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物書きのための物語(上)

 授業と授業の間の、ぽっかりと空いた時間。部室棟に外付けされた階段を上り、2階の角部屋を目指す。塗装のはげた階段は、上る度に足音を冷たい金属音へと変換していた。こう寒いと、金属の手すりなんて触る気にもならない。目当てである演劇部の部室まで来て、私はようやくポケットに入れたままだった両手を抜いた。基本的に鍵は開いているから、遠慮なくノブをひねる。私を甘やかす、暖かい空気が一気に漏れ出した。

「おっ、お疲れさん」

中央に陣取る長机で、大量の紙束を抱いていた人物が顔を上げる。机の上で、紙の大河がバサバサと波打った。

「お疲れ様です。先輩早いですね」

「1つ前の授業が休講になってな。ずっとここで作業してた」

「どーりでやけに部室が暖まってると思いましたよ」

冷えた体に、十分暖まった空気が心地良い。丁度いいだろ、とこの人、更科さらしな先輩は自慢げに伸びをした。私は暖を取りにきたわけではないけれど、確かに丁度いい。私はちゃっかりおこぼれに与りながら、いつものように先輩の向かいへと腰を下ろした。

「んじゃ早速・・・」

机を泳ぐバラバラな紙の中から、先輩はスイスイと必要なものを拾って私に差し出した。きっと、この人の頭の中もこうしていろいろなもので溢れていて、それを全て把握しているのだろう。

「ホレ。今回はちゃんと言われた枚数に収まったぜ」

「!それは楽しみです」

先輩の差し出した(物語)をシワをつけないように慎重に受け取る。私は鞄から対価にもならない代わりを向こう岸へと押しやった。

「オレも楽しみだよ。雑賀のはクオリティ高いから」

「そんなことないですよ。私のは、無個性なんです。何かが足りないんですよ」

その何かを見つけたくて、今こうして先輩と向き合っている。互いのもつ紙束に刻まれた、ト書きの物語。私、雑賀八重さいがやえと更科先輩は、時折こうして互いの書いた脚本を交換して意見を交わす。この演劇部での脚本担当を志望している私達は、それぞれに問題を抱えていた。

更科先輩は、物語の量がコントロールできない。先輩の熱意はそのまま文字となり、物語が膨らんでいくのだ。いくら素敵な脚本を書いても、長すぎれば演じられることなく終わってしまう。その上、先輩の書くものは無駄がなく削ることもできないのだからどうしようもない。今日は枚数以内に収めたといっても、普通よりかなり多めに設定してあるのだ。

一方の私は、ある程度形にはなっている。けれど、自分で納得するものが書けないのだ。書いても書いても、読み返せば陳腐で無個性な紙切れが積み上がっていく。この状況を何とかしたくて、悩みを抱える者同士こうして狭い部室であがいているというわけだ。

「これでもまだ納得できねぇの?」

「はい・・・これだ、というものが書けないんです」

書いている時は迷うことも無いのに、読み直すと途端につまらなく思えてしまう。

「んー・・・主人公の人柄とかよく描けてると思うけどな」

更科先輩は、必ず私の脚本を褒めてくれる。お世辞でも、後輩に対する遠慮もないその言葉は、素直にうれしい。けれど、私にはどうしても先輩の作品の方が何倍、何百倍も魅力的に映るのだ。手書きの文字たちが、早く語りたいとばかりに目に飛び込んでくるような、活き活きとした物語。私も、こんな脚本が書いてみたい。

「勿体ねぇよ。こんなにいい台詞いっぱいあんのに」

先輩の口から、私の書いた台詞が紡がれる。何人もの登場人物が、一つの口から顔を出した。更科先輩は、演技が抜群にうまい。最近の公演ではほとんど主役か、それに準ずる役を演じている程だ。読み上げているだけなのに、つい聞き惚れてしまう声。さすがに恥ずかしくて何度も止めようとしたけれど、この声に勝てるわけがない。先輩による朗読は、この時間の恒例となりつつあった。これでも、先輩にとっては読み上げているだけなのだから性質が悪い。私がこの時間をどれだけ大事に思ってるかなんて、知りもしないのだろう。先輩が紡いてくれている間だけは、私は自分の書いたものを好きになれる。その位、大切なのだ。

「・・・ん?」

不意に、流れるように紡がれていた台詞がピタリと止まった。

「?どうかしましたか?」

誤字でも見付けたのだろうか。別の意味でドキドキしながら身を乗り出すと、先輩の抱えていた紙が1枚宙を舞った。咄嗟に伸びた2つの手が、でき過ぎなくらいにタイミングよく紙の上で合流して鈍い音を立てた。

「あっ、すみませんっ」

二転三転、ドキドキの種類がせわしなく移り変わる。私は冷静を装いながら、そのまま紙を拾い上げようとした。手が、動かない。

「先輩・・・?」

更科先輩のよく手入れされた手は、落ちた紙ではなく私の手を掴んでいた。先輩がグッと身を乗り出し、2人の距離が一気に縮まる。先輩の目に映った私は、随分と間抜けな表情をしていた。思考が、追いつかない。

「雑賀、オレさ・・・」

憧れの先輩と2人きり。そしてこの距離。普通なら、かわいらしく頬を染める場面かも知れない。私は、頭に物語を詰め込み過ぎた。

「先輩・・・?」

本の虫と悪名高い私の脳内図書館が開く。気味が悪いくらいに似ていたのだ。数か月前に読んだ小説に。今見ている部室の光景や、先輩の髪型から切れ長の眼に至るまで、全てのイメージがピッタリと重なった。1度気付いてしまえば、何もかもが違って見えてくる。意味ありげに私の名前を呼んだまま更科先輩が口を開かないのも、いつもの快活な姿からは考えられないことだ。切なげな表情も、不器用で自分に自信のない、件の主人公によく似合う。先輩が主人公となって、あの小説の続きを演じているかのような違和感。私は、怖くなって動かない手を置き去りに身を引いた。

「先輩、どうしたんですか。なんだか、変です・・・っ」

これは、私の知っている更科先輩じゃない。

「あーぁ。気付いちゃったか。いいところだったのに」

2人きりだったはずの部室に、突如降ってわいた知らない声。体が冷たくなる間隔と共に、先輩の動きが止まった。少しだけ力の緩んだ腕から、恐る恐る手を引き抜く。寒い中頑張っていた鳥の鳴き声も、いつの間にか消えていた。

「き、君は・・・?」

私の目と耳がおかしくなったのだろうか。長机のすぐ傍に、中学生くらいの少年が立って居た。飾り気のない、どこか古びた服装は、レトロなゲームに出てくる盗賊の様だ。

「どーする、女王。このままじゃ収録になんないけど」

私を無視した少年の影から、これまた浮世離れした少女が顔を出した。アンティークドールが着ていそうなドレスが、柔らかく揺れる。幼さの残る顔立ちからは、(女王)というより(お嬢さん)といった印象を受けた。

「貴方たちは、誰なの?どうしてここに居るの?答えて」

部員の関係者ということも考えたけれど、それならきちんと引率についているはずだ。そもそも、活動拠点である体育館から離れているから、わざわざ大学の外れに在るここには他の部員はめったに来ない。寄りつかないといった方が正しいだろうか。理由はまぁ、いずれ分かるだろう。

「んー・・・どう説明したもんか」

少年が考え込んでいる隙に、止まったままの先輩と2人の間に体を挟んだ。先輩が動かないのは、この2人と関係あるのだろうか。だとしたら、逃げるわけにもいかない。

「私達は、(物語を創る者)だ」

(女王)と呼ばれた少女が、少年の後ろに半身を隠したまま口を開いた。


お読みいただきありがとうございます

稚早と申します

他の連載はどうしたといわれそうですが^^;、4話程度で1区切りの予定ですのでこちらをササッと更新してしまいたいところです

次の更新は明日か明後日を予定しています

お付き合いいただけると幸いです(ーvー*)

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