撤去作業
ご評価頂きありがとうございます。週1以内での更新を心掛けたいと思います。
―――そして、俺達は崩落の撤去作業をやることになった。
「せーっの、よいせっ――」
威勢の良い若い衆の声。切り立った崖沿いの街道は落石で塞がれてしまっている。
「腰入れろ、腰ー」
そして仕切る親方、もとい団長の声はかなり低めの声。
アルカから紹介された名前は何だったか。パウド傭兵団というくらいだからパウドだったような気もする。パウド=ほにゃららだったか?
赤の布地に金の刺繍入りの外套は何処かの貴族にしか見えない。顔つきからして親父と同じくらいか、それ以上の年齢だろう。金と黒髪の混ざった毛髪はだいぶ前線が後退しているが、若い頃は色男だったのだろうなと思えた。
現場に連れられて、俺を一瞥した際の一言は、
『で、使えそうなスキルはあったか?』
まるで物同然。それへのアルカの返しも、
『はい、こいつ松持ちでした。勇者特性こそ無かったんですけど、拾い物ですよ?』
掘り出し物でも勧めるような口調だった。実に気に食わんぞ。
負けた俺様が悪いのだが!
「しかし何時間掛かってるんだ? ギヌシャ、そろそろ休憩も終わりにして早く退けてくれ。日暮れまで掛かることになるぞ?」
パウド団長はため息交じりに、大岩へ腰かけるローブ姿の者へと声を掛けた。
欠伸をしながら目深にかぶっていた黒帽子。もといギヌシャと呼ばれた女が答える。
ローブ越しにでもはっきりと分かるような体の凹凸。村でもあれほど実った女の人は見たことが無いな。何食ったらあれほど育つのだろうか。
「やだなぁ、団長? これだけ重いものをひょいひょい上げられたら、とっくに楊重業を始めてるわよ」
頭の中に浮かぶ疑問符。
「なあ、楊重業ってなんだ? 明らかにあの姉ちゃんは魔術師だろ?」
隣合ったアルカを肘で小突いてこっそり聞く。またも怪訝な顔になるなよなぁ、こいつ。
その向こうでリンカが掌を口元に当てて、にやにやとこちらを見ている。小娘が。
「いくら田舎者でもそれくらい知っておいて欲しいもんだが……楊重業ってのは、平たくいうと重い物を持ち上げて運ぶ仕事のことだ。大抵魔力の強い魔術士が副業でしているな。ほら、見たこと無いか? 建物の建設現場だとかで」
「? 人力じゃ駄目なのか? あとは家畜でも引っ張れるのじゃないか?」
岩を運んで組み上げるような建物は村で建てることは無かった。というのも必要が無かったからだ。小高い丘の見張り塔は木製だったし、ブエナ村の周囲を囲む塀だけは立派な石造りではあったが。いや、あれって石だったか?
「悪くはないが、足場の悪いところだと家畜でも通ってこれなかったり、言うことを聞かなかったりするだろう? それにあんまりにも大きいものであれば細かく砕く作業も必要になる。その時に破壊力のある魔術士は重宝されるんだ。それに浮かせて運べたり、高い箇所に積み上げたりするのは家畜や人力じゃ手間が掛かりすぎる」
「そういうことよ、新人君? ぼーっと生きてそうな面構えだこと」
ゆったりした濃い紫色のローブをたわませて、ギヌシャと呼ばれた女魔術士がくねくねとやってきた。言い様によっては優雅なっていうところ。
「成程なぁ、それで楊重ってのはひょいひょい出来ないのか? それともあんたがそれだけの力が無いのか?」
ぴくりと皺をよせるように眉がつり上がる。
「言ってくれるじゃない? 早々にアルカに喧嘩を売るだけはあるわね? 余程の自信家なのよねぇ……それとも特別なスキルでも新人君にはあるのかしら、ね?」
ギヌシャという女魔術士が腕組みをすると胸元が強調された。怒っているのに美人だなぁと思ってしまった。薄い茶色の長髪は肩で纏まり、白い肌が濃いローブの色と反して際立って見える。ブエナ村にはいないタイプだな。
嫁にするなら抱き心地が一番と親父も言っていたことを思い出す。
「ギヌシャさん、こいつは一応松持ちですよ」
突っ込みを入れつつ、まあスキルはぱっとしませんけど。と続くアルカの言葉は余計。
「……ふうん。そ。どんなスキルか見せて貰いたいところね? 人を小馬鹿にするくらいだもの。さぞ素晴らしいスキルなんでしょうね?」
「小馬鹿になどしていないぞ。俺様からはあんたがどれくらいなのか見当もつかなかっただけだ。気を悪くしたなら謝る。さて、俺様のスペシャルグレートな様を見たいってことだったなぁ」
鼻息をふんすと気合と共に吐きながら大岩に向き直る。見ればちらちらとこちらを伺っていた若衆は手を止めていた。何故? パウド団長と名乗った男も顎髭を弄りながらこちらを見つめている。視線が集中している中で俺様はずかずかと自身の背丈より二回り大きな岩の前に立つ。
「おい、何のつもりか分からんが止めておけよ。腰をやるだけだ、若いの」
一番近くで丸太を差し込んでいた筋肉質な中年の男が声を掛けてきた。馬鹿にするようでもない声音。きっと心配してくれているのだろう、多分。だが心配ご無用。
「ふん、スペシャルグレートな俺様に掛かれば――」
ぺっぺっと唾を掌に、手の掛かりやすそうな凹みを左右の手で鷲掴むと、そのまま下から上へグッと力を入れる。
両足から踏みしめる大地、腰、背筋から両腕に至るまで力が充実していく。息を深く吐き続け、無呼吸に至る。想像していた以上に岩が重い。
だが、加減さえ無くせば――
「ふんっぬ、ォォオオ!」
気合いの掛け声と共にぐらりと大岩が揺らめいた。
周囲にどよめきが走るのも束の間、崖下目掛けて角度をつけて転がそうと浮かせていく。
「どっっせぇええ!」
巨岩が僅かに持ち上げられるまま体重事勢い任せに転がす様。
岩肌を転がり崖を揺らすような振動と音を残して大岩は奈落へと落ちていく。
どんなもんかと振り返ってみれば、
「まあまあだな。おい、アルカ、やれ」
何処か憮然とした態度のパウド団長。そよぐ後退した前髪。そしてぶーたれているアルカ。それを見守るリンカが――べ、別に凄くもないでしょ? 普通でしょ? ――とギヌシャに同意を求めている。ふっ、小娘が。スペシャルグレートな俺様だから出来るのだ。
「団長。新人に張り合わなくても」
俺様だから出来るのだ、多分。
「団長命令だ、やれ」
おもむろに同程度の大きさの岩に近寄るアルカ。篭手が岩に埋まり、そして。
「――ッ!」
巨岩が持ち上がる風音、投擲に近い横薙ぎと共にに放り投げられた。
――出来ちゃったよ。しかも俺様よりも遠くに、拍手を受けながらそれほどでもないと言わんばかり。
「ほーら、やっぱり大したことないじゃない? 兄貴の方が遠いもん」
してやったりとばかりにリンカが言う。お前何もしてないだろう。こいつぅ。
「まあ、単純なレベル差だな。お前も知っての通り、レベルさえ上がれば力、体力、魔力は勝手についていくもんだ。個人差はかなりあるけどな」
俺は幸い力が付きやすい体質だったようだから、とアルカは笑う。プレートの際から覗く腕の太さは俺よりも余程に見えた。いつか抜いてやる。
「まあ、団長が言うから俺も乗ったけど、力ってのは見せつけるもんじゃないさ。お前はまだまだこれからなんだから」
「煩いわ! 俺様のレベルさえ上がればお前なんぞぱぱーっと抜きさってくれる」
「それもそうだ。よし、経験も蓄積されているだろうから一度教会か、占い師のとこでも行ってみるか? 明日は非番だしな」
全く気にもせず爽やかに笑みを浮かべていたアルカが、ふっと振り向く――