第一章 #3.望月隆一郎の見解
(いや、信じられん。確かに猫耳らしきものはあったようだが。。)
隆一郎は翔太から事の経緯を聞いたあと、深刻な顔をしながらリビングでブラックコーヒーを飲んでいた。ウォシュレットの水を被りびしょ濡れになっていた少女の服を着替えさせる為に、美由紀と翔太は彼女を脱衣所へと連れて行っている。
(しかし…なんだ…可愛かったな…)
刹那、隆一郎の顔が綻んだ。彼は自分の頬をペチッと叩き真顔に戻した。
「うーん。猫人間か…」
翔太の話によると、レナは魔法の力で猫の姿にされていたという。そして少女の姿が本来の姿だとも。年齢的には見た目から判断すると翔太とそんなに変わらないように思えた。翔太より少し年下といったところか。しかし彼女の喋り方は独特で、片言の日本語を話しているふうに見えた。それはまるで幼児期の子供のような喋り方だ。年頃の少女にしてはあまりにも行動や言動が幼すぎる。普通の少女でない事は隆一郎でも容易に理解出来た。
暫くして翔太がリビングに戻ってきた。彼は隆一郎の斜め向かいのソファに腰掛け、ふぅと長い息を吐いた。
「着替えはあったのか?」
「姉貴のコスプレ衣装が腐るほど…」
「まさか結菜のよく分からん趣味が役に立つとはな」
「確かに。でも中々良く出来てるよ」
隆一郎は手に持ったカップの中のコーヒーを見つめながら彼に聞いた。
「なぁ翔太、どう思う?」
「な、何が」
「あの女の子だよ」
「どうって言われても」
「かわいいよなっ」
「ってそっちかよっ!」
息子に突っ込まれて満足した彼は、伸ばした鼻の下をゆっくりと元に戻した。
「いや、今のは半分冗談だ。つまり彼女は猫人間な訳だよな」
「ね、猫人間…でも、そういう事になるのかな」
隆一郎の目が一転し、真剣な眼差しに変化した。
「魔法で猫にされていたと…つまり異星人ということも考えられるわけだ」
「い、異星人?」
「ああ。そう考えると辻褄が合う。魔法の件にしても猫人間にしても」
「また親父のカルト趣味に火がついたな…」
隆一郎は学生時代「オカルト研究会」というサークルに所属していたほど、大のオカルト好きだった。宇宙の謎から始まり、超常現象や未確認飛行物体、ミステリーサークルなど、未だ科学では解明されていない事案は沢山存在する。そして今、まさにそのオカルトな出来事が彼の目の前に現れたのだ。火がつかないわけがない。
「なぁ翔太。人間と言うのは猿から進化したと言われているよな」
「まぁ、そうだね」
「地球と言う星に限っては、と言う言い方も出来る」
「何が言いたいのか分からないんだけど?」
「じゃあ聞くが、なぜ人間は猿から進化したんだ?」
「そんな事分かんないよ」
「だろ? だったら猫から進化した人間がいる世界というものがあってもおかしくないと思わないか?」
「えっ」
「全宇宙にはこの地球と同じような星がいくつも存在していると、昔何かの本で読んだ記憶がある」
隆一郎は意気揚々とした口調で自論を述べ始めた。
「宇宙という空間がどれくらい広いのかなんて誰にも分からない。全宇宙と言う観点から見れば、NASAが観測している宇宙なんてほんの一部分でしか過ぎないのだからな。そしてその計り知れない空間の中で星は無数に存在している。もしかしたらその星の中に地球とそっくりな、もしくは全く同じ星があってもおかしくはない。太陽があって月もある、同じ条件でな」
「そんな事考えたことも無かったよ。相変わらず親父はぶっとんでるな」
「地球と同じ条件の星があったとして、その星がどのような進化を遂げているか、どんな生命体が存在するのか非常に興味深いと思わないか。もしその星が猫が進化した星ならば…」
テンションが上がってきたのか、隆一郎は冷蔵庫からビールを取り出してきた。
「朝っぱらから飲むのかよ…」
「今日は休みだ。問題ない」
「またお母さんにどやされるぞっ。。」
「大丈夫だ。今日はあいつは怒らない。むしろ機嫌が良くなる確証がある」
「どういう事だよ。。」
そう言って彼は缶ビールのプルタブをプシュと開け、コップに注いだ。
暫くしてリビングのドアがガチャリと開き、美由紀が少女を連れて入ってきた。
「本当にこの子、尻尾あったわ」
美由紀は信じられないと言う風に息を切らしながら言ったが、反面嬉しそうでもあった。美由紀の背後から恥ずかしそうに少女が顔を覗かせている。
「はい、お姫様のおなーりー」
そういって美由紀の前に連れて来られた少女は、純白のワンピースに身を包んでいた。
「お、おまえ、センスあるな」
隆一郎は翔太の衣装チョイスを絶賛した。
「ほんとこの子、可愛いのよ。素直だし。喋り方もそうだけど、まるで幼女みたい」
美由紀は目を輝かせながら言った。
「ショウタァーッ!」
少女は一目散に翔太の座っているソファーに向かい、隣にちょこんと座った。
「ふむ、幼女か…」
成長の過程に於いても、外見のみならず我々猿人間とは幾分と違った進化をしている。身体は思春期真っ盛りの少女姿だが、内面はまだ幼い。そして間違いなくこの美少女は翔太の事が好きだ。
(羨ましすぎるぞ、翔太)
隆一郎はコップに注いだビールをグィと飲み干した。
「あら、あなた飲んでるの? 私もちょっと頂こうかしら?」
「お、やるか?」
美由紀は自分の分のコップと、「味おかき」を持ってソファーに腰掛けた。
「ついに私たちの時代が来たのかもしれないわね」
彼女は隆一郎が注いだビールを飲み、目を輝かせながら少女を見ていた。
美由紀とは学生時代に出会った。「オカルト研究会」の後輩として入ってきた彼女はそれはとても美しい少女だった。学校内でも一・二を争う程の美少女が、こんなマニアックなサークルに入部してきた事自体「超常現象」であると部長が言っていたのを思い出す。
いつだったかの日だ。部室に行くと、美由紀が一人で宇宙関連の資料を眺めていた。確かビッグバン関連についてのものであったと記憶している。隆一郎が宇宙に始まりはあるか、と美由紀に問うと彼女は即座に「ある」と答えた。興味深くなった隆一郎はその答えを訊ねてみた。すると彼女は言った。
「何事にも始まりはあるの。宇宙も星も。生命の誕生だってそう。生命の誕生の前にももちろん始まりはあるわ」
そう言って彼女は隆一郎の頬にチュッとキスをした。彼は彼女の唐突なビッグバンに衝撃を受けた。そして行き着く果てに彼女のブラックホールの中へと吸い込まれ、結菜と翔太という新たなるビッグバンを生み出したのは言うまでもない。
「朝からいいご身分で」
翔太が蔑むように言った。
「あら、あなたも可愛い彼女さんとぴったりくっついて、良いご身分だこと」
「まったくだ」
翔太は顔を真っ赤にしてぴたりと寄り添っている少女から離れた。
「ショウタ、アジオカキ…」
「お、レナたんも食べまちゅか〜?」
ほろ酔いになった隆一郎は猫なで声で少女を呼んだ。レナは隆一郎の隣へ移動し、味おかきをポリポリと食べていた。
「てか母さん、朝ご飯作ってたんじゃないの?」
「ああ、支度途中だったわね」
「仕方ねぇなぁ。俺が何か作るよ」
「本当に? 翔ちゃん優しい〜」
同じくほろ酔いになって顔を赤くしている美由紀を見届けた後、翔太は腰を上げ、キッチンへと向かった。