第一章 #2.望月翔太と少女レナ
「ショウタ、アジオカキ…タベル。」
起き上がった少女は目を擦りながら翔太に言った。
「誰っ!ってか、はっ、裸っ!?」
翔太は目を逸らしながらタオルケットを全裸の少女に渡した。少女はキョトンとした顔でタオルケットを受け取った。
「あ、いや、それで、む、胸を隠して…」
「ムネ?…カクス?」
彼女はよく分からないと言った表情で首を傾げていた。翔太は居た堪れず渡したタオルケットを奪い取り彼女の身体に巻いた。
「き、君は一体誰なのっ? 何で俺の布団にっ?」
顔を真っ赤にして翔太は聞いた。
「レナ。ショウタノ、レナ。」
「ふぁっ? レ、レナ?」
「ウン。レナ。ショウタ、スキ。」
そう片言で話す少女は翔太の顔に近づきスリスリしてきた。
「わわわっ! 」
彼女の喉からはゴロゴロと音が聞こえた。
「分かった分かったっ! 夢なんだなこれは! なるほど!」
翔太は自分の頬を思い切り抓った。
「痛っ! 夢じゃねぇっ」
一気に目が覚めた翔太は逃げるように布団から這いずり出ると、目の前の不思議な少女を観察した。金色に輝く艶やかな髪に大きな瞳。まだ少しあどけなさが残った華奢な身体つきの小さな女の子だ。つまるところそれはどこから見ても美少女そのものだった。そう、頭から覗く「猫耳」と臀部から飛び出ている小さな「尻尾」を除けば…。
翔太は心の中で(ちょっと待てぇ、落ち着けぇ、俺っ!)と念仏のように唱えていた。
「と、取り敢えず服着ようかっっ」
言ってはみたものの、女の子に着せる服があるはずも無く…いや、あった。あの場所には必ずあるはずだ。
思い出した翔太は部屋を出ると、すぐ隣にあるもう一つの部屋の中へと入った。翔太の姉、結菜の部屋だ。専門学生の結菜は寮で一人暮らしをしており普段は家にはいない。姉からは絶対入るなと言われている禁断の部屋に翔太は足を踏み入れていた。
「スマン、姉ちゃん。。」
震える手でクローゼットを開けたその先には、メイド服や制服、人気アニメやボーカロイドの衣装と思われるものまでずらりと一式揃っていた。姉は自他共に認めるコスプレイヤーだったのだ。それが功を奏したのかは分からないが、現在服飾デザインの専門学校へ通っているというわけだ。しかし翔太はこの世界の事はさっぱり無知であった。
「ここは無難に制服かっ?、、しかし何でこんな事に」
翔太は数ある制服の中から適当なものを一着選び自分の部屋へと戻った。
「ショウタ、ダッコ。」
タオルケット一枚でベッドの上にちょこんと座っている少女が言う。
「あ、あぁ 抱っこな。ってえええっっ!? そ、その前に、と、取り敢えずこれ着よっか、、」
姉の部屋から拝借してきた制服を少女の足元に置くと、彼女はおもむろにタオルケットをバサリと外した。翔太は慌てて後ろを向いた。着替え始めたのだろう。背後からゴソゴソと衣擦れの音がしている。
(しかしどういう事なんだ一体…この女の子がレナだと?猫が女の子に?うーん…確かに耳と尻尾があるんだけど…尻尾はやけに短くなってるし…んー。)
翔太は後ろを向きながら少女が着替え終わるまで頭の中を整理していた。しかし考えれば考える程訳が分からない。
「ショウタ、ショウタ。」
舌足らずな声で少女が呼んだ。
「き、着替え終わったのか?」
「ウン。」
翔太は少女の方を振り向いた。着替え終わったという少女の姿は、スカートを頭から被っただけのお粗末なものだった。まるでケープのようになっている。無論下半身は丸見えだ。
「そ、そか。猫、、だもんな。服なんて着たことないわな、ってわわわっ!」
意図せず下半身を茫然と眺めながら呟いていた自分に翔太は驚き赤面した。彼は慌てて彼女の背後に回り、被っていただけのスカートを取り払った。全裸の少女の小さな背中が目に入る。背中の少し下にはちょこんと飛び出した虎柄のもふもふがあった。人間の身体でいうところの尾骶骨がある辺りだ。そのもふもふを彼はどこかで見た記憶があった。思い出した…姉のコスプレ衣装だ。
――「翔太!バニーガールこそコスプレの元祖なのよっ!分かった?」
そう力説していた姉の姿を思い出した。無論彼は姉の言っている意味はまるで分からなかったのだが、少女のそれは色は違えどそのコスチュームの臀部に付いていたものとそっくりだったのである。なぜか翔太はそれを見て妙なエロスを感じた。
「ショウタ?」
翔太の視線が気になったのか、少女は不安げに彼の方を振り向いた。
「あ、いやっ、あはは」
純真無垢な少女のあどけない表情に、ほんの僅かでもエロスを感じていた自分を恥じた。
「よ、よし。じゃあ、お、俺が手伝ってやればできるか?」
「ウンッ。」
そういうと少女はニカっと笑って頷いた。それはまるで天使のような笑顔だった。翔太は賢者モードになった。
「よし、じゃあまずは…」
言いかけて翔太ははっとした。下着がない……このまま着替えさせるとまさに「穿いてない」というやつだ。さすがに下着は姉のものは使えない。それにそういった類のものは全て寮に持って行っているだろう。そして自分はなぜ姉の下着の行方など考えなければならないのだと、彼は複雑な心境になった。しかしこうなったら致し方ない。「穿いてない」でいこう。翔太は潔くブラウスを手に取り背後から少女の肩にかけた。
「はい、じゃあここに腕を通して。そそ、じゃあ反対側も。そうそう。で、ボタンを下から順に…」
彼は少女の腰に手を回しボタンをかけようとした。丁度彼女の肩越しから覗き込むような形になる……し、しかしこれは一体何というシチュエーションなのだろう。少女の顔との距離も近く、身体は背中と密着している。そして肩越しの隙間からチラリと覗く二つの丘……ん?猫は八つなのでは? 六つだったっけか?……いや、そんなことはどうでもいい話だ。今自分は賢者なのだ。煩悩からの逸脱。それはすなわち悟りだ。
「ショウタ、ハナイキ、アライ。ツカレタ?」
「あっ、いやっ? 全然っ! はははっ」
背後からブラウスのボタンを一つ一つ震える手でかけていく。
「サムイノ?」
「いや、熱い」
「アツイノニ、フルエテルノ?。ヘンナノ。」
「そ、そうだなっ。うん、変だ」
少女はあははと笑い、喉をゴロゴロ鳴らしていた。
「よ、よし、次はスカートを履くぞ?」
「ハイ。」
翔太はしゃがみ込みスカートを置いた。目の前にはもふもふの生えた小さな桃があった。
「ぶはっ、じゃ、じゃあこの中に足を入れて」
「ハイ。」
賢者を維持する為に、レナをお風呂に入れている感覚を彼は思い出していた。
そう、これは作業。目的が手段を正当化しているという事であり、決して手段を目的にしているわけではない。可憐な少女の桃尻が目の前にあるのも、目的を達するための単なるプロセスの一つでしかない。
翔太は一気にスカートを腰まで上げてしっかりと止めた。しかしそのスカートの裾は完全に校則違反だろといわんばかりに短かった。
「な、何とか着替えれたな」
達成感を感じたと同時にとてつもない疲労感も覚えた。気が付けばすっかり夜が明け、朝の光が窓から差し込んでいる。
「ど、どれどれ?ち、ちょっとこっち向いてみて」
「ハイ。」
振り向いた少女の姿を見た刹那、翔太の胸がドキンと弾けた。
「か、かわゆす…」
朝の光をきらきらと浴びたその少女はまるで等身大のフィギュアのようであった。可憐、いや、もう一つレベルの高い言い方をすれば、「萌え」というべきか。
「萌え」――その崇高なる言葉は、この目の前の少女の為にあると言っても過言ではなかった。
翔太は「味おかき」をポリポリ食べている猫耳少女を眺めながら一連の出来事を反芻していた。
――目覚めたら少女が隣で眠っていた。その少女は頭に耳が付いていてお尻には尾が生えている。片言の言葉を喋り、自分はレナだという。全裸だったので姉のコスプレ衣装を着せた――
一体これをどうやって親に説明しろというのか。
「あ、あの、レ、レナさん?」
「ハイ。」
「え、えっと、レナさんは、うちのか、飼い猫だよ、ね?」
「ウン。」
「い、いやいやっ、あ、あのね、わ、わたくし…いやっ、ぼ、僕ぁ…今何が何だか分からないんだけれども、れ、レナは俺の中でね、猫なのね。だけども今、その、か、可愛いですな、女の子がですな、わたくしの目の前にいるんですけれども。これいかに」
「コレイカニッ。」
少女レナは翔太の顔と言葉を真似て、にんまりしていた。
「な、なんかよく分からないけどさ、元の姿に戻れたりとか、するんでしょ?」
「ウン、モトノスガタニ、モドッタ」
「は?」
「タブン、マホーガトケタ。ダカラキットコノママ。」
「魔、魔法?」
「ウン。」
「全っ然、イミフなんですけどっ!」
「コレイカニッ、コレイカニッ。」
この言葉を気に入ったのかレナは何度も呟いては笑っている。突然翔太のスマートフォンからセットしていた目覚ましのアラームが鳴った。気が付けば朝の六時を回っていた。
「おはよう」
朝食の支度をしている母の背中に翔太は声をかけた。
「あら、珍しいわね。今日学校休みでしょ?」
「う、うん」
「どうしたの? 何か言いたそうな顔して?」
「んー、あのね、母さん…」
言いかけた刹那、二階からドタバタと物音が聞こえたと思うと、父の隆一郎が階段を勢いよく駆け下りてきた。
「ト、トイレに女の子が!」
翔太はあちゃぁという顔をした。
「見たところ女子高生のようだったけど!」
「あなたまた寝ぼけてるんじゃないの?」
爆発した様な寝癖頭の隆一郎を見て母は言った。
「いや、この目ではっきりと見た!」
隆一郎は翔太の顔を覗き込んだ。焦ってはいるが特に驚いている様子もない。
「ん? 翔太、何か知ってるのか?」
「あ、あぁ、、ま、まぁ」
「お、お前まさか不純異性交際でもしてるんじゃなかろうな?」
「わわわっ、してないしてない!」
「じゃあどうして女の子が家の中にいるんだ!」
「いや、それは、あの~。。」
「翔太、どういうこと?」
母の美由紀が問いただそうとしていたその時、リビングのドアが静かに開いた。そこには涙目で佇む制服姿の少女がいた。そしてなぜか制服はびしょ濡れになっていた。
「ショウタァー。。」
少女は今にも泣きそうな顔で翔太を呼んでいる。
「わわっ!ど、どしたレナ!なんで濡れてるのっ、、」
「えっ、レナ?」
少女の事をレナと呼ぶ翔太を見て、父と母は互いに目を見張った。
「ミズ、ブワッッテ。コレイカニッ、コレイカニッ」