歓迎会
現在の時刻は夜。腹も減って酒を嗜みたくなる頃合い。
むしろ木製の円卓を囲んで、酒とツマミを嗜んでいるのだが。
「あのな、あり得ないだろうが! ここに着て何度目かのあり得ない事態だぞこれは。もう許さんぞ、神さんと言えど!」
怒りのまま、殻が剥かれ程良く塩を振られた落花生の山を鷲掴み、口に放り込む。
当然いやしい鼠のように頬がぼりぼりと膨らむが構うものかよ。
「いやなー、まさか経験値が溜まってないとは思わないよな。セツギの話を信じるならもう何年も魔物狩りしていたんだろ? それなら普通は連続で上がってもおかしくないくらいなんだが」
「何言ってんの兄貴。そこのダサ男が法螺吹いてるんだよ。絶対そーでしょ?」
揶揄うような素振りのリンカ。ちびちびとしか酒も飲めないような小娘め。
おい、アルカも喉越し良く麦酒を煽るんじゃない。口のまわりに泡髭を作るな。髭を。
「人それぞれに許容値が違うものだ。そう悩むな。アルカの眼鏡に適った男だ。実力は上がって貰わねば困る。精進しろ」
全くアルカと同じ動作で麦酒を煽る団長こと、パウドさん。
素振りや渋い声から何となくさん付けで俺様の中では固定された。うん。
岩を投げてから少しは突き放す様子が解けた気がする。
というよりも酒の力なのかもしれんが。
「いやはや困りましたね、限界値の誤りだとしても……」
襟元がきつく締めあげられるような黒の祭服に身を包んだ老紳士。
酒席の始めに紹介されたが、クリスタさんというそうだ。柔和そうな細目、年を重ねた皺の深さからパウドさんよりも年上っぽい。
「――一理、ある」
静かだけれど通るような言葉を刺すのは、紫紺の髪に黒目の少女。
黒装束の姿は酒場から異様に浮いているが、そもそも俺様も見たことが無い恰好。
智慧と行商人のおっちゃんから聞いたのが確かなら――西の僻地にある国の民族衣装だった気がする。
名前は「……クヌギ」とだけ名乗られた。
「どうでも良いわよ。それより団長? わざわざ追い出す人の歓迎会開くだなんて、御人好しが過ぎるんじゃなくて? この子が居座るようなら私が出てくわよ」
全くもう、と口癖のように続けるデカパイ魔女ことギヌシャ。
酒のせいか薄っすら紅潮して白い肌に朱が差している。
「何でだ? 俺様はあんたのこと気に入ったぞ」
「はあ? 気持ち悪いこと言わないでよね。そもそもあなた何歳なのよ。親後さんからどんな教育受けてきたら、あんなこと平気で口に出せるの?」
「数えでひいふうみい……20だな。うん。親父は猟師で他はいない。教育は村の連中と一緒に長老の家で受けた。ただ大概は魔鉱石と行商人のおっちゃんと時々村に来てた旅の神官だ」
「あ、やっぱり。俺と同い年」
酒が回ったアルカが拳を突き出してきたので、いえーいと突き出してぶつけ合った。
示し合わせたようにジョッキを持ち上げ、腕を互いに交錯させて一気に煽る。
苦い、美味い。豪快に息をついて互いに離れた。
「そうじゃなくてあなた達ねぇ……はぁ」
溜息は似合いませんぜお嬢さん、俺達の円卓回りにやんややんやと酒食に耽る連中からそういう声が飛んだ。
そう、昼に一緒に作業をしていた若衆もパウドさんは集めてくれていたのだ。
流石俺様を迎える会だけはあるな。
「やぁっぱり女の価値はコレよ、コレ」
おほぉと胸の前で弧を描くような仕草をする若衆(齢50間近に見える)
「馬鹿言うな、それならコッチのが良いに決まってるだろう」
そういって腰を突き出してぶりんと振る仕草をする若衆(齢30半ばに見える)
「そだらお前んとこのカカアは――」
胸対尻派の熾烈な争いが始まりそうになっているが、安心しろ。
ギヌシャはどちらも楽に合格していると見えるぞ。良い事だ。ガハハ。
「団長、いつものこととはいえ、どうにかならないのかしら?」
「気にするな。容姿を褒められるのは良いことだ。艶が過ぎるのだろうさ」
酒に口をつけ、じっと目でギヌシャに語りそれ以上言葉を続けないパウドさん。ギヌシャが目を反らすが頬は相変わらず赤い。より赤いかもしれない。
「ところで叔父さん、気になってたんだけど。なーんで仕事の人たち皆連れて飲み会したがるの? お金も半分出してあげてるんだよね?」
卓上の落花生を指で弾き、ぱくりと頬張りながらリンカが聞く。器用なものだなぁ。
「その呼び方は止せ。家に帰るまでが」
「ああもう、良いから良いから」
大将俺達もその話聞きたいっす。と興味津々な若衆(齢10代) それを赤ら顔で「ばかたれ失礼だろうが」と諫めようとしているのは、昼間に気遣ってくれた中年のおっちゃんだ。
「金には回し方がある。そう言って分かるのはアルカ。お前くらいか?」
「えー? おじきのおかねぇ?」
一つ深く咳払いをするパウドさん。
「酔いが完全に回ってしまっているようですね、パウド。少し横にさせてきても?」
「ああ、構わない。酒が好きなのは良いんだが、な。水も飲ませてやってくれ」
老紳士、老司祭風のクリスタがひょいと担いでアルカを待合の長椅子に運んでいく。
見た目以上に筋肉あるな。身のこなしが伊達ではない。
見れば一息ついてからパウドさんが語り出す。
「この酒場とは古い付き合いでな。二階も傭兵団の詰め所として間借している。ここに金を落とすことは回って俺達の利だ。慰労も兼ねられる。利しかない」
「そうですなぁ…パウド団長には御厄介になりっぱなし。それに賃金はもっぱら酒に消えていくもの。若い奴なんて賭け事にまで使っちまう。それなら無駄銭になる前に、縁の深いとこで回したいってな具合で」
「互いに利があってこそだ。此方の方こそ、アトゥル番頭には万事に声を掛けてすまないと思っている。昔からな」
アトゥルと呼ばれた中年親方は気恥ずかしそうに頭を掻いている。
てっぺんには掻く髪が無いけど。
「何を仰いますか、大魔物侵攻の折より助けられてこの方。このアトゥル一門、皆パウド団長のご用命とあらば――」
そこからはパウドさんとアトゥル親方は二人ですっかり盛り上がってしまった。
俺様の入る余地は無いな。若衆もそれぞれ歓談に耽っている様子。
「んー、叔父さんってばやっぱり考えが深いねぇ」
へらへらと赤く染まった頬杖をつきながら、リンカがしみじみと零した。
「……一理、ある」
「クヌギっち、ほんとにそー思ってる? いっつも同じじゃん」
「――うん。まあ……そう」
こくこくと小さく頷きながらクヌギは口元を隠した布を下げ、小動物のように落花生を齧り出した。何故一粒を半分ずつ食べるのか。見た目以上に幼さを感じるぞ。
「まさか口が小さすぎるのか?」
「何の話よ。もう。そういえばセツギ? だったかしら。あなた憑き物の件は大丈夫だったの? アルカがついていたのだから心配はしてないのだけど」
木盃を煽りながらアルカが座っていた席へ、いつの間にかついていたギヌシャ。
「うん? おお、餅の件か」
「そう。餅の件」
「神父? のおっちゃんからは何も憑いてないって。色々神さんのこと言ってたが半分以上分からん」
プラなんとかにメなんとかにやおなんちゃらに――何かレベルアップ前にお伺いを立てる神さんと平時からの神さんと、それこそ無数に居るとか言っていたな。
「あらそ。祟られてたら良かったのにね」
おほほほとこれぞ魔女、といった風情でギヌシャが笑う。うーむ。
「昼の事まだ根に持っているのか。あんたのそれを褒めただけだぞ」
つい、と指をさして胸元に視線を落とせば途端にお怒り顔。
「あの、ね! 本当にデリカシーってものが無いじゃないの。ほぼ初対面の相手にそういうこと言うかしら? 普通。気にしてないわけないでしょ? 私だって望んでこうなったわけじゃないの! 姉様からも――」
「全部があんただろ」
「は?」
「いや、だから親から貰った全部があんたなんだろ。だから胸張って良いだろう。あんたはあんた。俺様は俺様だ。他から何言われても、恥じることなんて何にも無いぞ?」
「馬鹿でしょあなた。誰がいつ恥じたっていうのよ」
「でかぱい」
「――」
びしゃりと思いきり浴びる麦酒はぬるく、髪も上半身もべとべと。
「今のはお前が悪い」
ぴしゃりとパウドさんが言い捨てる傍ら周囲も深く頷き、どんどこ足音を立てながらギヌシャは酒場を後にした。
「「追いかけろ」」
一斉にかけられる号令に、従う以外に手は無いのだ。