一章 彼らのセイギ その1
一章の導入部分ですm(_ _)m
「おい、何してんだよ」
突如、声をかけられたので僕はそちらの方へ眼をやる。
すると、そこにいたのはこの学校の唯一の僕の友人、石持鷹だった。
今は惰性で通っている高校の放課後、僕に話しかけてくるものなどそう多くはないのだが、僕が話しかけられる要因の九割は石持だろう。
「ごめん、これからバイトの面接なんだ」
僕が申し訳なさそうに言うと、彼はそっぽを向いて舌打ちをした。
「あんだよ、メンツ足りねぇから麻雀、誘おうと思ってたのによ」
彼はいわゆる硬派というやつで、ガラの悪そうな目つき、口調で話すが実はものすごくまじめである。そして、彼の言う麻雀とは部活なのだ。
周りからも勘違いされやすいのだが、一人でいることが多い僕にこうしてよく絡んでくれる。
彼がいなければ、僕は高校に居続けることすらままならなかったかもしれない。
「悪い。また今度誘ってくれよ」
「ああ、わかった」
彼はぶっきらぼうに言うと、そのまま教室を去っていこうとした。
「ちょっと待って」
僕が呼び止めると彼は不機嫌そうな顔で、
「あ?」
と言いながら、こちらを振り返っている。
「瞬間移動ってあると思う?」
我ながらばかばかしい質問だが、彼は、
「は?」
短い返事で答えた。
石持からの返答は、馬鹿らしいとの一言だった。だが、『この世界』では万に一つぐらいなら起こりうるのだ。
友人である石持ぐらいしか僕は質問相手がいないので、ダメもとで聞いてみたわけだが、求めるような答えではなかった。
それでも、朝の少女が気になる。
僕が見間違えと割り切ってしまえば済む話なのだが、何かが引っかかる。
「はぁ……」
「そんなため息ついてると、幸せが逃げてくよ~」
唐突に横から話しかけられた。
「なんだ、久度か」
学校の玄関からでようとしたその瞬間、僕のため息を逃さなかったのは、同級生の久度実桜だった。
彼女は僕と別に仲がいい訳ではない。彼女が大体の人と仲がいいのだ。
久度は学校中から『おせっかい焼き』と認識されるほど行動が速く、人助けが呼吸であるかのように行動する。
実際、僕も何度か助けられた。
「何かあった? 相談に乗ってあげようか?」
久度は長い髪の毛を片手で押さえながら僕の顔を覗き込む。
その様子が朝の少女と重なって見えた。
「いや、何でもないんだ」
さすがに石持の時のように、『瞬間移動はありえるか?』との質問をする気にはなれなかった。
「そう?じゃ、困ったらいつでも呼んでね?」
久度はそういってパタパタと走っていった。
彼女は僕とは真反対だ。
だから、僕は久度を見るとなぜか意識せざるを得ないし、久度が人助けをしているとなぜか胸の奥がチクリと痛む。
彼女は僕にないものを全部持っている。
いや、僕が何にも持っていないのだ。
僕は無力感にさいなまれながら、その場を後にした。
「は?」
思わず声に出ていた。面接会場は駅の近くのビルのテナント、その一つだった。
なんと、堂々と案内板の五階から七階までのところに『秘密結社』と書かれていたのだ。
「秘密じゃないじゃないか……」
この表示を見て、僕はバカにされているんじゃないかと思ったが、そこは何とかこらえて、エレベーターの上ボタンを押す。
扉を静かに開けたエレベーターに乗り込むと、僕は五階のボタンを押す。静かに扉が閉まり、ゴウン…と音を立てながら、上へ上昇していく。
エレベーターが上がっている間、僕は思ったより冷静だった。
僕はいくつものバイトを経験している。このような奇特なケースも実をいうと初めてではない。そのようなバイトは何かしらの問題点が必ず存在する。それはこちらに損のあることかもしれないし、逆に得するかもしれないのだ。
要するに物は試しである、お金が減るわけではないのだから。
高い電子音が、エレベーターの停止を告げる。ドアがゆっくり空いた。
僕が歩いてフロアに出ると、そこは広々としたカウンターだけがぽつりと存在しており、一人の眼鏡をかけた女性がお辞儀をした。
僕はその女性に歩いて近づいた。
「あの、面接しに来たんですが……」
カウンターの前で僕は用件だけ告げた。
そういうと、女性は一瞬あっけにとられたような顔をした。
「あの、階をお間違えでないですか?」
女性が笑顔で僕に対応する。
「五階ですよね」
「そうですけど……」
「秘密結社ですよね?」
「そうですけど……って、えええええ!?」
女性がのけぞりながら目を丸くしている。僕にとっては状況が何一つ見えないのだが……。
「いや、だって求人広告だって出てましたよ」
僕がカバンから雑誌を取り出して、女性に差し出す。
「いや、そんな馬鹿な……って、えええええ!?」
またもや驚いていた。いや、驚きたいのは僕の方なんだが……。
「ちょっと、待てくださいね?」
そういうと、女性はかつかつ歩き、電話をかけ始めた。口調は明るかったが目が笑っていなかったので、思わずビクッとしてしまった。
耳を澄ますと電話の内容が少しだけ聞こえてくる。
「あの!あれって冗談ですよね!? ウチみたいな会社が広告出すなんて、警察署の前で爆破予告するようなもんですよ! え? 出してない? じゃあ、なんで? は? わかんない?」
どうやら揉め事を起こしているらしい。
特にすることもないので広告を見直すと、その広告の部分だけ若干盛り上がっていた。
爪を立てて端っこをひっかいてみると、ペロリと広告がはがれ、別の広告が現れた。
「ん?」
なんと、秘密結社の広告はただ求人誌に貼っていただけだったのだ。つまり、公式的なものではない。
よく考えると、この求人誌は他人からもらったものだ。僕が入手したわけではない。
辞めておこう。
広告の誤掲載を理解した瞬間、僕はそう思っていた。
間違いでもこんな広告が出回ってくる会社なんてろくでもないに違いない。そもそも、間違いで掲載するのなら僕を雇ってくれるはずがないのだ。
「始末しますか?」
「え?」
帰り支度を始めていた僕の耳に女性の小さな声が響いた。聞き違えかもしれないが、確かに『始末』と聞こえた。
まだ暖かい季節だというのに、板な汗が頬を伝う。背筋が緊張で張り詰める。
今まで何ともなかったこのフロアに何かが張り詰める。まるで、さっきまで何ともなかったフロアが僕を『敵』としてみなしたみたいだ。
逃げなきゃ―――。
僕は物音を立てず、エレベーターの位置まで戻る。
しかし、時すでに遅し。
エレベーターがランプの表示で上へ上へと昇ってくるのだ。それは二、三、四と順調に上昇していく。
四でも止まらないということは、必ず五階以上に停止する。つまり、僕がエレベーターに乗り込むまでに時間が多少かかる。たとえ、五階に止まったとしてもそれは関係者だ。僕をみすみす逃してくれるはずがない。
六階以上だとしても、乗り込むのに時間がかかり受付の女性に気づかれてしまう。
いや、もしかしたらすでに受付の女性は逃げようとしている僕に視線を向けているかもしれない。
「……!」
声にならない悲鳴が漏れる。
これまで、生きる意味がないと思って僕は過ごしてきた。人生なんてどうでもいいと。
でも、実際はそんなことはなかった。
死ぬのが怖い。
今はその感情で僕の心は支配されていた。
しかし、僕に人生を振り返る時間はないらしい。
無慈悲にもエレベーターの扉は空き、
「え?」
その中に立っていたのは、低身長にサイドテールの黒髪の少女、朝に出合った少女だった。
「や、やあ」
少女は気まずそうに片手でバッグのひもを握りしめ、もう片方の手を小さく挙げて応じた。
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