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観光ギルドへようこそ!  作者: ベニサンゴ
歴史深き王都エァルタ
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第一話 就職

「エル・クラント。14歳。カリン村出身。読み書き計算はできるが、これといった特技はなし、か」


 木枠の窓から差し込む陽光の中で、工房長は訥々と履歴書を読み上げた。

 精巧な細工の施された壺が、壁一面の飾り棚に並ぶ部屋。

 ここは、リット王国の首都エァルタで古くから続く、伝統的な陶器を作る工房の一室だ。


「……はい。でも、兎を狩ったり、捌いたりとかなら得意です! 鹿と猪も足跡で判別できますし。その、魔法はあまり使えませんが」

「はぁ……」


 大きなため息が、僕の言葉を遮る。

 履歴書から顔を上げて、工房長のおじさんは眉をひそめた。

 思わしくない雲行きに、僕は背筋がさっと冷えるように感じた。

 ゆっくりと、彼の口が開く。


「――すまんが、うちでは雇えないな」

「そんなっ」


 ぽつりとテーブルの上に落とされた言葉に、思わず立ち上がる。

 長い鉄の槍で貫かれたような、鋭い衝撃が走る。

 炉の炎で日焼けした工房長の禿頭が目に映った。


「まあ、座れ。……坊主、田舎から出稼ぎにやってきたのか」


 工房長の言葉に従って、僕はおずおずと腰を降ろす。

 もう一度履歴書に目を落として、工房長が尋ねてきた。


「ずいぶん若いようだが、なんか事情があるんだろうな」

「父親が、先日……」


 工房長の瞳が伏せられる。

 僕はいたたまれなくなって肩をすぼめた。


「しかしな、俺らにも新しい奴を雇って一から育てる余裕はないんだ」

「……」

「わざわざエァルタにまで出てきた奴に言うのも酷なんだがな。王国にも遠方の異国から安い陶器が大量に入ってきた。俺たちは歴史あるエァルタ焼きを誇りと自信をもって作り続けてきてるが、それでも注文数は減って、業績は右肩下がりなんだ」


 彼は悔しそうに言うと、懐から取り出したマッチを擦る。

 煙管の灰を落とし、紫煙をくゆらせる。


「先月は、二人がこの工房から出て行ったよ」


 ぽつりとつぶやかれた言葉には、彼の無念が込められていた。


「わざわざ来てもらって、すまなかったな」

「いえ、僕の方こそお時間を取らせてしまって、すいませんでした」

「俺が言うのもなんだが。まあ、がんばれよ」


 別れ際そう言って、工房長は扉を閉めた。

 大通りの石畳の隅っこを歩き、僕は故郷のカリン村に残してきた家族のことを思い出す。

 父さんがいなくなり、一家の大黒柱を失った僕たちにもう後はない。

 病弱な母さんや、まだ幼い妹たちのことを想うと、気は焦るばかりだ。


「早く就職先を見つけて、お金を送らないと……。あれ?」


 ふと、目の端に何かが映った。

 建物の壁に貼られたチラシだった。


「観光ギルド、職員募集中?」


 でかでかと書きなぐられた文字を追う。

 観光ギルドという耳慣れない組織に訝しみながらも読み進めていく。

そこには、驚きの好待遇が書き連ねてあった。


「ほ、ほんとにこんな条件で雇ってくれるのかな?」


 虫の良すぎる話に、思わず目を瞬かせる。

 物価の高いこのエァルタでも十分家族四人で暮らしていけるほどの金額だ。

 チラシに書かれた観光ギルドの場所を確認すると、現在地からほど近く、すぐにでも向かえる距離だ。


「だめもとで行ってみよう」


 エァルタへやってきて一週間、断られた職場は星の数。

 今更星が一つ増えたところでどうってことはない。

 僕はチラシを剥がして、早速その場所へと足を向けた。


 リット王国が誇る首都エァルタの大通りには、僕みたいな人間以外にもたくさんの種族の人たちがせわしなく行き交っている。

 特徴的なつば広の帽子をかぶった魔女族。

見上げるような大きさの巨人族。

長い尻尾と硬い鱗を持つ竜人族。

 リット王国は人間が中心の国だけど、周囲のほぼ全てを異種族の国に囲まれている珍しい立地をしている。

 そのため王国内には多くの種族が暮らし、リット王国が異種族交流の重要な拠点となっているのも有名な話だ。


 ともあれ、芋を洗うような混雑の中を縫い、僕は道のりを進んだ。

 道を進むごとに建物の様子はどんどんと変わっていく。

 いつしか周囲の喧噪は遠ざかり、通りの両脇に詰め込まれていた露店はまばらになる。

 積み上げられたレンガは形の整った物に変わり、ガラスの嵌った窓が多く見える。

 看板も真鍮や銀があしらわれた眩しいものが現れ始める。

 地図によれば、観光ギルドがあるのはエァルタを二分する平民区と貴族街の境あたりにあるらしい。

 平民区といえど、貴族街に近いエリアに立ち並ぶのは高貴な人たちを相手にする高級店ばかりだ。

 そんな中に軒を連ねる観光ギルドに、僕なんかが行っても相手をしてくれるだろうか。


「ここか……」


 胸の奥からふつふつと湧き上がり始めた不安を感じながらも、僕はついに観光ギルドという看板を掲げた建物にたどり着く。

 両隣には宝石店と高級仕立て屋が並んでいる。

 背の高い、三階建ての建物だ。

 大きな一枚ガラスの窓があり、中で煌々と光るランプが見える。

 今まで訪ねてきた建物とは、見るからに違う。

 ここは正真正銘、貴族や上流階級の人たちを相手にする店だ。

 思わず生唾を飲み込む。


「……」


 窓ガラスに映った、自分の服装を見る。

 ひび割れた革の靴。裾のほつれた服。穴の開いたズボン。古びた鞄。

 ガラス窓に映るすすけたチビの僕は、黒髪が飛び跳ねて見るからにやつれていた。


「……やっぱり、やめようかな」


 破格の条件に興奮して、うまく頭が回っていなかったようだ。

 そりゃあ、こんな高級店の並ぶ街にあるお店なら、待遇もいいだろう。

 周囲の上品な雰囲気と比べると、僕はどう考えても不釣り合いだ。

 踵を返そうとしたとき、唐突に観光ギルドのドアが開いた。


「いらっしゃい! お客さんかしら?」


 出てきたのは、長い青髪の艶やかな長身の女性だった。

 制服らしいすっきりとしたシルエットの臙脂色の服を纏って、琥珀色の瞳を僕に向けている。


「あ、え、その……」


 突然現れた綺麗な女の人に驚いて、僕は握っていたチラシを取り落とす。

 ひらひらとそれは宙を舞い、彼女の革靴の側に着地する。


「あら? これってうちのチラシ?」


 それを彼女は目ざとく見つけ、拾って広げる。

 琥珀色の瞳がぱっと輝き僕を射抜いた。

 獲物を見つけた虎が、彼女の背後に浮かんだような錯覚を見た。

 はっと正気に戻り、気が付けば僕は後ずさりしていた。


「す、すみません。僕、場違いですよね。あ、これちゃんと元の場所に戻して……」

「大丈夫よ。うちはどんな人でも大歓迎! ささ、とりあえず中に入って入って」


思わず逃げ出そうとした僕の手をつかんで、彼女は猫のような瞳を細めて笑った。


「え、や、ちょ――!?」


 そうして、僕は抵抗することもできず、あれよあれよという間に観光ギルドの扉の奥へと吸い込まれていった。

ひとまず5話までは連日投稿できると思います。

以降は隔日投稿になるます。

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