物書きのための物語(エピローグ)
目を覚ますと、見慣れた紙の海が目に入った。どこかで、ポットからお湯を注ぐ音が聞こえる。身体を起こすと、机に伏せて気持ちよさそうに寝息を立てる更科先輩が居た。
「あら、八重ちゃん起きた?」
「ふぁ・・・環先輩!いつの間に・・・あれ、私・・・?」
いつの間に眠っていたのだろう。しかも、更科先輩まで。綺麗になった机を見ながら、と戸惑う私に、音の主である環先輩は何故か安堵の表情を見せた。一瞬の疑問を、環先輩秘蔵の紅茶が立てた湯気がぼんやりと隠す。
「丁度良かったわ、あげる」
「あ・・・ありがとうございます・・・」
「ふふ、織はいつ起きるかしらね」
紅茶冷めるわよ、と環先輩は更科先輩の頭をつついた。
「びっくりしたわよ。入ってきたら2人とも寝てるんだもの。疲れてるんじゃない?頑張りすぎちゃだめよ」
「ハハハ、すみません・・・」
言い方がまるで過保護な母親の様だ。環先輩なら、男性でも違和感がない。
「紅茶、美味しいです」
「そう?よかった。これ、駅前のお店で見つけたのよ。八重ちゃんも気に入りそうな雑貨がいっぱいあってねー」
いつも通り、他愛無い話が弾む。ふと、環先輩が机の隅にまとめられた原稿の山に目をやった。慈しむような、それでいて憎んでいるような視線。
「・・・環先輩。一つ訊いていいですか?」
「?いいわよ、なんでも訊いて。あっ、彼女はいないからねっ!」
これが、先輩の手だ。踏み込ませないために、わざとおどけたことをいう。
「先輩は、どうして脚本を書くんですか?」
生意気なのは百も承知で、私はストレートを投げつけた。おそらく、先輩が避けようとしたところへ。
「どうしたの、急に。びっくりしちゃうじゃない」
「何となくです。でも・・・聞かなきゃいけない気がして」
環先輩はしばらく私をうかがうように見つめ、やがて根負けしたように紅茶を置いた。
「掴んじゃうのよねぇ。どうしても。止められないの」
だめねぇ、と珍しく参った様子で、先輩は頭を垂れた。
「八重ちゃんは、書いてて楽しい?」
「書いている間は、楽しいです」
「でも、読み直すと自身が持てないと」
「いえ・・・今は、何でか少しだけ、自身が持てる気がするんです」
更科先輩の隣に積まれた、自分の作品を見遣る。環先輩にも読んで欲しい。他の部員にも。いや、劇として形にしてもっと多くの人に。今まではコソコソ書いてきたのに、不思議とそんな自己顕示欲が湧いている。
「そう・・・よかったわね。それならきっと、もっといいものが書けるわ」
「はいっ!」
頭の中で、誰かが自信を持てと呟いた気がした。
可憐でいてどこかふてぶてしい、不思議な声だった。
お読みいただきありがとうございます!
この物語はここで一段落ですが、環や更科の過去などを書けたらおいていきたいと思っています
その際は、お付き合いいただけると幸いです