す力を持ってしまったの」
自分の存在を世界から消す?まるでアニメやゲームの世界だ。そもそも物体を消滅させる力の意味すら分からないのにその言葉の意味が分かるはずがない。
「あの、どういう意味ですか?」
「透明になる代わりに大体の五感が鈍くなるって言ったらわかるかな?だから透明になってる間は壁とか敵の攻撃に当たっちゃってそれで怪我したの」
五感が鈍くなる。それは人間が普段生活する上で必要な機能を低下させることを意味する。視覚や触覚を失った体ではそれを動かすことすらままならないだろう。
彼女はそんなデメリットを抱えて戦っていたのか。
「私は弱いよ。失敗作だから。でもね、戦わなくちゃいけないんだ。それが私たちの正義だから」
その目はここではないどこか遠くを見ていた。彼女はきっと何かを背負って生きている。年はあまり変わらないはずなのにその小さな体に重い何かを背負っているように感じた。
「僕も戦わせてください。今は役に立たないけど、その、なんていうか、興味本位で近づいた自分が恥ずかしいんです。だから!」
生きてみたい。確かに僕はそういったが、あの日、目の前に確かに『生きている』人を感じて自分のちっぽけさを知った。
世界に何かできることはないかもしれない。でも、秘密結社―――彼女の助けができれば、僕は自分にできることが見つかるかもしれない。
これもまた醜く目の前にある何かにすがっているだけかもしれない。それでも今は醜く生きてみたい。
「歓迎はしないよ。でもね、君のその心意気はくみ取ってあげたいな」
「透さん!」
「それに、君はもう組織から逃げられないしね……」
迂闊だった。ここまで深入りしてしまえばもう引き返せない。決意を決めるより前に僕はもう秘密結社にかかわることになっていたのだ。
「それに役に立たないって言ってたけど、安倉君、私の事助けてくれたでしょ?」
僕が助けた?あの日僕はないもできずに立ち尽くしただけで結局は透さんが命がけで大男を倒して……。
「透さんが助けてくれたんじゃないんですか?」
「え?」
僕と透さんがいくら首をひねっても答えが出ることはなかった。
今回の一件には不可解な点が多すぎる。
私、栗林はその足を社長室へと進めていた。
社長の命令とは言え、素性も分からない少年を巻き込み、そして臼井透―――『パニッシュ』を危険にさらした。
彼女はわが社のたった三人しかいない貴重な怪人だ。それを相性の悪い怪人である今回の標的『ビースト』とぶつけたのはいくらなんでもおかしい。
透明化―――彼女自身は世界から消えると表現していたが、ビーストは獣の性質を持つ。彼女の透明化も嗅覚で探知されたに違いない。
だが結果は違った。確かにパニッシュはビーストによって瀕死の重傷を負っていたが、ビーストは無傷で命を落としていたのだ。パニッシュは怪人化すると、目と耳と尻尾のない犬のような姿になる。その攻撃方法から無傷で敵を無力化することなど不可能に等しい。
ならば、誰がビーストを殺ったのか。
消去法であの少年、安倉幸に違いない。彼にもしもの時に離脱できるよう閃光銃を渡したがその残弾が減っていた。回収したビーストの死体の眼球にもそれをくらった形跡が残っていた。
しかし、彼に話を聞いても『透さんが助けてくれたんですよね?』の一点張りだった。閃光銃を撃ったことすら覚えてないと言う。
「社長!」
私は社長室の戸を勢いよく開け放った。その部屋には部屋を囲うように壁一面にモニターが映されており、部屋の明かりは其のモニターの光だけで薄暗い。
そして、その奥の机に私に背を向けて社長は椅子に座っていた。
「何の用ですか?」
社長は私にも正体を明かしていない。一度も私に姿を見せたことすらないのだ。その声も恐らく何かで変換されており電子音のように聞こえる。
「今回の件、社長はどうお考えですか?」
「栗林さん、あなたが疑問に思っているのはパニッシュを危険にさらした件ですか?それとも安倉幸の件ですか?」
社長は私の考えを見透かしているかのように即答した。私は時折、社長には未来予知ができるのではないかと感じる。
「そうです。今回の件、明らかにおかしいですよね?」
「確かにあなたが疑問に思っていることは納得できます。本来は話すべきではないのですが……」
「答えてください」
ここは強気に出る。言いよどむということは少しでも譲歩してくれる余地があるということ。それに私も社長を完全に信用してるわけではない。利害の一致している契約関係だから協力しているだけであって、そこには信頼関係は成り立っていない。
「では、パニッシュの件から。彼女の敗北は想定内です。ですが、彼女が助かることも想定内です」
「その理由は?」
「答えられません」
そう来たか。情報を全部は開示してくれないらしいが、社長の想定に事が運んでいるということは社長を見限らずに済みそうだ。
「次に安倉幸の件です。彼を招いたのはほかでもない私です。彼は怪人ではありませんが、私たちにとって鍵となる存在です」
「彼が?」
どうみても安倉幸は普通の少年だ。平和な世界で今までぬくぬくと育ってきたようなそんな人物だ。それが私たちの鍵となるとは到底考えにくい。
「疑ってますね?」
社長は何でもお見通しのようだ。この部屋に私の顔だけを映した監視カメラでもあって、それを常に覗かれているような気分になる。
「正直、彼は私達の組織の足枷にしかならないかと」
社長には隠しごとをしても意味がない。私はその疑念の気持ちを率直に伝えた。
「そういわれると思って机の上に資料を用意しています。目を通していただければ信じていただけるかと思います」
全くこの人はどこまで見通しているのか……。半ば呆れながら私はその資料のある机に歩み寄り、資料を手にする。十数枚ほどの紙がホッチキスでまとめられており、なかなか読みごたえがありそうだ。
「これは……!」
私は最初の一ページ目で安倉幸への評価を百八十度変える事になった。
二章へと続きます