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物書きのための物語(下)

実際はほんの数分でも、こんな異様な状況下で私の体内時計は大きく狂っている。その声を聴くのは、数年ぶりにすら思えた。

「待たせたわね、八重ちゃん。大丈夫?」

「た、まき、せんぱい・・・」

声の主はいつもと変わらぬ足取りで部室に入り、私の隣に歩み寄った。女王の顔が、再び強張る。

「何のつもりだ、タマキ」

「別に。あたしはただ、かわいい後輩にあんた達を近付けたくないだけよ」

「た、環先輩っ、どうしてここにっ・・・」

遅れて動揺する私に、服部環はっとり たまき先輩は茶目っ気たっぷりに笑って見せた。

「あちらさんの存在に気付いてしまうのは、八重ちゃんだけじゃないってことよ」

「とはいえお前くらいだぞ、小学生で私達に気付くのは」

「小・・・!?」

「まだ低学年だったよな、あの時」

「やぁね、偶然よ」

環先輩は、読めない人だ。中世的な顔から男性的な声を発し、更に女言葉という衣装を着せる。この非日常的空間に、それらは妙にしっくりと馴染んで見えた。

「大体、なぜお前がここに居る」

「あら、所属してる部活の部室に顔を出すのは普通でしょう?」

所属も何も、ここはある意味環先輩の(城)だ。環先輩は、我が演劇部において脚本を一手に担っている。それだけなら部員に頼りにされそうなものだけど、一筋縄でいかないのがこの人だ。演技に関しては妥協をいうものを知らず、ついていけない部員が続出。加えてご覧の通りの濃いキャラクターで、部員が部室に寄り付かない原因となっている。私と更科先輩だけが、環先輩の脚本に惹かれて集まっているというわけだ。

「やれやれ、今日はとんでもない日だ。(収録)はダメになるしタマキには会ってしまうし」

「これだけ近くで時間を止めてあたしが気付かないわけがないでしょ。バカねぇ」

「そういえば、どうして環先輩は動けているんですか?」

更科先輩は、銅像の様に呼吸すらしていないというのに。

「女王の力は、一度存在に効きにくくなるんだ。環は特に女王を嫌ってるし、ますます効かなくなるのさ」

「そーゆーこと。だから、八重ちゃんもこれからは女王の影響を受けにくくなるってことね」

「成程・・・」

説明にあった誘導を受けにくかったりするのだろう。

「さて。とっとと解放してもらいましょうか。これ以上、この娘を巻き込まないで頂戴」

環先輩は打って変わって真剣な声音で、女王の前に立ちはだかった。

「まぁそう言うな。少し話をしようじゃないか」

「おい、女王・・・」

「大丈夫だろう、少しくらい。そいつは悩みを抱えているようだし、興味が湧いた」

もう一度制止しようとしたルキの口を、諦めが閉じる。女王は立ちはだかる環先輩を軽々とかわすと、私の前で妖しく笑って見せた。本能からか、背中がゾクリと粟立つ。子供の姿なのに、この威圧感はどこからくるのだろう。

「わ、私・・・?」

「あぁ。お前のその悩み、私が解決してやろう」

女王の眼は、何一つ見逃すまいとでもいうように深く深くに私を映していた。

「八重ちゃんに近づかないでッ!何をする気よ!」

「まぁまぁ。あーなったら女王はきかねぇし、悪いようにはしないって」

これ以上ごねてもどうしようもないと悟ったのだろう。環先輩は不満げに唇を噛んで黙り込んだ。反比例して、女王の顔が輝く。

「お前が自分の書くものに納得できない原因は、ずばり(読みすぎ)だな」

「読み過ぎ?」

「そう、お前は本を読み過ぎた。そのせいで勘が鋭くなって、中に在る(種)まで透けて見えてしまうのさ」

脚本を書くにあたって、本を読めとは言われたけれど、読み過ぎだったとは皮肉な話だ。

「安心しろ、私が暗示をかけてやる」

「わっ、な、何・・・?」

女王は私の頬に両手を添えて、ズイ、と顔を寄せた。柔らかそうな前髪が、私のおでこを優しくなでる。

「効きにくくなるとはいえ、お前が受け入れれば多少なり効果はあるだろう」

力を蓄えるように、女王は静かに息を吸った。

「安心しろ。お前が書いたものは、間違いなくお前の物語だ。中にどんな(種)があろうとも、それは変わらない。掴むのも形にするのもお前の力。自信を持て」

不思議な女王様の放った言葉が、枯渇していた自身に直接水を注ぐ。心地よい陶酔感に、私はしばらくぼんやりと立ち尽くしていた。

「さ、女王、さっさと帰ろうぜ。上に今日のこと報告しねぇと」

「そんなに急かさなくてもいいだろうに。空気の読めん奴め」

ゆっくりと、頬に添えられた指がほどける。

「まぁいい。気は済んだし、そろそろ消えるとしようか」

ドレスの腰についたリボンが魚の尾のように揺れるのを追いながら、私は女王がルキのところまで戻るのを見送った。

「八重ちゃん!大丈夫?」

入れ替わるように、環先輩が私に駆け寄る。何だか無性にほっとして、私はその袖口をそっと握った。非日常にいた反動で、情けないけど涙が出そうだ。

「ふふ、心細かったのね。もう大丈夫よ・・・ねぇ、女王」

「あ?なんだ、人が帰ろうとしているのに」

「この娘の記憶、消してあげて。あんたなら、できるでしょう?」

女王は一瞬眼を大きく見開いて、意外そうに鼻を鳴らした。

「環先輩、何を・・・」

「まさかお前から言われるとわな」

「この娘は私とは違うもの。全部忘れて元通り。それが一番いいわ」

「そうか・・・当の本人は分かっていないようだがな」

呆気にとられたままの私を見て、女王が愉快そうに声を上げる。

「あー・・・一応説明しとくと、おれらのこと知った人は記憶消させてもらってるんだ。でも、環みたいに消えない奴もいてな」

「そいつは、私のことを憎んでいるからな」

「憎んでる・・・?環先輩が?」

隣に立つ環先輩を見上げると、先輩はばつが悪そうに眼を逸らした。いつも余裕があって落ち着いている環先輩が、憎んでいる。2人の間に、何があったのだろう。

「もともと、八重の記憶は消していくつもりだ。さっきの暗示は記憶を消しても残るだろう」

「そう。ならお願い」

「待っ・・・」

私は、覚えていたい。環先輩の見せた新しい一面も、不思議な2人組のことも、物語の(種)に振れたことも、全部。

「それじゃぁ、お別れだ。八重」

小さな女王様が嗤い、私の意識はここで幕を下ろした。


そして、エピローグに続きます

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