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望月さん家の拾い猫(連載小説)  作者: 小森龍太郎
4/10

第一章 #4.望月翔太のクッキング

 翔太は慣れた手付きで冷蔵庫からベーコンと卵、小松菜を取り出した。火をかけたフライパンへ厚めにスライスしたベーコンを二枚入れ、軽く焦げ色が付くまで両面焼く。油は引く必要は無い。熱したベーコンから多量の脂が出てくるからだ。その脂が出てきた頃を見計らい、用意しておいた小松菜を隣に投入し炒めて行く。全体的に軽く塩とコショーを振りかけた後、ベーコンの上に卵を割り入れた。更に少量の水を入れて蓋をし、卵が半熟になるまで蒸し焼きにする。水が引いた頃火を止め、ライスを敷き詰めた皿の上に盛り付けた。翔太特製ベーコンエッグ丼の完成だ。今回は特別に削り節を振りかけてある。

 リビングには宇宙談義に花を咲かせている両親と、味おかきをポリポリ食べている猫少女レナの姿がある。それは何ともマニアックな光景だった。

 確かに父の言うように宇宙という大きな観点から見ると、生命体の存在する星がこの地球一つしかないと言うのは逆に不自然な事であるのかも知れない。地球上に無数に存在している動物の中で猿だけが進化したこの世界を自分達は当たり前の様に思い、当たり前の様に生活しているが、それを何故なんだと父に問われると答えが見つからなかった。ましてや猫少女の存在を目の当たりにした後だったから尚更の事だ。 翔太は出来上がったベーコンエッグ丼をレナの前に置いた。

「はい、これはレナのご飯」

「レナノゴハンッ!」

 レナは目をまん丸くして目の前のプレートを見ていた。喉がゴロゴロ鳴っているのが分かった。

「熱いから気を付けてたべるんだぞ?」

 やっぱり猫舌なんだろうかと思いながら、翔太は一人苦笑し、スプーンと箸を置いてみた。レナは箸を手に取り、懸命にベーコンを摘もうとしている。

「レナちゃんは普段から私たちの事見ていたのね。一生懸命真似してる」

「んー、そのようだな。あ、首に何か巻いてやらないとまた服を汚すんじゃないか?」

そうね、と言って母はレナの首にタオルを巻いた。


 飼い猫が人間の姿になるという素っ頓狂な出来事を父と母が寛大に受け止められているのも、オカルト好きな両親だからこそなのだろうと思った。興味本位な部分はもちろんあると思う。が、そんなレナに対して今までと変わらずに自然に接しているのは、今まで通りレナを家族として愛しているからに他ならない。

 二人はレナに、お箸やスプーンの使い方を一生懸命に教えていた。その姿を見てやはり二人は親なんだなと実感したと共に、自分にも幼い妹が出来たようで翔太は些か嬉しくもあった。


 翔太は再びキッチンに戻り、冷蔵庫から豆腐とトマトを取り出した。トマトを小さく角切りにした後、豆腐をパックからダイナミックに器に入れ、スプーンで乱雑にカットした。その上に角切りにしたトマトを乗せ、塩、バルサミコ酢、オリーブオイルを適当に掛ける。更にバジルがあれば色合いも風味も格段に上がるのであるが、生憎そんなしゃれたものは無かった。変わりに大葉を刻んだものを乗せた。

「とりあえず、お二人さんにはこれ」

そう言って、父と母の前に差し出した。

「翔太は本当に料理のセンスあるな。将来は料理人に決定だなっ」

 父は上機嫌で言った。翔太は幼い頃から料理というものに興味があった。母の作る料理はもちろん、美味しそうに彩られた料理本や、テレビの料理番組を食い入るように見ていたのを思い出す。同じ素材でも調理方法や扱い方次第で、何通りもの味を表現でき、人を笑顔にさせることが出来る。まさに魔法のようだ。小学生の頃、家庭科の授業で目玉焼きを始めて作ったときの感動と美味しさは、今でも忘れられない。

「レナも何か飲む?」

「ウンッ。レナもシュワシュワ」

 目の前で泡だっている黄色い液体を見てレナは言った。

「えっ? これは駄目だよ。大人しか飲んじゃいけないんだ」

「そういやコーラあったろ。それ持ってきてみ?」

「炭酸飲めるのかな?」

 翔太は冷蔵庫からコーラを取り出し、コップに注いでレナの前に置いた。レナは一口飲むとびっくりしたような顔をして、ケポッっと可愛いゲップをした。

「だ、大丈夫か?」

 翔太は慌ててレナの背中をさすった。

「ウン、ウマイッ!」

「そ、そか、それはよかった」

 父と母は大笑いしていた。

「ショウタァ、レナモ、オリョーリ、スル」

「えっ、レナが?」

 そういえば夏休みの間、暇があれば母とキッチンで料理の手伝いや仕込みをしていたのだが、その時にずっと足下にレナが居たのを思い出した。

「あら、いいお手伝いさんができたわね」

「お、翔太とレナたんの合作のおつまみ、楽しみだなっ」

 酔いも手伝ってか父と母は無邪気にはしゃいでいた。

「マジですか…」

 翔太はレナに母のエプロンを着せた。魚のイラストが描かれたそのエプロンを彼女はにんまりと見ていた。

「んー、じゃあ何作るっけなぁ」

「カラアゲツクル」

「か、唐揚げ?」

「ウン」

 レナがにっこり微笑む。唐揚げは家族全員の大好物だ。もちろんレナもだ。いつもゴロゴロ喉を鳴らして食べていた。

「よし、じゃあちょっと時間かかるけど作るか!」

 翔太は冷蔵庫を開け、鶏胸肉を取り出した。レナがぴったりとくっついて見ている。

「お、危ないから離れて見るんだぞ」

 レナはキラリと光る包丁を見て翔太の背後に逃げた。但しぴったりとくっついたままだ。

「じゃあ切っていくからな」

 鶏胸肉を半分に切り、それを更に五等分にしていく。ちょうど縦長になる形だ。

「レナ、タッパーがそこの引き出しにあるから取ってくれる?」

「ヒキダシ? タッパー?」

 翔太はシステムキッチンの引き出しを指差してレナに言った。

「うん、そこをこうやってごらん」

 そう言って彼は腕を手前に引くジェスチャーをした。レナも同じように翔太の真似をした。

「そうそう。そんな感じでそれをここにひっかけて」

 見よう見まねでレナは引き出しを開けることに成功した。

「ワァ」

 引き出しの開け方を習得して嬉しくなったのか、レナは開けたり閉めたりを繰り返している。当たり前の事をこんなにも楽しそうにしているレナを見て、翔太は忘れかけていたものを思い出したような気がした。彼女にとっては何もかもが新しい発見の連続なのだ。だったら翔太も一緒に楽しんでやろうと思った。鶏肉を全て切り終え、手を洗いながら彼はクイズを出した。

「レナ、その中でタッパーはどれしょう?」

「タッパァー、、ンー、コレ?」

 レナは中に入っているキッチン用品を一通り眺めた後、その中のひとつを手に取った。

「残念でした。それは『おたま』です」

「オタマ?」

 翔太は一瞬おかしな妄想をしかけたがすぐに我に戻り、タッパーを手に取った。

「正解はこれでしたー。あ、レナ、手を洗おうな」

「ハイ。」

 レナは水道の蛇口を捻った。刹那物凄い勢いで水が噴き出した。

「コレイカニッ コレイカニッ!」

 翔太は慌てて水を止めた。エプロンをしていた為にびしょ濡れになることは何とか免れた。

「危うく二の舞になるところだったな…」

 大丈夫だ、と言って彼はレナに水の出し方を教える。すぐにレナは習得し、自分のものにした。何をするにしても彼女は一生懸命だった。しかも、一度覚えた事は、すぐに自分の中に取り入れられる能力を人一倍持っていると感じた。

「それでは、今から魔法の液体を作ります」

「マホウ!」

「あぁ、魔法だ。この下味の調合次第でぜんぜん風味が変わってくるからな」

 翔太はタッパーに醤油を入れた。更におろしにんにく、おろし生姜、中華スープの素を入れスプーンでかき混ぜる。軽く水を加え、電子レンジで三〇秒程加熱した。中華スープの素を溶かすためだ。

「レナ、このお肉を魔法の液体にこうやって漬けながら並べてくれる?」

 翔太はカットした鶏肉をタレの入ったタッパーに並べ始めた。レナも小さな手で同じように並べ始める。その顔は真剣そのものだった。

「よし、じゃあ最後にお酒をかけるぞ? やってみるか?」

「ウン!」

 コップに日本酒を半分ほど入れ、レナに渡した。

「飲んじゃだめだぞ? ゆっくりお肉の上にかけてごらん」

 レナは恐る恐るといった風に、その透明な液体をかけた。

「よーし、これで仕込みは完了っと」

 タッパーの蓋を閉め、冷蔵庫へ入れた。本来なら前日に漬け込むのが理想だが、今回は状況が状況なので三〇分程度になるだろう。その間に衣を作って行く。

「レナ、新しいタッパーを取ってくれる?」

「ハイ。」

 そう言ってレナはおたまを取り出した。

「ア、コレハ、オタマ…ンー、コッチ」

 レナは小さな声でひとりごちながら、タッパーを翔太に渡した。

「そうそう。それだったね。ちゃんと間違えなくて偉いぞ」

 翔太はよしよしとレナの頭を撫でた。すると彼女の猫耳がすっと髪の中に入り、見えなくなった。

「レナ、耳!」

「ン? ミミ?」

「あぁ よかった。ちゃんと聞こえてるな」

 レナの頭をよく観察すると、髪に埋もれてはいるがちゃんと耳はあった。ぱっと見ただけでは、普通の女の子と変わらない風貌になっている。伸縮自在という事か?

 翔太はタッパーに、小麦粉とたこ焼き粉、片栗粉少量を入れ、軽く七味唐辛子、山椒をまぶした。レナにスプーンを渡す。

「じゃあこれをこうやって混ぜ混ぜしてくれる?」

「ハイ。」

 ブレンドした粉の入ったタッパーをレナに渡し、翔太は油を入れた鍋に火をかけた。レナは懸命に混ぜ混ぜしている。

「よし、そんなもんでいいかな?」

 翔太は冷蔵庫から漬けておいた鶏肉と生卵を取り出した。卵を溶き、鶏肉のタッパーの中に入れ、手で揉みこむように混ぜる。

「レナ、このお肉を全部粉のタッパーに入れてくれる? 入れるだけでいいよ」

 レナは言われたとおりタレの付いた鶏肉を粉の入ったタッパーに移し変えた。翔太はそのタッパーにきっちり蓋をした後、回すようにカシャカシャと振った。

「レナモスルゥー」

「はい。じゃあお願いな」

 翔太が渡したタッパーをレナが楽しそうにカシャカシャと振り始めた。すると引っ込んでいた耳がぴょこんと飛び出した。

「レナ、楽しいか?」

「ウン。」

「そか、よかった。振り振りはそんなもんでいいよ。開けてみな?」

 レナがタッパーの蓋を開けると、鶏肉には満遍なく均等に衣が付いていた。

「バッチリだ! じゃあ揚げていくぞー」

 衣の付いた鶏肉を油の中へ投入すると、ジュワァという音と共に衣のついた肉が一気に泡立った。ピチピチと小さく跳ね上がりを見せるそれをレナはわぁと目を輝かせて見ている。

「お、いい匂いがしてきたな。から揚げか?」

 父が嬉しそうにリビングからやってきて、冷蔵庫のビールを取り出しながら言った。

「ウン、カラアゲ。レナ、ツクッタ」

「おぉ、そかそか~。それは楽しみだ」

 父はレナの頭をよしよしと撫でた。その瞬間またも、猫耳が引っ込んだ。

「ありゃ? 耳が引っ込んだぞ?」

「あ、やっぱり? さっきもそうだったんだよ」

「うぬ。これは新たな発見だな」

 父は神妙な顔をしてレナの頭を観察していた。


「はい、どうぞ」

 出来立ての唐揚げをテーブルの上に置いた。

「やったー。翔ちゃんの唐揚げ。母さん大好きなのよね」

 酔っているせいもあるのだろう、母が子供のようにはしゃいでいる。

「いやいや、レナも一緒に作ったから」

「あら、二人の合作ね? ますます楽しみだわぁ。いただきまーす」

 唐揚げを美味しそうに頬張っている母をレナが嬉しそうに見ていた。

「レナも食べな?」

「ウン! ショウタハ タベナイノ?」

翔太は起きてからまだ何も口にしていなかった事を思い出した。

「もちろん食べるぞ。お腹ペコペコだ」


 しかし朝から色々ありすぎて、翔太は何がなんだかよく分からないままである事に変わりはなかった。猫から変化へんげした裸の少女から始まり、朝からビールを飲んで楽しそうな両親。気が付けば自分も少女と一緒に料理をしている。有り得そうで有り得ない展開、有り得そうで有り得ない週末。まるで夢の中のようでもある。翔太はもう一度頬を抓ってみた。

「痛てっ」

 やはり夢なんかではない。だが現実とは何か違う様な気がするのだ。なぜだろう……

 その先を思いかけた時、来客を告げるインターホンの音がピンポンと鳴った。

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