空想姉弟マナ&ウラ(後編)
なんやかんやで異界の森。
桧山椋一の家まで後数分という所でマナとウラは足踏みしていた。
ウラの手にはお見舞いの品が入ったスーパーの袋がある。
「ま、待ってウラ。あたしの服変じゃないかな?」
「制服だから変じゃないわよ」
先を歩くウラがうんざりした顔で振り向いた。このやり取りはもう四度目である。
「やっぱり服着替えてくる!」
「よしなさい」
ウラは、踵を返して来た道を戻ろうとするマナの首根っこを掴んで引っ張りあげた。
途端マナは子猫のように大人しくなる。
「そんな事したら今度はお兄さんの家に行くか行かないかで悩んで一日を費やすでしょうが」
非常にありえる。
「うぅ〜」
マナは若干悔しそうな顔で唸る。正直家に近づくにつれ心臓の動悸が早くなっているのだ。
何を緊張しているのだと自分でも思うのだが、どうにも抑えられない。
仕方無く、ウラに引っ張られる形で森を歩く事に。
「ほら着いたわよ」
足を止める。そこにはつい先日まで足繁く通っていた木造の建物があった。
一階建てで随所にバリアフリーを施し、意外な事にWi-Fiも繋がる過ごしやすい家。
桧山椋一が来てからは一度も訪れた事の無い家。そんなに時間は経ってない筈だが懐かしさを感じた。
マナは息を呑んで右足を踏み出す。玄関に着きノブを握った瞬間、突如玄関横の窓がパリンッと割れて人影が飛び出てきた。
人影は空中で姿勢を整え飛び出てきた方向に向き直る。その時ちょうどマナと目があった。
「ってアヴィーさん!? どうしたの!?」
人影は知り合いだった。動きやすいアウトドアファッションの彼女は桧山椋一の秘書を務めている女性、こう見えて魔法使いらしい。
初めて会ったのは椋一が最初に挨拶しに来た日の夕方、何かひと仕事終えた後に改めて椋一と二人で会いに来た。
「あっマナさん、いらっしゃい。お見舞いですか? 椋一さんは奥の部屋にいます……よっ」
言い終わると同時にアヴィーは前方に火の玉を出現させて弾丸のように発射した。
その先には、全長一メートル弱のコボルトことコボちゃんがいた。
コボちゃんは裏拳で火の玉を弾くと、アヴィーに殴りかかった。
アヴィーはコボちゃんの拳を躱して火の玉を複数出して発射する。
「何か異能バトルが始まってる!?」
「テコ入れかしら?」
「そういうメタな発言はやめて!」
――――――――――――――――――――
数分後、所変わって。
ウラが寝室のドアをノックする。中から「どうぞ」という声が聞こえたので中に入る。
「お邪魔するわね」
「おじゃっ……お邪魔っ……しまっす!」
関節が錆びて動きが鈍くなったロボットのような動きをするマナの背中をウラが押す。
そんなウラを鬱陶しいと思いつつもありがたいと思う。
視線は椋一のいるベッドに固定する。椋一はジャージ姿で座っていた。下半身は掛け布団の中だ。
(お、男の人の部屋だぁ〜。あんまりキョロキョロしちゃ不快だよね! お兄さんだけ見ようお兄さんだけ! ……じぃ〜……無理! 恥ずかしいよぉ)
「何唸ってるのよ姉さん」
「うわぁ! 驚かさないでよウラ」
「別になにもしてないわよ」
ウラが近くの椅子をとって座る。
あれ? あたしはどこに座ればいいの?
他に椅子は無い。立つしかない。
「何つったってるのよ、早く座りなさいな」
「いや椅子無いし、立ってるわよ」
「お兄さんのベッドがあるじゃない」
「いやいやそれはちょっとお兄さんにわるいよ。それに……」
それにそんな近くに座ったら緊張しすぎて心臓が大変な事になる……それが狙いか。
よく見たらウラはニヤリと笑みを浮かべている。その手にはのらない。
「おおいいぞほれ遠慮すんな」
椋一は自分の隣をポンポンと叩いて座るよう促してきた。
マナは隣に座りたい欲求を押し殺し――たりはせずに本能の赴くままにちょこんと鎮座した。
ウラの手にのってしまった。
「いやぁ悪いな、せっかく街を案内してくれるって言ってたのに」
「風邪を引いたのならしょうがないわよ、具合はどうなのかしら?」
「そ、そう! かか体はいいの?」
「落ち着きなさいな姉さん」
ウラがニタニタと笑いながら心にも無い事を言っている。
肩と肩が触れ合う距離にいるのだ。心臓が高鳴り過ぎてどうにかなりそうだ。
「午前中はほぼずっと寝てたからな、大分良くなったよ。強いて言うなら腹が減ったな、朝からなにも食ってないんだ」
「そうだ私達お見舞いにリンゴとバナナを買って来たの、お食べなさいな」
ウラがスーパーの袋からバナナを取り出して椋一に房ごと渡す。
椋一はバナナを一本ちぎると、しばらくじっと見つめてからポツリと呟いた。
「これ、ゴキブリ入ってないよな?」
「むしろどうやったら入れられるのよ」
ウラは席を立って部屋を出た。リンゴを切るためにキッチンに向かったのだ。
そうなるとこの部屋には椋一とマナの二人だけになるわけでして。
二人っきりである事を自覚してしまうとマナは息苦しい程に鼓動が早くなってしまう。そしてその状況からは決して抜け出そうとしない。
対照的に椋一は平然とした顔でバナナを頬張っていた。それなりに熟しているのを選んだから大分甘い筈。
「そういやさ、外が騒がしいけど何かあんのか?」
「へっ!? あっえっと、アヴィーさんとコボルトちゃんが喧嘩してたよ」
「またか、あいつら毎日飽きないな」
椋一は二本目のバナナをむしり取った。
「毎日なんだ」
「ああ、最初はコボちゃんが一方的に殴ってただけだけど、最近はアヴィーも反撃するようになったんだよな。あれでも関係は良好なんだぜ、時々二人で遊んだりテレビ観ながら談笑してたりしてるしな」
「へぇ〜、いいなああたしもそんな関係になりたい」
「なればいいじゃないかこれから。俺も手伝うからさ」
椋一がじっとこちらを見つめる。彼はマナなら出来ると信じている、そしてそれがただの押し付けでは無いのは手伝うという一言からわかる。
自然、頬が緩む。
「うん! アヴィーさんともコボルトちゃんとも、そしてお兄さんともそういう関係になるよ」
「おう、その意気だ。ふう……やっと普通に喋れるようになったな」
「へっ?」
「さっきまで緊張してただろ? 喋り方おかしかったぞ。今は落ち着いているけどな」
言われてみれば、心臓のドキドキは完全にでは無いが収まっている。むしろこのちょっとした高鳴りが心地よい。
「まあ十一年ぶりだし、お互いすっかり変わったから緊張するのもわかるけどな」
「そうだね、でも変わらないものもあるよ」
「名前とか?」
「フフ、違うよ」
「何だよ勿体ぶらずに教えろよ」
「やーだよー、ウヒヒ」
さも可笑しそうに笑みを浮かべる。
今はまだ言えない。椋一へのこの淡い想いは昔と変わらず粛々と成長を続けている。
この想いが成長して抑えられない程に大きくなったら、そしたらその時に伝えよう。
「二人共見て見てー、リンゴの皮剥きが一メートルいったわ! これもうギネス狙えるんじゃないかしら!」
突如としてウラが部屋に入ってきた。両手にはそれぞれ皮を剥いて一口サイズに切りそろえたリンゴとその皮がある。
マナと椋一は時が止まったように数秒固まった。そしてお互い視線を交わして微笑む。
「食べよっか、お兄さん」
「だな、マナちゃん」
「何かしらこの甘酸っぱい空気、いたたまれないわ!」
――――――――――――――――――――
同時刻、桧山椋一宅前
「ふっ、流石コボちゃん。やりますね」
「コボ、コボー!」
お互いボロボロに打ちのめされながらも健闘を称え合う。
因みに争いの発端は、作り直したお粥に蜥蜴を入れるか否かだった。
「ですが勝つのは私です! フェイの誇りにかけて!」
「コボッ!」
両者は同時に地面を蹴った。
この不毛な争いは夜まで続いた。




