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悪のセイギ  作者: なす
4/8

一章 彼らのセイギ その3

久々更新です

「乗って」

 先ほどオフィスで会った栗林さんの短い一言で、会社の前に止まっていた車の後部座席に、透は助手席に乗り込んだ。

「栗林さん! どういうことですか!? 安倉君は一般人ですよ?」

 透さんは車が発信すると同時に栗林さんに食って掛かった。

「社長の意向です。今日は『ハワード』は非番ですし、『ワーム』は別件で活動中です。あなただけでは難しいでしょう」

 栗林さんの厳しい言葉に唇をかみしめる透さん。彼女の悔しいという感情が表情で伝わってくる。

「……わかりました。でも、約束してください。安倉君は危険な目には合わせないって」

 また透さんは覚悟を決めたような真剣なまなざしで栗林さんを見る。その目は何度見ても容姿と相まって慣れることはなかった。

「それはあなた次第です……が、可能な限り彼の出番は少なくします」

 それは少なくとも僕は何かやらされるということを意味する。今まで何もやってこなかった僕が今、まさに何かに巻き込まれようとしている。嫌な胸騒ぎを感じ、手も汗ばんできた。足も震えている。

「巻き込んでごめん、安倉君。でも、私は絶対に君を守るから」

「…………!」

 何を怖気づいているんだ、僕は。こんな僕よりいくつかだけ年上の少女に優しい顔を向けられて、気を使われて、守ると言われて、それで安堵して恥ずかしくないのか。

 死ぬのは怖い。でも、何もできずにいるのはもっと怖い。

「透さん、面接のとき言ったでしょう?僕は『生きてみたい』って」

 この世界に何か僕が残せるなら、僕にできることがあるのなら。

 今までの人生でその瞬間は今しかない。

 空虚だった僕の世界が動き始めている、この時に動き出さなきゃ何も始まらない。

「あの、キメてるとこ悪いけど、安倉君、私たちの会社のこと何も知らないよね?」

 透さんが僕の言葉に赤面している。その理由は考えるまでもなく僕の痛い発言だった。バカか、僕は。

 組織と聞いただけで何を勘違いしていたんだ。何をかっこつけてたんだ。

 次第に自分の顔の火照りを感じ、唐突に叫びだしたい衝動に駆られる。

「栗林さん、ここで降ろしてください」

「安倉君、早まらないで!」

 いくら何でも恥ずかしすぎる。さっさと帰って寝て忘れたい。

「知らないとはいえど、あなたの想像通りですよ? 安倉さん」

「え?」

 栗林さんからの思わぬフォローに驚きの声が漏れる。

「到着までわが社の概要をざっと説明します。まず、わが社は悪の秘密結社です」

 そのまんまだった。僕にできる事ならと言ったが悪の組織なんて聞いてない。

「それって、どういう……」

「勘違いしないでください。私たちは正義のために悪の秘密結社にいるのです」

 正義のために悪の秘密結社だって?まったくもって意味が分からない。

「最近、夜を騒がせている『怪人』騒ぎはご存じですか?」

 栗林さんは僕にかまわず話を続ける。

「ええ、まあ」

 怪人騒ぎとは、最近、人型のおかしな生き物が暴れまわってるとのうわさだ。ニュースでもたびたび報道されているが、警察などに鎮圧されている。

「普段は警察などの国家組織が抑圧しているのですが、彼らは一般人です。怪人にかなうはずがありません」

「でも、怪人はさほど危険じゃないって」

「それはあくまでも表向きです。怪人は人の手には負えません。実際、ここ何年か怪人に殺された人が行方不明扱いになっています」

 今までの自分の常識を超えた状況に頭がついていかない。非日常は知らないうちに日常に溶け込んでいた。怪人騒ぎは数年前から報道され、最初こそ戸惑ったもののだんだんその状況に慣れてきていた。大きな被害も一度たりとも起きていないし、一部の人は着ぐるみを着た変人であると怪人の存在を信じなかった。

「私たちは怪人を捕らえ、この世界に平和を保つ悪の組織です」

 栗林さんは僕の動揺を気にせずに淡々とその事実を告げる。怪人騒ぎは都市伝説で自分とは無縁だと思っていた。それが自分の世界に急に舞い込んできたみたいで、どうにも頭が整理できない。

「いや、ちょっと待ってください! 怪人をやっつけるなら何で悪の組織なんて名乗ってるんですか?」

 怪人をやっつけるならそれは正義の組織だ。なぜ自分から悪を名乗るのか見当もつかない。だが、栗林さんは冷たく、いや事務的にその事実を突きつけた。

「私たちの組織が怪人の組織だからですよ。例えば、そこにいる臼井透のようにね」

「は?」

 僕は今日、何度驚かされればいいのだろう。それでも、この事実は間違いなく今日一番の衝撃だった。

 僕は透さんの方を見ると、透さんは気まずそうな顔をして目をそらした。

 もう、僕は引けないところまで来ている。

 この時、自分の感情とは裏腹に、なぜか心臓の鼓動が高鳴り始めているのを感じていた。





 目には目を、歯には歯を。ハンムラビ法典だったか。人を罰するときに目を潰されたなら潰したものの目を潰すことで制裁とするみたいな意味だったか。

 つまり、怪人には怪人をというところだろう。

 毒を以て毒を制すとも似ている気がする。

「幻滅した?」

 透さんが不安そうな顔で僕を横目で見る。

 今は現地に到着し、廃工場のようなところを歩いている。栗林さんは僕たちを送り届けるとどこかへ行ってしまった。

「いや、幻滅はしてないですけど、驚きました。僕にとって怪人は別世界の出来事だと思ってて……」

 透さんはその言葉を聞くと、僕に背を向けながら歩いていく。その顔は見えなくて、僕は透さんが何を考えているのかもわからなかった。

「その銃、引かなくていいからね」

 透さんはそれだけ言うと、ついてきてと言わんばかりにすたすたと歩いていく。

 僕の手にはずっしりと重い銃が握られている。

 これは実弾は入っておらず、一瞬目が眩むほどの閃光が出るというだけの代物だ。

 それでも、これを何に使うかは容易に想像でき、栗林さんにもしものことがあったら引き金を引いてほしいと頼まれたのだ。

「こっちに来て」

 透さんは曲がり角の前でしゃがみながらこっちに手招きをした。指示に従い、そこから道を覗くと、そこに奴はいた。

 体格は大柄な男ほどある、体中毛むくじゃらな大男。手には鋭い爪が伸びており、赤い液体がしたたり落ちてるのが見える。

「うっ!」

 理解してしまった。その大男は今、人を八つ裂きにした後なのだ。足元に無残に散らばっているのは恐らく人間だった残骸。もはや血だらけで原形をとどめていない。

 胃の奥から何かがこみあげてくるのがわかる。とてつもない不快感がのどから出かかっている。僕はあわてて口元を押さえた。

「安倉君、君が言ってた『生きてみたい』とは全く違うの。むしろ真逆だから。だから、上からの指示でも次からは絶対に現場に来ちゃだめだから」

 急に透さんとの距離が遠くなってしまったような気がした。僕はこの状況に心を乱されているのに対して透さんは全く動じていなかった。

「もしかしたら。って思ってたんだけどね」

 次の瞬間、透さんが僕の前から姿を消した。

 これには見覚えがある。確か僕が車に轢かれそうにになった時、瞬間移動して見せたのは確かに透さんだった。

 なんで今までこんな重要なことを忘れていたのだろうか。

「グォッ!」

 なにやら獣の唸り声のようなものが大男のいる方から聞こえた。

 そちらの方を建物の陰から覗くと、大男が暴れまわっていた。

 いや、暴れまわっているというよりは苦しみ悶えているような……。

「そうだったのか……」

 透さんは今、戦っている。彼女が怪人であの日のように透明になれるとしたら、今大男に攻撃しているのは間違いなく透さんだ。僕が面接のときに感じたことは間違いではなかった。

 今、透さんはこの怪人と命の奪い合いをしている。

「ははっ……」

 僕の口から乾いた笑いが漏れる。

 なんだ、何もかも違うじゃないか。住んでる世界も、体の構造も、持っている力も。

 こんな世界、足を踏み入れるべきじゃなかったんだ。

「ヴヴ!」

 唐突にうめき声と共に何かが落ちる音がした。

 そちらを見ると、大男とは違う生物が横たわっている。白い犬のような形で、しっぽや目がなく、表面がつるっとしているが、その体は傷だらけだ。そして時折その姿が点滅しているようにも見えた。

「透さん……?」

 悪寒が一気に押し寄せる。その生物が点滅した瞬間にそれに気づいてしまった。この生物は、怪人は透さんなんだと。

「何……で?」

 何で透明になったはずの透さんがこんなに傷だらけなんだ?あの大男の攻撃を食らってしまったのか?様々な疑問が押し寄せるけど、僕はその雑念を振り払い、透さんの元に駆け寄った。

「透さん!」

 その僕の言葉に反応したかのように、風船がしぼむような感じで人間の姿に戻った。

 その小さな体は傷だらけで、まるで砂利の上で車に轢きづられたかのようだった。

「あ、くら、くん」

 彼女の口が小さく動き、僕の名を呼んだ。

「何でこんなことに!」

「にげ、て……にげ、」

 僕の言葉が届いてないのか、彼女は何度も逃げてと呟いた。

「でも!」

「にげて、たすけを……」

 助け?そうか、栗林さんを呼べば状況を打開できるかもしれない。何が起きてるかわからないが、非力な僕にはそれくらいしかできないのだ。

「すぐ戻って……っ!」

 心臓の音が嫌に大きくなった。

 何かがおかしい。いや、違う。何かを間違えそうになった、と言った方が正しい。

 ここでこの場を去ってはいけない気がする。そしたら、死ぬほど後悔する気がするのだ。

「グォォ」

 大男がゆっくり近づいてくる。当然、この状況に気づかないはずがない。

 このままここにいては、僕は透さんと一緒に八つ裂きにされてしまうだろう。

 だからと言って今逃げれば透さんは確実に殺される。

「くそっ!」

 僕は地面を殴りつけた。ジンジンと手に痛みが広がるが、僕の無力さへのいら立ちは少しも収まらなかった。

 見捨てなきゃいけないのか?それとも一緒に死ぬ?僕は透さんに助けられたのに、僕は彼女を助けられない?

 

 

 ここで終わり?


もうすぐ一章完結です

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