序章
前日譚です
人は誰でも向上心を持っている。
他人より優位に立ちたい。
誰かに認められたい。
誰かに必要とされたい。
そして、誰よりも強くありたい。
そう願っただけなのに。
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「割のいいバイトは……と」
今日もタウンワークを片手にコップ一杯のコーヒーと、パンの耳の切れ端をトースターで焼いたものを朝食に僕の朝が始まる。
別にバイトしなければ生きていけないというほど切羽詰まっているわけではないのだが、何もしていないよりは生産的であると思う。
生きる意味がない以上、何もしないという選択肢がとてももったいなく思える。いずれこの時貯めていた金が何かしらに役に立つかもしれない。それに、『家の金』にはあまり手は出したくないのだ。
「ん?」
たまたま見ていた広告に怪しげな文字が踊っていた。
秘密結社の活動の補佐、その他雑務。
それはあまりにも稚拙で、まるで子供が遊びで書いた広告が混じってしまったかのようだった。
「馬鹿馬鹿しいな……あれ?」
一応、と思い給料と勤務時間を確認する。
日給・一万円、勤務時間・一時間~四時間。
「ぶっ」
ちょうど飲んでいたコーヒーを吹き出しかけた。こんなに割のいいバイトはキャバクラの広告でもまずお目にかかれないだろう。ただ、それだけ危険なバイトという可能性もある。
「ま、後で考えるか」
僕は何事もなかったように、自分の家に鍵を閉め、学校へと向かった。
いつもと変わらない道。せわしなくうごめく人々。
時々、僕は何も考えたくなくなる。無気力で無関心。それが僕の特徴だ。
自分でもこれがよくないのはわかっている。向上心の無い人間なんて一体なんのために生きているのだろうか。
それでも、何も変わらない。何も見つけられない。自分ではどうすることもできない強制力がかかっているようで……。
僕の視界には色は映らない。
「危ない!」
僕の後ろでそんな声がした。とてもよく透き通る声。だけど、耳障りじゃない心地よい声。
そんなことを考えているうちに僕の体は何かに胴体を掴まれて引き寄せられた。
「え?」
その直後、大きなトラックが僕の前をかなり速いスピードで通り過ぎていった。少し遅れて風が僕の前髪をかき乱し、それと同時に背中に悪寒のようなものを感じた。
あと少しでも引き寄せられるのが遅かったなら、何が起きていたかわからない。
「君、ケガはない?」
その声に応じて振り返ると、背の小さい女の子がいた。小学生か中学生くらいの身長なのに私服を着ており、僕の顔を心配そうに見上げている。髪は艶やかな黒髪で、あまり見ないサイドテールがぴょこんと右側に飛び出している。
「大丈夫だけど……」
それだけ言うと、彼女は優しそうな目で僕を見て、
「気を付けてね」
それだけ言って立ち去ってしまった。
ここで僕はただ背の小さい女の子に助けられただけならよかったのだ。しかし、僕はとんでもないものを目にしていた。
いくらぼうっとしていたからといって、全く何も見えていなかったわけではない。例えば、急に何もない空間から人が出現した場合など、見逃すはずがないのだ。
カーブミラーに急に女の子が出現したらいくら僕でも気がつく。
「なんだよ、あれ」
言葉ではそう漏らしていたが、僕の胸はすでに高鳴っていた。
これから書き始めたいと思います。
どうぞよろしくお願いします!