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相方が風邪を引きまして(後編)

桧山椋一宅午前七時五十分


「風邪で倒れた椋一さんのためにお粥を作りましょう!」


「コボ……」


台所にてエプロンを着用したアヴィーが片手でグッとガッツポーズを取った。それを何やら不安気に見つめるのはコボちゃん。


看病の最初に選んだのは食事、胃に優しいお粥を作る事だった。


「変に凝らずにシンプルに塩と梅干しで味付けします、基本的に。後ネギもトッピングに入れますね」


「コボ!」


コボちゃんは頭を縦に振った。賛成という事らしい。


「ではまずお米を洗いましょう」


「コボ、コボコボコッボ~」


「え? 洗剤で洗うようなボケはするなって? 大丈夫ですよ、流石の私もそんな古典的な大ボケはかましません」


コボちゃんはホッと胸を撫で下ろした。アヴィーの事だから大真面目に洗剤で洗ったり変な食材を入れたりしてしまいかねないと思ったからだ。

そのような考えは稀有で終わりそうで安心した。


「私は至って真面目に……石鹸で洗います!」


「コボッー!」


「ぶぎゃあああああっ!!」


コボちゃんのドロップキックがアヴィーの横腹にクリティカルヒットする。

瞬間アヴィーは人とは思えない様な(実際人ではないが)奇声を発して壁際に飛ばされた。


「お、おぉぉ。さっき食べた魚が逆流しそう……よし耐えた」


アヴィーは横腹を抑えてヨロヨロと立ち上がった。


「コボコーボコボ」


「はぁいわかりました水で洗います」


コボちゃんに睨まれながら渋々米を洗うアヴィー、子気味良い音をたてて手早く洗う。五回程水を流したところでアヴィーがふと疑問を口にする。


「そういえばどれだけ洗えばいいのでしょうか」


「コボ?」


コボちゃんが椅子を持ってきて飛び乗る。そこからアヴィーの手元にあるお米を見て吟味する。


「コボコボ」


「あっ、これくらいでいいんですね。では浸しましょう」


あまり洗い過ぎるとお米の栄養が出ていってしまうので程々にしなければならない。

このあたりの匙加減は知識だけではどうにもならないのでプロのコボちゃんに頼る。


「さてでは一時間待つとして、その間どうしましょう。掃除?」


「コボ~」


コボちゃんは首を横に振った。埃が料理に入るとよくないからだ。


「テレビでも観ましょうか」


リビングのソファに座りテレビの電源を入れる。チャンネルを次々と変えて良さげな番組を探す。

中々これといったものが見つからない。


「特に何も無い……どうしましょう? コボちゃん」


「コボ!」


コボちゃんは黒い袋を手にソファに飛び乗った。アヴィーがその袋を受け取り中身を取り出すと、それはレンタルDVDだった。


「勝手に観てもいいのでしょうか」


と不安を口にすると。


「コボ」


とコボちゃんが頷いた。バレなければいいという事らしい。

家政婦がそれでいいのかと思いつつも、アヴィーも椋一の好みが気になっていた。というわけで中身を拝見。


「えぇと借りて来たのは一本だけですね。タイトルは……死神の阿波踊り」


知らないタイトルだ。とりあえず入れてみよう。

慣れない手つきでデッキを操作してやっとこさ映像が再生される。


映像はかなり古いものだった。三、四十年は昔の映画だろう。

だがこの時のアヴィー達は知らなかった。その映画の恐ろしさを。


「あれ? 夜なのに昼です!」「コボー!」


具体的に説明すると、夜のシーンなのに次のカットでは昼になっていた。何を言っているのかわからないかもしれないが、実際こういう映画なのだ。

更には……


「何でヒロインがゾンビを兼任しているのですか」


主人公とヒロインは墓地に心霊写真を取りに来たのだが、運悪く死神率いるゾンビ達に捕まって檻に入れられてしまった。

そして檻にいるはずのヒロインが何故かゾンビをやっている。


はては……


「この人達カンペ読んでますよね? それにさっきからスモークの焚き方が所々不自然です。まさかカンペ読むために薄くして……いやまさか」


そのまさかである。


そして物語が終わり再生が止まる。アヴィーとコボちゃんは生気の抜けた顔でぐったりしていた。


「ま、まさか九十分も延々と裸で踊ってるだけだなんて」


「コボ……」


「しかも朝になったら普通に消えましたし……何ですかこの映画」


流石のアヴィーもこれにはツッコまざるを得なかった。

気を取り直してお粥を作ろう。うっかり予定より三十分も放置してしまった。


ヨレヨレの体を引きづって台所に向かうアヴィーとコボちゃん、キッチンに立つと頭が映画から調理へと切り替わる。その後二人は鍋に火を掛けて交代で掻き回す。


コトコトと泡立つ鍋の中身を見る彼女達の心には虚無感のみが渦巻いていた。


後で知った事だが、この映画は人類史上最大最低のゴミ映画として一部の映画ファンからカルト的な人気を得ているらしい。


――――――――――――――――――――


椋一の寝室にて。

コンコンとノックする音で目が覚めた。

ベッドで浅い眠りを繰り返していた桧山椋一は、気怠い体を起こしてドアに向かって叫ぶ。


「入っていいぞ!」


多少なりとも眠ったおかげでいくらか体調が良くなったみたいだ。叫ぶ体力は蘇った。


ガチャリとドアノブが回されアヴィーが入って来た。続けてコボちゃんが土鍋の載ったお盆を持って入る。


「失礼しまぁす。椋一さん、具合はどうですか?」


「んぁ、まあ少し寝たおかげでちょっとは楽になったかな。熱は多分下がってる」


アヴィーがベッドに腰掛け片手を椋一の額に当てた。細く柔らかい指先が髪を撫でる感触に心臓が高鳴るのをなるべく悟られないよう表情を固める。


アヴィーはしばらく唸った後、上目遣いでこちらを見つめて言った。


「ちょっと顔が赤いのが気になりますけど熱は無いですね」


顔が赤いのはアヴィーの仕草がいちいち男心をくすぐって照れくさいからなのだが、決して口にはしない。


「遅くなりましたけどお粥を作りました。食欲はありますか?」


「いや無いけど、こういう時は少しでもお腹に入れた方がいいから食べるよ。ところでお粥を作ったのはコボちゃんだよな?」


「もちろん私です!」


アヴィーは力一杯満面の笑みを浮かべた。何も知らずにその笑顔を見ていたら惚れていたかもしれない、それほど綺麗で魅力的な笑顔だった。発言以外は……


「コボちゃん、これ」


「コボ!」


コボちゃんはお盆をベッド脇の机に置いてから両手でVサインを作り、そのサインの上に「ブイッ」という文字を浮かべた。


「大丈夫ってこと?」


意を決して盆を膝に置いて鍋の蓋を開けた。むわっと蒸気が立ち込めて思わず目をつむる。


意外な事に見た目は普通だった。綺麗な白いお粥には潰れ梅が混ぜ込んでありトッピングに葱をまぶしてある。

よく見ると葱には焦げ目がついている、焼き葱だ。


レンゲで軽く掻き回して一すくいして口に含む。


「結構うまい……ん?」


味は美味しいのだが口に妙な歯応えを感じる。こうパリパリとした食感だ。


「アヴィー、これ何いれたんだ?」


「ご飯と、梅干しと、葱と、あとゴキブリです」


「ブッ」


アヴィーのとんでもない発言で思わず口に含んだお粥を吐き出してしまった。その際飛沫がアヴィーの服に掛かってしまったが気にはしない。


「お前っ! なんつーものぶちこんでんだよ!」


「コボ! コボコボコボー!」


コボちゃんと二人でアヴィーを非難する。コボちゃんは腰を深く落として飛び蹴りの構えを見せた。


「コボちゃんの目を盗んでこっそり入れましたけど大丈夫です、ちゃんと食べられるように頭と内臓を取って火を通しましたから」


「そういう問題じゃねえんだよ! 常識で考えてゴキブリを料理に入れるなつってんだよ!」


「何故ですか? 世界各地にはゴキブリを食べる習慣がある地域がありますし、漢方薬の材料にもなります」


「日本じゃゴキブリ食う習慣はねえんだよ!」


「日本でもゴキブリを食べる習慣はあったんですけどね」


ああもうああ言えばこう言う。駄目だ頭が痛くなってきた。


「気分が悪くなってきたからもう一度寝るわ。コボちゃん、これ燃えるゴミに出しておいてくれ」


「コボ」


コボちゃんは鍋の置かれた盆を取りドアまで移動、一旦床に盆を置いてから器用にドアを開けて外に出ていった。


「ちょっと! せっかく作ったのに酷いですよ!」


「黙れゴキ娘!」


「ゴキ娘!?」


気怠い体に鞭打ってベッドから立ち上がる。そのままアヴィーの背中を押して無理矢理部屋の外に追い出した。


ドアを閉めてふぅと一息、ベッドに倒れ込むように飛び込みモゾモゾと毛布を被った。


「気持ち悪い」


その気持ち悪さは風邪からくるものでは無いことは明らかである。

作中出てくる「死神の阿波踊り」の元ネタは……例のアレ

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