教会
そして―――現在。
「待たれい! 悪魔の子、運命の申し子よ――!」
首都の一角。よくよく開けた噴水広場の間際。絶妙に切りそろえられた平石が敷き詰められたその場所。際立って目立つ青色の教会の前で声を掛けられた。
見れば黒いローブを纏った皺くちゃの老婆が、老婆とも思えぬ速度で駆け寄ってくる。
当然アルカは引き、俺様も引き気味。
「なあ、魔術師ってのはああいうもんなのか? それともギヌシャの品が良いってことか?」
「ギヌシャさんな? まあ……、あれはどちらかというと占い師だろうな。経験から言えばそうだ。良くいるんだよ、勧誘の類が。教会に来る信徒を横から浚うのな」
「聞こえておるぞ! このメティスの徒めが」
目前で何処から出ているのか分からない声で怒る老婆。図星でも突かれたか。
しかし気にかかる単語が一つ。
「メティス?」
「何だ、セツギはメティス信徒か?」
アルカがそう言いつつ腕を組む。うーむ、何処かで聞いたような聞かないような……言われてみると旅の神官が、そんなことを言っていたような言わなかったような。
「お主等、特にそっちの毛皮の田舎もん。ちっと顔を良く見せい」
「嫌だ。俺様達は今からレベルアップ&浄化をしに行くのだ。俺様の記念すべきレベルアップ日和なのだ」
そしてモリモリと伸び代を見せてスペシャルグレートな俺様であることを証明するのだ。
「良いから見せぬか! 私でもレベルアップくらい訳は無いわ。普段なら5000ゴルド掛かるところが、今なら何と――」
「あー、どんな加護がつくとか。何の神を崇拝しているのかは知らないが、勧誘なら結構。うちの団は皆プランナー一択何で。何せ平均的に能力が上がると評判だ。行くぞセツギ」
アルカが会話を打ち切り、片手をひらつかせて教会へと入っていく。俺はその後を追ったが「待たぬか、そっちの田舎もんには――」老婆の良からぬ言葉がやけに耳に残った。
そして待ちに待った俺様のレベルアップの時!
目の前には教会の牧師なのか神官なのか。
とにかくブエナ村では見たことがないような恰好をしたおっさんとアルカが話している。
「――つまり、新たに入った団員に経験値が溜まっているか確かめたい……と。なるほどなるほど、新規のプランナー信徒は歓迎しますとも。ええ」
鼻へ掛けるタイプの丸眼鏡がきらりと光る。いや、待て待て。
「さっきの婆さんも言っていたが、何だ? レベルアップってのは神さんを選ばないと出来ないもんなのか? 親父達はそんなこと言ってなかったが」
「勿論、無神論者の方でもレベルアップは可能です。内なる神々、勇者達の説いた八百万信仰なのでは? 我々フォスト国民であり、なおかつ身分証か組合の認識票をお持ちの方であればですが」
「これってそんなに重要なもんだったのか。知らなかったなぁ……」
ごそごそと取り出した薄緑色のそれは、相変わらず広告の文字が過ぎっては消え過ぎっては消え『18時間ぶりの新着案件! 何と本日ペルン酒場で――』
「いや、朝方に組合で説明されたばかりだろうに」
アルカの盛大な溜息とがちゃつく鉄板の音に思考を遮られる。ふっ、俺様としたことが。
つい重要な項目を取捨選択してしまうのだから、緻密さもグレートなものよ。
「期待の新人ですね。では今回のお布施は記念も兼ねてツケにしておきましょう」
「ツケというところに教会ならではのがめつさを感じるんだが……?」
苦笑しつつも取り出しかけた財布を懐に戻すアルカ。随分重そうな袋だ。
「パウド傭兵団様にはいつもご贔屓にして頂いてますから。取りっぱぐれが無いのでツケがきくんですよ。今後とも宜しくお願い致します。ではセツギさん、躰を楽にしてこちらにお座り下さい。頭を垂れて」
教会のおっちゃんが、時折村に来ていた行商人のようににっこり笑いかけてくる。
言われるままに青の布地を纏った椅子へ腰を掛けた。目の前の机には赤いテーブルクロス。そして何かを受ける為の平たい白皿が。
不意に項へとろみのある冷たさが伝う。
「ぬおっ!」
「はい、動かないで下さい。今香油をさして、プランナー神にお伺いを立てているところですので」
「下手に動くと経験値だけ消費することになるから気を付けろよ、セツギ」
「うーむ、分かった。だが気持ち悪いな。神さんの考えることは分からん」
「それが信仰というものです。ありのままに全てを受け入れ、主神の御赦しを得て力を授かる。それがレベルアップというものです……と。ん? あらら……」
何だどうした。もう皿にはぽたぽたと垂れるくらいの香油が注がれているんだが。余計に食欲を誘う良い匂い。思えばもうすぐ日も暮れるか。
「ええと、非常に言い難いのですが……アルカさん。この方――」