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物書きのための物語(中)

「何だ。その、わけが分からんという顔は」

「女王、さすがにその説明じゃ分かんないって」

私の中で、(お姫様)が(女王様)へと変わっていく。不満げな女王様をなだめて、少年はやれやれと肩を落とした。

「悪いね。人と話すのに慣れてねぇんだ」

どうやら、こちらに敵意は無いらしい。少しだけ、警戒を解く。

「おれはルキ。こっちは女王って呼ばれてる。驚かせたのは悪かった、謝るよ」

ルキと名乗った少年は、見た目不相応に大人びた礼を見せた。服装も相まって、ますます浮世離れした印象を受ける。

「今、女王の力でこの周辺の時間を止めさせてもらってる。あんたと話すためにね」

それで、更科先輩は動かないし、外からの音も聞こえてこないというわけか。

「どうして、そんなことを・・・」

「お姉さんが気付いちまったからだよ。そこのセンパイが(演じてる)ってことにな」

「演じてる・・・?」

感覚的には理解できても、そんな馬鹿な、と頭が拒否をする。確か、あの小説のタイトルは——

「○○って小説、知ってるだろ?」

正面から言い当てられて、思わず背筋が伸びた。ルキが、悪戯っぽく口角を上げる。

「その小説は知ってるわ。けど、何の関係が・・・」

「とぼけるのは止めろ。もう、分かっているんだろう?」

女王はルキ少年の影に隠れるのをやめ、よく通る声でそう言った。女王の貫録というのだろうか。眼が合わせられない。

「あんたの考えてる通りだよ。センパイは、あの小説の主人公を(演じていた)」

畳み掛けるように、ルキの声が響いた。

「さっき女王が言った通り、おれらは(物語を創る者)。おれらは、上から指示された人物の人生を記録し、物語にしたてあげるのさ」

人生を物語に例えることは、よくあることだ。けれど、この少年は人生を写しとり、物語を創るという。

「それが、さっき言ってた(収録)?」

「女王は、ご覧のとおり強い力を持ってる。時間を止めたり、必要なら人の行動を誘導したりできる。さっきセンパイの様子がおかしかったのも、そのせいだな」

「!更科先輩を、操ってたってこと?」

「言っちまえばそうなるかな。とはいえ、人の心を自由にいじれるわけじゃない。少し背中を押す程度だよ」

一気に不信感を露わにした私を見て、ルキは慌ててフォローをいれた。再燃した不信感は、そう簡単に解けるものではなかったけれど。

「それで、おれがこの眼で記録するんだ」

ルキが左目を手で覆うと、茶色がかっていた右目がほんのりと光を放った。

・・・厨二病を連想したことは言わないでおこう。

涙が落ちるように、光の粒が落ちる。フワフワと漂う光の珠をすくって、ルキはこちらに放ってみせた。

「!?な、何・・・?」

「まぁ見てなって」

私だって、物書きの端くれだ。物語を掴んだ時の感覚は分かる。

これだ、と思えるものを思いついた瞬間の、あの感覚。

「何、これ・・・」

頭の中に流れたのは、警戒した様子の私の姿だった。向こうには、紙の散らばる長机が見える。これは、今ルキが見ている光景だ。

「それが、(物語)の正体だよ。(種)とでもいえばいいかな」

ルキはそう言って再び眼を覆い、光の珠を産んでみせた。柔らかく儚げな光は、ルキの手を離れて気持ちよさそうに漂っている。

「私とルキの手で創りだされた(物語)達は、こうして誰かの下に飛んでいく。それをお前たちが掴んで、脚色し、形にする。小説であったり、詩や絵だって同じだ」

「その人の(想像力)で脚色されるけど、個人差があるからな。同じ物語をみても、形にしたら全く違うものになるのさ」

私や先輩が積み上げてきたものが、元を辿ればすべてここに行きつくというのか。そんなのあんまりだという怒りと、妙に納得する感情が私の中でグチャグチャニ混ざり合っていた。

「お前は薄々気づいていたんだろう。自分の書いたものの中にある、脚色されていない映像に。だから、何を書いても納得できないんだ」

「でも、ファンタジー小説とかもあるじゃない。あんなこと、実際にあるわけが・・・」

口では正論を言っているつもりなのに、語尾が勝手にしぼんでいく。おそらく、私はこの答えを知っているから。

「人間の想像力とは恐ろしいものでな。人間同士の喧嘩が、ドラゴンとの死闘にまで昇華されることもある」

淡々と語られる女王の言葉は、あどけなさの残る姿とあまりにミスマッチで、それでいて生々しかった。一周回って、現実を突きつけられるようだ。

「・・・貴方達は、どんな場面でも収録するの?」

この世には、一生かかっても読み切ることができない量の物語が溢れている。ふと、嫌な仮説が頭を過った。

「あぁ、脚本通り、どこにでも収録に行くぞ」

誇らしげな女王の横で、ルキ少年は私の言いたいことを察したように眉をひそめた。私には、どうしても苦手なジャンルがある。それは・・・

「それじゃぁ、ミステリーも?さっき、人の行動を誘導するって言ったわよね。まさか、貴方が人を操って・・・」

どんな物語でも(種)があるとするなら、人が死ぬシーンだってあるだろう。

「待てよ、お姉さん。それは違う。女王は人を殺させたりしない」

私が更科先輩にしたように、ルキは女王の前に身を乗り出した。その一挙動に、今は警戒してしまう。反射的に一歩退いた足が、長机に当たって耳障りな音を立てた。

「全く、失礼な奴だな。私の誘導なんて可愛いもんだぞ」

「そう、なの?」

嘘を吐いているようには見えない。

「ルキも言っていただろう。人の感情まで操るわけじゃない。せいぜい潜在意識に語りかける程度だ。そうだな・・・例えば、ババ抜きをしている2人がいたとしよう。片方が負け続けるように誘導し、笑い話を創るのが私だ。いわゆる(フラグ)ってやつだな」

「分かりやすくなった分ちゃっちくなった気がするけど、例えがそれでいいの?」

ファンタジー小説に蚊取り線香が出てきたような脱力感。それで女王は大真面目に頷いた。

「ミステリーは人の不仲が種になることが多いな。負の感情が想像力によって爆発して、殺人にまで至る」

「成程・・・何となく理解できたわ」

つまり、ほんのワンシーンでもいいのだろう。後は、それを受け取った人間がつないでいく。

「あの小説は、(種)に更科先輩が居た。そういうことよね?」

「何を言ってるんだ。お前も居たんだぞ」

「え・・・?」

呆気にとられる私に、女王は小生意気に肩をすくめた。

「あの小説は、ここでお前とそいつが過ごした時間を(種)としてできたものだぞ。今日はその続きを収録しに来たんだ。」

「ま、あんたが気付いちまったから収録どころじゃなくなったんだけどな」

言われてみれば、当たり前の話だ。この部室で、先輩の相手といえば私しかいない。自分と重なりすぎたから気付かなかったのだろうか。

「全く、あのまま大人しく迫られていればいいものを」

「何言ってるのよ・・・」

可愛らしい顔をして、恐ろしいことを言わないでいただきたい。

「そもそも、人の気持ちは操らないんでしょう?ならどうして先輩を操ったりしたの」

「察しが悪いなお前は。私はただ背中を押しただけで、この男は・・・」

女王が更科先輩を指さしたその時。

「はーい、そこまでよ。うちの可愛い一回生をいじめないでくれるかしら」

音が消えていたはずの外から、私を安心させる、耳になじんだ声が届いた。


お読みいただきありがとうございます

あと2回、お付き合いいただけると幸いです

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