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少年と騎手

「デュラハン」

めっさポピュラーなやっちゃで。

と思わず関西弁になるぐらい知名度の高い妖精だ。


見た目は自分の首を抱えた騎士、または首の無い騎士の亡霊として昨今の創作物では描かれている事が多い。


本来デュラハンは亡霊ではなく妖精である。また女性の姿をしており、必ずしも騎士であるというわけではない。


彼女は首の無い馬、もしくは棺をのせた馬車「コシュテボーハル」に乗って現れる。


これから死人が出る家に現れ、扉を開けた家人に桶一杯の血を浴びせて死を告げ知らせる。


違う説では直接命を刈り取ったり、黒い犬の姿をしていたりする。


正直、首の無い騎士が目の前に現れたら誰でも亡霊だと勘違いしてもおかしくない。


余談だがアーサー王の物語にも緑の騎士という名前で現れる。

緑の騎士はガウェインに自分の首を切り落とさせ「ほな一年後にあんさんの首チョンパしに行くさかい」と言って立ち去る。


一年後ガウェインは自分の首を斬らせに緑の騎士の前に現れる。緑の騎士はそれを見て「あんさんめっちゃ肝が据わってんなあ、感服やで」と言って彼の勇気を称えて殺す事はしなかった。


今回の話は妖精デュラハンが出てくるお話です。


――――――――――――――――――――


とある昼頃の事、昼食を食べ終え食後のコーヒーに勤しんでいるところへ、アヴィーが一枚の書類を椋一に差し出した。


「本日午後三時にいらっしゃる異界人のプロフィールです」


異界人が来訪する時は直前にプロフィールが送られる。内容は出身地、名前、種族、来訪目的、最大滞在期間、顔写真と全身写真、個人の連絡先と緊急連絡先が記されている。


「ほいほい」


椋一はプロフィールを受け取り中身を確認する。

出身地は妖精界「アヴァロン」


異界にも種類がある。神が住まう神界に悪魔や妖怪が住まう魔界と多岐にわたる。その中でも妖精が住む世界をアヴァロンと呼ぶらしい。


「こないだのララと同じところか」


「そうですね、もしかしたらララさんとお知り合いかもしれませんね」


名前は「シーラ」、種族は「デュラハン」


「この名前、もしかして」


椋一の頭に覚えのある名前だ。慌てて写真を見ると胸中に懐かしさが沸き上がった。


「ひょっとして、お知り合いですか?」


「ああ、子供の時に世話になった」


「へぇ~、どんな方なんですか?」


「ん~そうだな、何から話すか」


いざ聞かれると何を答えればいいか悩む、思い出を語るか性格を簡単に伝えるか。


「せっかくだから全部話して下さいよ、椋一さんの子供の頃のお話が聴きたいです」


「えぇ~、ん~まあ少しだけだぞ」


「はい!」


椋一はアヴィーの屈託のない笑顔を受けて赤面しつつ、ポツリポツリと話し始めた。


――――――――――――――――――――


それは椋一が小学五年生の頃、今から約十一年前。その頃椋一は祖母の家に住んではおらず、二キロ離れた村の中心部に両親と住んでいた。


当時の椋一には友達と呼べる者がおらず、学校が終わったらもっぱら祖母の家で将棋を指していた。


「王手! へへ」


椋一は足付きの将棋盤に心地よい乾いた音をたてて飛車を置く、同時に裏返して龍にする。


「あらあら、じゃあ銀で守らなきゃ」


椋一の向かいに座る恰幅のいい妙齢の女性は、玉の隣に銀を置いて龍の進路を塞ぐ。


「フフン無駄だよばあちゃん、三三香、同角、三二金、同玉、同桂で俺の勝ち」


「……あらほんとだわ、椋ちゃんずいぶん強くなったわね。もう十枚落ちでは勝つのは難しいわ」


十枚落ちとは将棋のハンデの一つで、王又は玉と歩十枚のみで戦うものだ。

最初の頃は十九枚落ち(王又は玉のみ)でボロ負けしていたから、かなりの成長ぶりだ。


「ほお、(ぼん)が勝ったのか。五十連敗したかいがあったな」


リビングに白いレースのワンピースを着た女性が、紅茶の入ったカップを持って入ってきた。笑顔が綺麗なとてもスタイルのいい女性だった。


名前はシーラ、祖母のお世話をしている。当時はただの家政婦だと思っていたが、今思えばアヴィーと同じ管理人の秘書だったのだろう。


ここだけの話、椋一の初恋の相手である。


「五十連敗じゃないやい! 四十八だよ!」


「大して変わらん……ほれ紅茶だっとと」


シーラが机にカップを置くために身を屈めた瞬間、シーラの頭部が首の根本からポロリと転げ落ちた。


「わわっ」


あわやカップに激突というところで椋一が頭を受け止めた。

こういう事は初めてでは無い、むしろ毎度のパターンゆえ行動は早かった。


「もう、気を付けなきゃ駄目じゃん」


「フフ、スマンな」


そして再び腰を屈めてカップを置こうとして首を落としかける。

仕方ないから首を預かってカップを置くのを待つ。


「首が無いと落ち着かないのだが」


「さっさとカップ置いて!」


――――――――――――――――――――


現在、桧山宅リビングにて


「とまあこれがあの時の俺とばあちゃんとシーラとの日常だ」


椋一が一通り話し終えると、アヴィーはやや紅潮した顔で目をトロンと潤ませていた。


「ほほぉ、シーラさんが初恋ですかあ、ほほぉ」


食いつくのそこですかアヴィーさんや。


「コボォ、コボコボ!」


いつの間にかコボちゃんがアヴィーの傍によって、両手を顔に当てて体をよじらせていた。


「ですよねぇ、やっぱり気になりますよね! 椋一さん! シーラさんには告白したのですか!?」


アヴィーとコボちゃんが好奇と期待に満ちた笑みでこちらを見てくる。


「……まあ」


「「ヒューヒュー」」


おいこら。


「それじゃ椋一さん、続き聞かせて下さい」


「は?」


「まさかこれで終わりでは無いでしょう?」


いや終わりだ。むしろ終わらせたい。自分の昔語り程恥ずかしいものは無いからだ。


だがその旨を伝えたところで彼女達はきっと聞く耳持たない。

実際持ってくれなかった。


――――――――――――――――


十一年前

時計の針が午後三時を指した時、授業終了を告げる鐘が椋一の通う小学校全体に響き渡った。


担任が簡潔なHRを終わらせた瞬間、子供達は我先にとランドセルを手に教室を出ていった。


この学校は一学年一クラス、一クラスにつき約十人で全校生徒は百人に満たなかった。

村の規模から考えると結構多い方だ。


木造の校舎で設備は古く床なんかは歩くたびにギシギシと音をたてる。

当然クーラーや暖房なんてものは無い。ただし校長室と職員室にだけ特別に設置されている。大人は汚い。


椋一は誰よりも早く教室を出る。理由は絡まれないため。

当時の椋一はクラスメイトから迫害されていた。


「おい桧山」


下駄箱に着いたところでクラスメイトに早速絡まれた。絡んできたのは積極的にいじめてくる男子二人。


一人は体が大きくて喧嘩が強く、一人は逆に細身でいかにも小物といった感じだ。


名前は何だったか、まあ大君と小君でいいか。

大きい方が大君で小さい方が小君。


「何?」


「お前未だに妖精とか妖怪を信じてんだろ? ガキだよなあ、大人になれよ」


「うしし、お子ちゃまは早く帰ってお母ちゃんのオッパイすすれば?」


「……あのさぁ……そんな事を言うためにわざわざ追い掛けたの? 暇なの? それとも僕の事が好きなの?」


――――――――――――――――――


現在、桧山宅リビングにて。


「うわぁ、十一歳とは思えない程の煽り耐性と煽りスキルですね」


「シーラに鍛えられたからね」


やや引きぎみのアヴィーに対してグッと指をたてる。そして続ける。


「シーラが言ってたんだ、目には目をって。何か言われたら煽り返せ、陰湿な嫌がらせには嫌がらせを、暴力には暴力を」


「素晴らしくぶっ飛んだ教育ですね」


「しかもそれを実践するために厳しい訓練やらされたんだよなあ」


「どんな訓練ですか?」


「……フル〇タル〇ャケットの前半部分、といったらわかるかな?」


「軍隊式!?」


「まあこれで俺の子供時代が何となくわかっただろ。じゃ回想の続きいくぞ」


――――――――――――――――――――


十一年前、とある日の下校時の事。

河原を歩いているところ、馬車に乗ったシーラと出会った。

シーラは馬車を使って街まで行っていたらしい、首無し馬のコシュテボーハルの手綱を握ったシーラが椋一を見下ろしている。


「坊よ、あまり寄り道はするものではないぞ。家まで送ってやろう」


「えぇ、シーラの馬車揺れるからやだ」


「問答無用!」


シーラは椋一の襟首を片手で掴むと、軽々しくひょいと持ち上げて後ろの客席に乗せた。

馬車の種類はキャリッジという。人を運搬するための馬車だ。四人乗りで正面以外を折りたたみ式の壁で囲った小さなもの。


人力車を思い浮かべてもらうといいかもしれない。


「いたた、もう! 乱暴だよシーラ」


「では出発……ん?」


いざ発進というとこで出鼻をくじかれた。何事かと思って客席から顔を覗かせると、前方に子供が二人見えた。


歳は大体五歳か六歳、顔立ちがよく似てるから双子だろう。そしてその双子はこちらをじっと見ていた。


「あれってさ、俺達が見えてる?」


「間違いない」


馬車に乗ると一般人からは見えなくなる。シーラだけでなく椋一も見えてるとしたら、この二人は見える人間という事になる。


シーラはゆっくり近付くと、双子は馬車の動きを目で追った。


「ほう、やはり我々が見えていたか」


とシーラが声を掛けると双子はパアと顔を輝かせ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて多大な喜びを見せた。


「すごい! すごいよウラ! おかおのないおウマさんのおくるまだよ!」


「ぼくこんなのえほんでもみたことない」


特に喜びが大きいのは双子のうち髪が長い方、スカートを履いてるから女の子だ。もう片方は短髪でズボンを履いている男の子、男の子は胸に絵本を抱えている。


題名はグリ〇グラか。


「よく見たら篠本の双子か」


「シーラこの子達と知り合い?」


「今日隣に越してきた篠本家の御子息だ。確か名前は姉がマナで弟がウラだったな、遠目で確認しただけで直接会話した事は無いがな」


「ふーん」


そういえばばあちゃん家の隣(歩いて五分)の家に誰か引越すってこないだ言ってたっけ。


「ねえねえおねさん! あたしもおくるまにのせてよ!」


「あっ! ねえちゃんずるい! ぼくも! ぼくも!」


「はっはっは、よし! では乗りたまえ!」


とシーラは椋一を乗せた時と同じく、双子の襟首を掴んで客席に放り込んだ。


「きゃっきゃっ。あれ? おにいさんだあれ?」


「だあれ?」


双子と目があった。因みに最初に聞いてきた方が姉のマナだ。


「桧山椋一」


「「……おひや?」」


豆腐でも水でもない。


「ん〜おにいさんでいいよね!? うんけってい! あたしはマナだよ!」


「ぼくはウラだ」


「ああうんおにいさんです」


そんなやりとりをシーラはどこか優し気な表情をして見守っていた。

たまたま見えたシーラのその表情はとても綺麗で、瞼に焼き付いて忘れる事は無かった。


――――――――――――――――――――


現在、桧山宅リビングにて。

椋一が一通り話した時アヴィーとコボちゃんは両手を繋いでキャーキャー騒いでいた。


「コボちゃんコボちゃん、ラブですよ〜ロマンスですよ〜きゅんきゅんですよ〜」


「コボ〜」


オメエらウルセエ。


――――――――――――――――――――


十一年前、引越し前日。

あれからマナ達とよく遊ぶようになった。クラスメイトからはガキはガキと遊ぶのがお似合いだとか言われたが、大して気にはならなかった。


その日は祖母の家でいつものように将棋を指していた。今回はマナも一緒だ。


マナは駒の動かし方がわからないため駒が縦横無尽に動き回る。マナさんや、飛車と角は合体しないんだよ。


ウラは隣で本を読んでいる。最近絵本から児童文庫にシフトチェンジした。将来は立派な文学少年かな。


「おうちぇ……あひゃ、ひたはんだ(したかんだ)」


マナは歩を五マス進めて王に重ねた。王を取ったつもりなんだろう。

祖母はそんな滅茶苦茶なルールに苛立つ事はせず、むしろ楽しそうに投了した。


「アチャー、おばあちゃんの負けだわ。マナちゃん強いねぇ、椋ちゃん以上よ」


「えぇっ、こんなルール無視の将棋と比べないでよ」


「ほっほっほ、おやもうこんな時間だ。そろそろ帰らなきゃね椋ちゃん」


時計を見ると午後五時をさしていた。


「うん、じゃあねばあちゃんまた来るよ。それとマナちゃん、ウラ君」


「なに?」


ウラは無言で顔だけこちらに向けた。心臓が重い、緊張する。でも言わなきゃいけない。


「実は俺、明日引越すんだ」


「「え?」」


「遠くに行くからもう一緒に遊べなくなる」


「そんな! いやだよ!おにいさんともっといっしょがいい!」


マナが涙目で椋一のシャツを掴む。その姿にズキと心が痛む。


「そうだ! けっこんしよけっこん。けっこんしたらいつもいっしょにいなきゃいけないんだよ! だから……だから」


「ごめんね」


「ああああんっ!!」


大粒の涙を流すマナを背中にウラに向き直る。

ウラはマナと違い至って冷静だった。


「ねえおにいさん、おもしろいほんみつけたらおしえて」


「うん、約束」


指切り。


「マナも、マナもゆびきり。けっこん、けっこんしよ」


「はいはい」


マナとも指切りして家を出る。外ではシーラが馬車の上で待機していた。


「送って行こう」


拒む気は無かった。

コシュテボーハルは薄暗い道を静かに進む。頬を撫でる風が心地よい。


「モテモテだな坊」


「小さい子にモテても」


「嬉しいくせに」


「むっ」


再び沈黙、西の空にまだ太陽が見える。反対の東の方の空には薄らと月と星が見えていた。


「ねぇシーラ」


「なんだ?」


「俺、シーラの事が好きだ」


その言葉は意外とすんなり出てきた。むしろマナ達に引越しを伝える方が緊張したくらいだ。


「そうか」


「でもさ、前程じゃない。うまく言えないけど、マナちゃんとウラ君に会ってからシーラへの好きが小さくなったんだ」


「それはいい事だな」


「そうなの?」


「ああ、きっとそのうちわかるだろう」


「よくわからない」


今ならわかる。多分あの頃の俺はシーラに依存していたんだ。マナ達が来るまで友達と言えるのはシーラだけだったから。

その依存がマナ達が来た事で分散され霧散したのだろう。


それに気付いたのは本当につい最近の事だった。


「ほら着いたぞ」


気付いたら中心部の家だった。今日は段ボールだらけの殺風景な部屋で寝るのだろう。


「じゃあね、シーラ」


「達者でな、椋一」


「あっ」


シーラは手綱を引っ張り馬車を発進させた。日は既に沈み、暗い闇の中に首無し馬の引く馬車が溶けていく。


「最後に名前呼ぶの、卑怯だよ」


頬をつたう涙を拭う事も無いまま、椋一は段ボールだらけの家の戸を開けた。


――――――――――――――――――――


現在、桧山宅リビングにて


「とこれが俺とシーラの思い出だ。これ以上は無いぞ」


「うっ、いい話しですよねぇ〜うぅ」


「コボ〜コボコボ」


二人して泣いていやがる。泣く要素あったか?


ふと時計を見ると、午後三時十分前だ。


「あっ、そろそろ来るんじゃねえか?」


「いけないお出迎えしないと! ちょっと行ってきます」


と言ってアヴィーは慌てて家を出ていった。管理人秘書が扉まで出迎えて管理人のところまで連れてくるのが通常業務だ。


アヴィーが出ている間にこちらは外出許可書を用意しておく、コボちゃんはお茶の準備を始めた。珍しく今日は高い茶葉を選んだ。


アヴィーが帰って来るまで後五分ちょい。シーラと会うのも十一年ぶりだ。最初は何て声掛けよう。


いや変に凝る必要は無いな、何気ない挨拶でいいんだ。

そう友達同士でするような気楽な挨拶。


「椋一さあん、連れて来ましたよ」


アヴィーが戸を開けて入って来た。

遅れて背の高い女性が入って来る。十一年前と変わらない綺麗な顔、懐かしい雰囲気。


一瞬言葉を失った。だがすぐに口を開く、何気ない気楽な挨拶を。


「やあシーラ久しぶり、また会えて嬉しいよ」


サブタイの元ネタは某SFアニメのスピンオフ小説

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