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望月さん家の拾い猫(連載小説)  作者: 小森龍太郎
7/10

第二章 #1.ティア王女の発見

 目の前のシグナルが赤から青に変わった。ルイ=アントビー=マルスチドはクラッチペダルを踏み込み、ギアをニュートラルポジションからローギアに入れると滑らかに車を発進させた。高級電磁自動車の静かなモーター音が滑らかに駆動を始める。

「ええ、発見しました。場所はグアラライです」

 彼は手首に付けている小型通話端末で、ティア=ローレット=アンリーヌ王女の発見を、同国のミーファ=チホ=モーラン首相に報告していた。

「但し、猿人間と一緒ですが…。はい…そうですアース星人です」

「それは私にも不可解でして…」

「とにかく今からそちらへ伺いますので詳しくはそれから… はい、失礼致します」

 ルイは通話端末の小さなタッチパネルディスプレイを操作して通話を切り、内ポケットから煙草を取り出し口に咥えると、親指の先から発した小さな炎で火を点けた。シトラス系フレーバーの爽やかな香りが喉と車内を満たす。どこかの星の煙草と違い、無害なシガレットだ。依存性はあるが、健康を害することはない。故に税金徴収の格好の対象となっている。資本主義社会に於ける自然の摂理といったところだろう。

 ルイは車窓に流れる風景を尻目に煙草の煙を燻らせながら一連の出来事を反芻した。


    ※


 当直をしている部下から行方不明になった被験者の電波を受信したと連絡があったのは真夜中の1時過ぎだ。突如ヘッドボード上に置いていた小型通話端末が振動したのだ。その頃ルイは愛人の部屋のベッドの中で、情事後の浅い眠りについていた。聞きなれないバイブレーションの振動音に、隣で眠っていたティルシーが何事かと目を覚ました。

「何の音?」

「あぁ、俺の時計だ」

 彼は腕時計を模した端末から発するバイブレーションを止めると画面を確認した。一件のメッセージを受信している。彼はティルシーの目を盗み、受信したメッセージの内容を確認した。

「あなたが付けている時計って、本当不思議な時計よね」

 ティルシーは裸の体を起こし、ルイの腕時計を手に取った。すかさず彼はティルシーの柔らかく豊満な胸に手をやった。彼女は妖艶な声を発しながらルイへ身体を預ける。彼は力の抜けた彼女の手からさりげなく腕時計を取り戻すと、ベッドから抜け出した。

「電話を貸してくれないか?」

「いいけど、どうしたの急に」

「ちょっと仕事の件で思い出したことがあってね」

 この星ではごくごく一般的なダイアル式の電話で研究所に繋げた。ダイアルが戻るまでの時間がもどかしい程の重要な連絡だ。本来なら小型通話端末を使いたいところだが、ティルシーの居るこの部屋ではそうはいかない。政府とアリアス国際標準化機構の方針で、情報に関する最新技術、アリアスに網の目のように張り巡らされているネットワーク網やデジタルコンピュータの使用は制限されているからだ。よって限られた者や警察などの公共機関、一部の企業しか使用できない上に、機密事項として、民間人にはその存在を教えられていない。無論その存在を密告した者は死刑という恐ろしい抹殺手段が取られている。

「俺だ。あぁ、今出先だ。今すぐそっちへ行く」

 ルイは受話器を置き電話を切ると、ベッドサイドに脱ぎ捨てていた服を着た。

「帰っちゃうの?」

 ティルシーが不服そうにルイに口づけをする。

「あぁ、悪い。また連絡する」


 研究所につくと、部下のジャンピエールがタブレット型のポータブルコンピュータを持ってやってきた。ルイの研究所もまたデジタルコンピュータの使用ならびにネットワークの使用が許可されている機関だ。それもそのはず、デジタルコンピュータの基礎を築いたのは他ならぬルイの先祖だからだ。既に二百年前には電子計算と世界を結ぶネットワークの構築が始まっていたと聞く。「アントビーコンピュータ」と言えば、この国家機密の世界で知らないものはいない。しかも機密事項と言う性格上、デジタルコンピュータの製造はアントビーコンピュータ一社のみとなっている。彼が代表を務める「人工生命工学所」はこのアントビーコンピュータの百パーセント出資子会社であった。

「ここから発信されています」

 タブレット上の位置情報を知らせるマップには、ティア王女に付帯されたコード番号と、発信を示す赤い点滅が表示されている。

「グアラライ…ずいぶんと田舎だな」

「ええ。調べてみると今は廃村地区のようです」

「そんな寂れた場所に何故? しかも今になって」

「分かりません」

「とにかく今から行ってみる。君は政府機関に第一報を入れておいてくれ」

 彼はジャンピエールにそう告げると車に乗り込みグアラライへと向かった。

 グアラライ――データベースによると三年前に唯一、一世帯のみ現存していたが、その居住者も何らかの理由でこの地を去り、今では廃村となってしまっている。三十年程前は一つの集落としてある程度賑わっていたというのだが。

 夜が明けていないせいもあり、到着した現地はひどく不気味に感じた。いつごろ建てられたものだろうか、舗装されていない土道沿いに、ポツポツと小さな木造の古めかしい建物が建っている。この地域だけ時代に取り残された、そんな雰囲気が続いていた。

 カー・コンピュータシステムのマップに従えば、間もなく電波を発信している場所に辿りつく。画面上では一本の道の真ん中だ。

「こんな何もない道のど真ん中でなぜだ」

 ルイのその疑問は、少し先の大きな影を見て解消された。

「こ、これは…」

 まるで一本の道を終わらせるかのように、場違いな程目新しい建物が聳え立っている。ルイは車を建物の前に静かに停車させた。塀で囲まれたその建物を彼はどこかで見たことがあった。助手席に置いてある鞄からタブレット型コンピュータを取り出し、データベースに問い合わせる。

「間違いない、アース星人の居住空間だ…」

 ルイは腕に付けている通話端末でジャンピエールに連絡した。

「俺だ。今現地だ。とんでもない事が分かったぞ。これを見てくれ」

 タブレット型コンピュータのカメラと通話端末を同期させ、映像を研究所にライブ配信する。通話端末からジャンピエールの驚きの声が聞こえてきた。

「――その建物ってまさか」

「あぁ、構造や特徴から見て間違いないだろう」

「――猿人間がどうやってこの星に来れたんだ」

「そこだ。しかも家を宇宙船にしてだ」

「――家を宇宙船に…」

「アース星人の技術の進歩はそこまで進んでいるのか?」

「――いえ、そんな事はないはずです」

「とにかくこの建物の中に被験者はいる」

「――そのようですね」

「調査を開始する。CEシステムを作動させたい。大臣に許可をとってくれるか」

「――あ、はい。今から問い合わせます」

 CEシステム、通称キャット・アイシステム。自身の目と耳から得た情報を、体内に埋め込まれている「アントビーチップ」に二次元データとして保存できるシステムだ。しかし利用は政府の許可を得なければならない。プライバシーと人権を守るためだ。使用中は第三者機関に映像データがリアルタイムに送信されており、不正使用がないかチェックされる仕組みになっている。不正があった場合は直ちに強制終了され、特に悪意あるものであれば、使用免許剥奪、罰則、実刑などの措置が取られている。無論、このシステムもまた限られた者にしか搭載されていない。

「――利用許可が下りました」

「分かった。じゃあまた連絡する」

 ルイは通話を終了すると、通話端末の画面を認証画面に切り替えた。鞄の中からキーの形をしたシンプルなデバイスを取り出し、その液晶画面上に表示されている乱雑な数字を通話端末の認証画面に入力した。

 パスコードを入力し終えたルイは車を降りると、腕時計型の情報端末を外し、猫の姿に変化へんげした。特別にあつらえてあるスーツは伸縮自在で、変化してもしっかりフィットするように作られているのだが、コンピュータ機器はそうもいかない。それがCEシステムを作動させた理由の一つでもある。

 小さく機動性の優れた体で塀と門扉の隙間から中へと入った。申し訳程度に小さな庭がある。建物の周りをぐるりと一周した後、塀の高さを利用して屋根へと伝った。二階の部屋らしき窓が開いている。覗き込むと二人の男女が抱き合いながら眠っていた。恐らくこの家のあるじとその妻であろう。主の顔は見えたが、女の顔は見えなかった。仲睦まじい光景だが、これ以上覗き込むとCEシステムを切断される恐れがある。ルイは視点を元に戻し、もう一つの窓へと向かった。こちらも窓が開け放してある。小さなベッドの上で少年が布団をかぶり横になって寝ているのが見えた。そしてその隣には捜索中の被験者、行方不明になっていたティア王女が裸で眠っていた。彼はCEシステムを一時停止状態にし、部屋の中へと進入した。

「良かった。ご無事でしたか。お迎えに上がりました。ティアお嬢様」

 彼は人間の姿へと戻り、ティア王女の肩を軽く叩きながら言った。

「ルイセンセイ…」

 寝ぼけながら起き上がろうとした彼女に、ルイはしーっと言う風に口の前で人差し指を立てた。

「ささ、早く帰りましょう。もう時間がありません」

「ジカン?」

「はい、間もなく脳チップの期限が切れてしまいます。このままではまた記憶を失うばかりか、倒れてしまいます。交換しないと」

「フーン」

 そういって彼女はまた眠りこんでしまった。

「ふーんって。。お嬢様! お嬢様っ!」

 彼女は一度二度寝してしまうと、生半可な起こし方では覚醒しない事をルイは知っている。恐らく今のやり取りも夢の中の出来事として捉えられ、覚醒後の彼女の記憶には残らないであろう。しかしそれは致し方ないことであった。意識不明だった彼女の脳の電気信号を、チップによって人工的に呼び覚ましているだけの事なのだ。しかも交換期限が近づいているから尚更だ。自然に覚醒するのを待つしか手段はない。

 ルイは車へと戻ると、通話端末で研究所のジャンピエールに連絡を入れた。

「俺だ。無事発見した」

「――見つかりましたか! それはよかったです」

「発見したときは裸の姿だったのだが、これはどういうことだ?」

「――病衣を脱ぎ捨てて、猫の姿になって失踪したという事は分かっています」

「そういう事か。では猿人間の彼らはただ単に猫を飼っていたという認識だったのかもしれないな」

「――その可能性は十分ありえますね。ただどういうルートでその家に行き着くことになったのかが気になります」

「失踪して3ヶ月、そして今になって見つかった… しかも猿人間の家ごとこちらへと出向いた…」

「――ええ。被験者が地球へと移動した可能性は分からなくもないんですが… その逆というのはありえません」

「まだ猿人間の技術では、宇宙船なんか作れるはずもない… 異空間をワープする技術も持っていない…」

「――そういう事です。可能性として被験者だけが帰ってくることはあっても… ただ、そんな力はまだ彼女には不可能なはずです」

「あぁ。分かっている」

「――とりあえず無事だったのですね?」

「あぁ。ただ、早く彼女の脳チップを交換しないと今までの記憶や行動データそのものがリセットになっちまう。急がないとやばいぞ」

「――交換リミットまであと一ヶ月を切っています」

「とりあえず王の耳に伝わるように首相に連絡を入れる手筈をしてくれ。早急にな!」

「――わかりました!」

 

 ルイは車の中で仮眠を取りつつ夜が明けるのを待った。彼女の脳に仕込まれてある「アントビー・チップⅡ型」は親会社の「アントビー・コンピュータ」と共同開発している医療用チップだ。しかしまだβ段階であり完全ではない。定期的に交換作業も必要になる。リミットまであと一ヶ月。一刻も早く彼女を取り戻して、データを解析し、今後のプランを考えなければならない。

 

「お母さんっ! 起きて! お母さん!」

「残念ですが、意識の回復は不可能です」

「そんな…」

「このまま進めば脳細胞も壊死し、最終的には…」

 はっと目を覚ました。夜が完全に明けていた。いつの間にか眠っていたようだった。

「夢か…」

 彼は再び猫の姿に変化するとCEシステムを起動させ、異星人の住居に侵入した。リビングらしき部屋の窓を覗くと、主らしき猿人間と少年が話をしているようだった。ルイは耳に意識を集中させる。聴力を最大限に増幅させると、窓ガラス越しに声が聞こえてきた。


「――魔法で猫にされていたと…つまり異星人ということも考えられるわけだ」

「――い、異星人?」


「――じゃあ聞くが、なぜ人間は猿から進化したんだ?」

「――そんな事分かんないよ」

「――だろ? だったら猫から進化した人間がいる世界というものがあってもおかしくないと思わないか?」


 聞こえてきたのはあるじの恐ろしいほどに的確な推測話だった。どうやら宇宙に非常に興味を持っている人物だ。恐らく突然人間の姿で現れた被験者に対して、自分なりの見解を述べているのであろう。しかしこれなら説得するのは早いなと、ルイは思った。

 暫く窓辺から観察していると、被験者を連れた女性が現れた。

「被験者、発見」

 CEシステムに記録できるように小声でひとりごちた刹那、被験者を連れて来た女性の顔を見てルイは驚愕した。彼が幼き頃、意識を失って死んだ彼の母親と瓜二つだったからだ。まるで母の生き写しのようなその面影にルイは息を呑んだ。

 彼は気持ちを整理する為に一旦車に戻った。

(母が生きている? いや、そんな筈はない。他人の空似だ。しかも異星人だ。母はもうこの世にはいないのだ。落ち着くのだ――)

 動悸が治まるまでかなりの時間を要した。

 気持ちが落ち着いた頃を見計らって、行動を開始した。門扉を潜り抜け、備え付けの呼び鈴を鳴らす。すると先程の女性が顔を出した。彼は咄嗟に物陰に隠れた。彼女を目の前に、うまく会話することなぞ今は出来ないだろう。それに主を説得させなければ意味がない。ルイは再度チャイムを鳴らした――。


    ※


 ウインカーを左に出し、ノイブルンハウスの敷地に入る。厳格な立ちん坊の警備員がルイに会釈を交わした。運転席のパワーウィンドウを開け、守衛室の窓口にあるタッチパネルに自身の手の平を重ねる。認証されるや否や、目の前の重厚な門がゆっくりと開いた。

 ノイブルンハウス、すなわちアンリーヌ王国の首都「ノイブルン」にある首相官邸に彼は到着した。



(つづく)

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