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望月さん家の拾い猫(連載小説)  作者: 小森龍太郎
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第二章 #4.首都へ

「随分と懐かしい雰囲気の車だな」

 広くゆったりとした後部座席に乗った隆一郎は車内を見渡し、ハンドルを握るルイに言った。隣には翔太とレナが座っている。美由紀は家に残ると言った。どちらにせよ、五人乗りのこの車では誰かが一人残るほかなかった。

 彼らはアンリーヌ王国の首都、ノイブルンにある「人工生命工学研究所」へと向かっている。助手席に座るミーファ首相からは、真後ろに当たる席の隆一郎にとてもエレガントな香りを漂わせていた。

「懐かしいですか? 昨年出たばかりの新車ですが」

「新車だと?」

 確かに細部を良く見ると、パーツの全てが新しいものに見えた。乗り心地もよく、荒れた土道の上を走っているとは思えない程全く振動がなかった。その上静かだ。まるで動く応接室といっても過言ではない。

 しかしながら、車外内のデザインが隆一郎にとっては、とても古臭く見えた。大きなボディにクロムメッキが施された鉄のバンパー、縦に並んだ丸目二灯のヘッドライト、フロントの三角窓とリアガラスの艶かしい曲面、小径のスチールホイルに履かれた、太いサイドウォールのホワイトリボンタイヤ…。車内に至っては、革のシートに木目調のメーターパネル、恐らくマニュアルトランスミッションであろうシフトレバー、オーディオ機器も昔懐かしいカセットか何かを入れるようなスロットがある大げさなものだった。隆一郎が幼き頃テレビで見て、憧れの存在だったアメリカの大きな車、いわゆる「アメ車」と言われていた車とまるでそっくりであった。カー・ナビゲーションのようなモニター画面が埋め込まれているのだが、それも雰囲気を壊さないように木目のカバーで開閉できるようになっている。

「あぁ、なるほど、貴方達の星はすぐに車のデザインを変えてしまいますものね」

 ルイが思い出したように隆一郎に言った。

「この車は『フィリマーC780』という伝統ある車です。板金から一つ一つの部品まで、すべて職人の手作りです」

「なんと。それは… でも、お高いんでしょう?」

 隆一郎は茶化すように言ってみた。

「ええ、それはもう」

 ルイの頬が緩んでいるのが分かった。徐々にではあるがお互い警戒心を解き、打ち解けあってきたような気がした。

「まさかエンジンも手作りとは言わないだろうな?」

「エンジン…それはまた古い…」

「古い?」

「この星ではエンジンは五十年前に製造禁止となりました」

「なんでまた…」

「排ガスが一番の理由ですが、石油資源の節約、違法改造による騒音などの根本的対策…とまぁ色々あります」

「じゃあこの車は何で動いているんだい?」

「モーターです」

 どうりで静かな筈だった。

「という事はこれは電気自動車…なのか?」

「ええ。厳密に言えば電磁自動車です」

「電磁自動車?」

「この星のエネルギーは全て特殊な電磁波で賄っています。車も電化製品もそのエネルギーで作動します」

「なんと! じゃあ燃料補給は必要ないという事か?」

「はい。電磁波の圏外区域にならなければですがね。万が一圏外になったとしても、常に充電しながら走行していますのでカバーできます」

「それは凄い…」

 気疲れしていたのだろう、気付くと翔太とレナは寄り添いながら眠っていた。

「見たところマニュアルの様だが?」

「ええ。我々の星ではトランスミッションはすべてマニュアルです。クラッチの必要のない2ペダル式の無段階変速機構は既に開発されたのですが、アリアス国際標準化機構の許可を得られず、結局実用化には至りませんでした 」

「なんでまた」

「主な理由はブレーキとアクセルを間違えて大事故に繋がるのを懸念しての事です」

「な、なるほど…」

 隆一郎は毎日のようにニュースを騒がせている高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違い事故を思い出した。

「その他にも部品のメンテナンス性や汎用性、運転者に至っては認知症や居眠り運転の抑制、そして車というものはあくまでも人間が操り、機械に操られてはいけないという倫理性… とまぁまだ色々他にも理由はあるみたいですが」

「どこの星でも男子はメカがお好きなのね」

 星は違えど車談義に華を咲かせている男二人に女首相が苦笑しながら口を挟んだが、次に放った彼女の冷静沈着な言葉はアンリーヌ王国を代表するに相応しいものだった。

「世の中便利になりすぎるのはよくないのです。もちろん最新技術を開発したり投入する事は大いに結構な事だと思います。ただし、それを投入した事によって生ずるリスクやデメリットをもっと考えるべきです。こういっては何ですが望月さんの星は詰めが甘いとしか言いようがありません」

 確かにそうだと思った。あんなに騒いでいた3Dテレビは何処へ行った… 大手インターネット企業が開発したメガネだってそうだ。ハイビジョン録画時代に先駆けてHD-DVDを買ってしまい失敗した隆一郎にとって彼らの言葉が胸に突き刺ささった。続けて彼女は言った。

「何事もバランスです。最新技術をどこに投入し、どう使うか… 目先の事だけ考えても結局は愚かな結末しか待っていません」

 最新技術を投入したはいいものの、すぐに撤退する企業。最近はそれが特に顕著けんちょだ。ただの技術自慢にしか聞こえない。きっと車の自動運転も同じことになるだろう。オリンピックが行われる二〇二〇年を目処に急ピッチで金をかけて整備を整えていると言っているが、どう考えたって無理がある。隆一郎は株主目当ての最近の勇み足すぎる技術発表に危機感を覚えていた。その点、この星は最新技術の実用化に至るまで一切一般人には公表せず、時間をかけ吟味した上で初めて一般公開をしているようだ。インターネットやその端末を未だ民間に公表していないのも頷けた。

「ネット網を民間人に知らしめてしまったのが最大のミスだと私は思いますね。あなたの星の人間はもう半分以上、コンピュータに侵略されつつあります」

 隆一郎は反論することが出来なかった。今では当たり前のように日々コンピュータに触れ、当たり前のようにインターネットに繋いでいるが、ほんの十五年前までは、インターネットに接続するのにも、コンピュータにダイヤルアップ方式で電話線を繋ぎ、電話料金として一分何円という通信料を支払っていた。無論その間は電話できない。携帯電話にしてもそうだった。パケット通信といわれる方式で、一文字あたり何円と言う世界だ。だから無駄な情報も無く、あくまで生活の補助ツールとしての役割を果たしていた。それが今や誰もがいつでも何処でも扱えるようになり、端末も高性能化し便利になった。その反面、必要のない情報やデマ、SNSでの炎上、詐欺被害、盗撮問題、企業へのクレーム… 便利になった分の副作用は、思い返すだけでも枚挙にいとまがない。特にやっかいで身近なのはクレーム問題だ。「苦情の量は魅力の量に比例する」と言われるように、本来の苦情なら企業にとっても顧客にとってもいいサービスを提供する為のヒントを貰えるものであるが、最近のクレームはあきらかに揚げ足取りと言わざるを得ないものや、自分本位のものが殆どだ。そしてそれはスマートフォンの普及によって顕著になった。いつでも誰でも電話やメールができる。これはとても恐ろしい事である。普段言葉では言えない事をメールに書き綴って送りつける、少しでも気に入らなければ電話を入れ謝罪の言葉を待つ。彼らにとってはその瞬間が快感なのだろう。筋の通らない意見を真面目に受け入れる上層部も相当バカだ……。

 いつの間にか隆一郎は会社での愚痴を心の中でぼやいている事に気付き我に返った。車窓の風景が幾分賑やかになっている。車はアンリーヌ王国の首都、ノイブルンへと入ったようだ。

 車道には宇宙船のような車の数が増え、歩道には人々が歩いている。不思議に思ったのは車道よりも歩道が広いことだ。そのくせ、渋滞はせず、移動がスムーズにできている。隆一郎はルイにその理由を尋ねた。

「この星では自家用自動車の単価が高い上に、免許を取得するのにも相当厳しい試験が待っています。結果、車を取得する人は頭が良く、更に富裕層のみと限られているのが現状です。よって自動車の台数も知れていますので、それを元に道路設計や信号のタイミングを最新コンピュータによって制御し、一切渋滞の無い交通網を作り上げているのです」

「これが、最新技術投入と、政治力の有意義な使い方の一例です」

 首相が自慢げに口を挟んだ。確かに自動車の台数を制限しておけば、渋滞発生率はぐんと下がる。免許取得の試験も厳しいとならば、運転技術力も相当なものだろう。事故発生率も低いはずだ。

「それ以外の人々の移動手段はどうなっているんだ? 人口が少ないというわけでもあるまい」

 自家用自動車の制限をしているという事は、必然的に歩く人々の方が多くなるはずだ。十分なキャパシティの歩道のせいもあるのか、街行く人々は皆余裕を持った距離感で歩いている。その人々の数は多くも少なくも無くちょうどいい按排あんばいだ。

「どちらかというとノイブルンのメインストリートは地下ですからね」

「地下!」

「ええ、地上と同じく、地下空間も大規模です。また後でご案内します。さ、もう間もなく着きますよ」

 ルイはそう言うと大きくハンドルを切り、大きなビルの敷地内へと車を入れた。


(つづく)

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