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観光ギルドへようこそ!  作者: ベニサンゴ
歴史深き王都エァルタ
4/5

第四話 観光ギルドの事実

 翌朝、日の昇る前に目を覚ました僕が酒場へ降りると、サラさんがすでにカウンターに立っていた。

 僕もこの宿のお世話になって長いけど、未だにサラさんが眠ってたりしているところを見たことがない。

 この宿に住み始めた頃、酒場の常連の人にも聞いたことがあるんだけど、誰も見たことはないらしい。


「おはようございます」

「おはよう。早いね」

「サラさんほどじゃないですよ」


 そんな言葉を交わしていると、サラさんがおもむろにカウンターの下から包みを取り出した。


「はいこれ。持って行きなさい」

「えっと、これは……?」

「お弁当だよ」

「え、いいんですか?」

「いいのよ。甘えときなさい」


 おずおずと、薄い青色の布で包まれたお弁当を受け取る。


「中身は開けてからのお楽しみだからね」

「はい。楽しみにしておきます」

「じゃ、行ってらっしゃい」

「はい! 行ってきます」


 サラさんに見送られ、僕は黄金の稲穂を飛び出す。

 早朝の通りは、人通りもまばらだ。

 真ん中を悠々と歩いてギルドを目指す。


 昨日、寝る前に部屋で軽く契約書とマニュアルに目を通した。

 僕の仕事は主に観光ギルドが提供する旅程を計画することだった。

 現在、観光ギルドの提供している旅は三つ。

 大陸全土で広く進行されている六龍聖教の聖地を巡る巡礼の旅。

 リット王国に点在する古代文明の遺跡を巡る旅。

 そして、竜人族の国アルドナへと向かう旅だ。

 どれも多額の費用が掛かり、日程も一番短いリット王国遺跡の旅でも一月かかる。

 暇を持て余す貴族の子息などを主な顧客層として狙っているようだ。

 でも、それならわざわざ平民街にギルドを構えず貴族街に置いた方が集客力は高いと思うんだけど。

 謎だ。


 そんなことを考えていると、観光ギルドが見えてきた。

 相変わらず、壮麗な建物だ。

 ドアの前でさっと服装を正す。

 色あせた布の服に、くたびれた革のベストだ。

 今はこれが精一杯の一張羅。


「おはようございます!」


 ドアを開けて一歩踏み出す。

 天井の高いギルドの入り口で、奥に向かって声を張り上げた。


「はいはーい!」


 リーサさんの声が返ってきて、すぐに奥からごそごそと物音が聞こえる。


「お待たせ。早いわねぇ」

「はは、さすがに初日に遅刻するわけにはいかないので」


 現れたリーサさんは、昨日と同じくきっちりとした臙脂色の制服に身を包み、銀縁の眼鏡を光らせていた。

 組んだ腕の上に乗るたわわな双丘が、少し目のやり場に困る。

 というか制服がかなり胸を強調するようなデザインなんだけど、誰が考えたんだろう。


「よし、それじゃあ軽くギルドの構造について説明するよ」

「あ、はい」


 青い髪をかき上げて、リーサさんが薄く笑う。


「今私たちがいるここがロビーね。基本的にお客さんはここにいらっしゃるわ」


 ギルドのドアを開けて最初に足を踏み入れるのは、ギルドの一階のほとんどを占める広いロビーだ。

 赤いふかふかの絨毯が敷き詰められていて、天井からは煌びやかなシャンデリアがつり下がっている。

 奥にはカウンターがあって、その後ろには大きな棚が備え付けられている。

 収まっているのは分厚い本や紙束だ。


「それで、こっちは応接室。旅程の詳細を詰めたい時とか、重要なお客さんがいらっしゃった時はここを使うわ」


 ロビーのすぐ隣にある小部屋。

 僕が昨日面接をしてもらったのもこの応接室だ。


「こっちは私が主に使うと思うわ。エル君が入ることはほとんどないんじゃないかしら」

「ふむふむ」


 鞄の中から持参したメモ帳を取り出して、書き付ける。

 メモ帳といっても、紙の切れ端を集めて作った自家製の物だけど。


「それじゃ、カウンターの奥に行くわね」


 リーサさんの後に続き、カウンターの後ろにある小さなドアをくぐる。

 そこはロビーとは一転して、質素な様相の細い廊下だった。

 左右に細長く伸びていて、ドアがいくつも並んでいる。


「ここは職員の個室になってるわ」

「すごい……」


 職員一人一人に個室が与えられる職場なんて聞いたこともない。

 リーサさんが手近なドアを開けて、中を見せてくれた。

 仮眠用のベッドと、執務机、棚が備え付けられていて、執務机の奥には小窓もある。


「基本的に全部ここと同じ部屋よ。一応、私の部屋だけはもうちょっと大きいけどね」


 リーサさんの個室はもっと大きくて、簡単な応接セットも置いてあるらしい。

 まあ、ギルドマスターだもんね。


「それじゃあロビーに戻りましょ」

「はい!」


 そうして、僕たちは転進してロビーへと戻った。

 カウンターの側に出るドアを開ける。


「あれ?」


 ロビーに、見知らぬ少女が立っていた。

 亜麻色の髪の短い、メイド服に身を包んだ少女だ。

 こちらに背を向けていて、僕には気づいていないようだ。


「きゃっ!」

「うわっ、ごめんなさい!」


 急に立ち止まったせいでリーサさんがつんのめって、僕の肩をつかんだ。

 細い手の感触に驚いて、思わず飛び上がる。


「ひゃっ!?」


 僕たちの声に気がついて、メイド服の少女が肩を跳ね上げる。

 かわいい悲鳴と共に振り向いて、きっと鳶色の瞳で睨み付ける。


「あなた誰!? って、リーサ様?」


 最初に僕を視界に捉えた後、すぐにその背後で未だに僕の肩を掴むリーサさんに気がついたようだった。

 小さく口を開けて、首をかしげている。


「あら、アルテ。おかえりなさい」


 リーサさんとは知り合いのようだ。


「紹介するわね。この子はエル君って言って、昨日雇った従業員よ」

「えっと、エル・クラントです。よろしくお願いします」


 リーサさんの説明に合わせて、ぺこりと頭を下げる。

 顔を上げると、アルテと呼ばれた少女は不思議そうな顔で僕を見ていた。

 リーサさんが僕の方へと向き直る。


「エル君、この子はアルテ。私付きのメイドで、このギルドの受付もしてくれてるわ」

「アルテです。先ほどは声を荒げてしまい、申し訳ありません。ギルドの雑事はほぼ私が受け持っています。エルさんも気軽にアルテと呼んで、どうぞ使ってくださいませ」


 はっと正気に戻り、アルテさんはうやうやしくお辞儀をする。

 スカートの裾をちょっぴり持ち上げる、可愛らしいお辞儀だ。


「よろしく、アルテさん」

「アルテです」

「え?」

「アルテです」

「あ、えっと。よろしく、アルテ」


 僕が視線を外してたどたどしく名前を呼ぶと、アルテは花が咲いたように微笑んだ。


「あ、これでギルド職員全員そろったわね」


 今気づいたとばかりに、リーサさんが手を打った。

 ここにいる人で、ギルド職員は全員らしい。

 ……全員?


「え!? も、もしかして……、ギルド職員って僕も含めて……」

「はい……三人なんです……」


 はは、と頬をひくつかせて、アルテが言う。

 そういえば、さっき見た部屋もほとんどが手つかずの新品だった。


「我が観光ギルドは、お恥ずかしながらあまり経営が芳しくなく……」

「つい一週間前に、最後の一人が辞めちゃったんだよねぇ」


 気まずい空気が、僕たち三人を取り巻く。

 ああ、そういうことだったのか。

 絨毯がふかふかなのは、お客さんが少ないからか。

 あんなに待遇が良かったのも、最低限の人手が確保できなかったからだ。

 サラさんが、酒場のおじさんが、妙に歯切れの悪かったのも。


 もしかして、僕。

 とんでもない場所に就職してしまったのかもしれない。

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