かえる
雨が降っていた。疲れた体を雨が余計に重くする。
多分、疲れていたんだろう。とても疲れていたんだ。
目の前にかえるがいたことは分かっていたし、避けることも出来ただろう。
でも、とても疲れていたから避けなかったし、かえるも生きているんだから勝手に避けるだろうという考えもなかったわけじゃない。
嫌な感触が右足にあり。「ゲコ」と、鳴き声も聞こえた気がした。
ゾッとしながら思い右足を持ち上げるとそこには、かえるはいなかった。
ゾッとした分だけホッとして、少し、逃げたはずの、かえるを探したが見つけることは、できなかった。
まあ、どうでもいいか。と再び帰路についた。
絵に描いたようなブラック企業勤めの自分は、説明い入らずの安月給で、家に帰れる時はいつも最寄りのコンビニで、夕食を買って帰る。殆どの場合は弁当とお茶を買って帰る。
家に帰るも誰が待っているわけでもなく、一人、さっき、買った飯を食べる。
テレビは付けたが見てはいない。チカチカ光る箱はただ電気を食うだけのために家にあるんだろう。そのまま寝るための家で寝た。
朝、疲れも取れず起き、歯を磨き、シャワーを浴びて、家を出た。疲れたまま仕事に向かう。
なんだか違和感がある。嫌な予感がする。
かえる……。
思い出したくない。が、確かに違和感は、右足にある。いるのか。昨日より重い右足をソーと上げ、ぐいっと足の裏を見た。
いた。想像とは違っていたがそこに、かえるは、いた。
平たく潰れた、かえるを想像していたら、潰れた様子はなく革靴の薄い靴底に張り付いる? いや、めり込んでいるんだ。靴底に。
――硬いかえる? そんなわけ無い。固くてもこうはならない。固くて踏んだら靴底にめり込んで生きている。かえるなんかいるわけがない。
――生きてる? 死んでる? いや、死んでいるだろ。生きているわけ。
「ゲコ」
――生きてる。鳴いた。これが鳴いたよな。鳴いた。今。
長らく見つめた靴底から目を離すとすぐさま靴を脱いで上げ続けていた右足を降ろした。
「ゲコ」
ビクッとして靴底を見ると底に、かえるはいない。逃げた。どこに。
一歩踏み出すと。
「ゲコ」
また一歩。
「ゲコ」
もう嫌な確信している。だって足の裏にぬめりを感じる。
めり込んでいる?
足の裏に?
確認する?
見たくはない。
逃げたい。
かえるから逃げたい。
歩くたび、「ゲコ」、「ゲコ」と、鳴く。
歩くほど、「ゲコ」、「ゲコ」と、大きく鳴く。
鳴くたびに周りの人がこちらを見る。
恥ずかしい。恥ずかしいと思うほど早足になる。もちろんその度、蛙は、鳴く。
「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」
大きな鳴き声に恥ずかしさが増し、駆け足になる。
「ゲ、ゲ、ゲコ、ゲ、ゲ、ゲコ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲコ」
こうなったらもはや全力で
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲッゲコ、ゲエゲゲゲエゲッゲゲゲコゲゲゲゲゲゲゲッゲゲッゲゲゲゲゲッゲゲゲコゲコゲゲゲコゲコゲゲゲゲゲゲゲコゲコゲコゲゲゲゲゲゲゲコ」
はぁ、はぁ、はぁ。ふ、ふ、ふぅ。はぁ、ふぅ、ふぅ~。
あー疲れた。吐き捨ててもう動くことをやめた。