思い上がり
序章
「お前は、勇者特性では無い。結果を見る限りだが」
何ぃ! それが一番始めの印象。次にむかむかと怒りが沸いてくる。
怒りというのは期待の裏返しだと親父が話していた。
「何かの間違いだろ! この、俺様が」
「いや、だからここを見ろ」
なだめすかそうとしてくる蒼髪の男。深く彫の入った顔立ち、年の頃は確か俺様と一緒だと言っていたはずだ。まだ20に届くか否か。両肩に分厚いプレートをつけた厚手の装束。腰には魔術で丈を詰めた剣を佩かせている。
その男、戦士長のアルカは、今しがた職人組合から発行された認識票を指で小突いてみせた。数十年も前に異人が発案して、世界に広まった魔術具の一つ。
薄緑色の半透明な板は魔鉱石から削り出されたものと、職人組合の案内状にも書いてある。カラー印刷に可愛らしい漫画絵のお姉さんがこちらに手を振ってくれている。
他にも装備品の定価やらお求めやすい労働保険、宣伝なんかが隙あらば浮かぶが。
職人組合の受付から少し離れた円卓の上。認識票の文字をもう一度読み直す。
何度読んでも俺様の望む表記は無い。明記されているのは登録名、適正、レベル、スキルの羅列。
登録名 セツギ
適正 戦士
レベル 1 (限界値 99)
スキル 怪力(松)
「勇者特性であれば限界値は明記されない。適正の後に(勇者)の表記も無いだろ? な? 俺のところでも2、3人は勇者特性の奴がいるから。間違いないと思うぞ?」
ほぼ同じ背丈、体格も変わりはしない。傷跡の残る太い腕が肩に乗せられる。
丁度肩を組んで引き込むような形だ。納得しがたい。うーむ。何故だ。
村では生まれてこの方喧嘩で負けたこともなく、ひよっちい魔物なら捻って倒せるくらいの俺様が。村で唯一、魔鉱石から智慧を引き出すことの出来る俺様が。
旅の神官にヘッドハンティングされた俺様が。
「何故勇者ではないのだ! おかしいだろが!」
声を張り上げた途端、周囲の視線が集中する。知るか。だが、アルカは大いに気になったようで職人組合の建物から出ることを促された。二人だって町中を歩いていく。
俺様は着古した麻の服に皮のベルト、毛皮をなめしたブーツという出で立ち。
「よくある話だって、田舎からのお上りさんが浮かれて、職人登録したら大したこと無かった。異人を自称する輩が実はただの現地人だった、なんてのは。そもそもここ百年余りで勇者様の子孫も、異人も珍しくない数になってるからなぁ。さっき話した2、3人てのも親父やお袋さんが異人だって話だぞ?」
異人、というのは聞いたことがある。俺様もそうだそうだと皆に持て囃されたからな。自覚は無かったけど。
要するに特別な才能を持った人間。選ばれた人。みたいな意味合いで使われるのと、こことは違う世界から運ばれてきた人。生まれ変わってきた者みたいな二つの意味合いがある単語だ。他大陸や他国からの人間は異国人と呼ぶぞ。
「知らん。興味ないぞ」
アルカに苦々しく言葉を返すが溌剌に笑われた。
「まあそう言うなって。これから上手くやってかなきゃあならないんだからな。しっかしお前本当にレベル1か? もう少し上がってるもんだと思ったんだがな」
「おう、レベル1だ。村には占い師も、教会も無いから上げる手段が無いぞ」
俺様が育ったブエナ村は、秘境と言って良いレベルの山村だ。
何代か前の異人が切り開いて、その子孫だけで暮らしているような村合。それこそ従兄妹同士で繋がって数を増やしてきたくらいの。
下手したら家畜と同じ数しか人が居ないんじゃないか? あそこ。
「ふうん、そうか。ま、松持ちってだけでも拾いもんだな。これから楽しみだぞう」
アルカが新しい玩具を貰った子供のようにはしゃいでいる。
松持ちの松とは、スキルの段階のことを示し松、竹、梅を指す。上から順に質の良さらしい。さっき説明された。だが何故こんな奴に負けたのか。ううむ、くそう。
あの条件はやはりまずかった。
「何がじゃ! 俺様の望んだスキルはあんなもんじゃないぞ。もっとこう、ズババッとだな」
「何言ってんだ。貴族でも異人でも無いやつに、生まれついてのスキルがあるだけでも珍しいのに。それも最上級の松だぞ? 贅沢を言うなよ。団長と俺と、あー……スキルは教えない奴もいるからな。ま、松持ちってのは相当なもんだ! 良かったな、セツギ」
「勇者じゃないのに良かないわ! 俺様の偉大なる計画の一歩が……」
「いや、計画もクソも無いだろ。拾ってやっただけでも恩に着ろよ。まあ、何にしろ今日からお前は俺のツレだ。早速仕事といくぞ――と思ったが、まずは常識から仕込んでやらないと駄目そうだよなぁ、お前は」
「知らん。常識は俺様が通った後についてくるもんなのだ」
「分かった分かった。お前のそういうところは嫌いじゃあないぞ? 仕事する時にはビシッとして貰うけどな?」
そう言った言葉に、アルカは苦笑いをしてみせた。何がツレだ。体よく言ってはいるが、俺様はこいつに負けたのだ。負けた俺様が全て悪いんだがな。ふん。
そういう契約の元、決闘を行ったのだ。