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コボ(ルト)ちゃん

祖母が死んだ。

その知らせが届いたのは奇しくも大学を卒業する前の日だった。


桧山(ひやま)静香(しずか)のお孫さんの、桧山 椋一(りょういち)さんですね」


「は、はいそうです」


祖母の訃報が届いてから三日後の今日、住んでいるアパートに黒服の男性がやってきた。数は二人。


一人は弁護士を名乗り、もう一人はとある世界的複合企業の幹部と名乗った。


「この度は突然の訃報、ご心中お察し……」


「あっ、そういうのいいんで本題入って下さい」


「ぐっ……少々礼儀というものが欠如しているようですね」


玄関口で定石通りのお硬い挨拶をする弁護士の言葉を遮り、椋一は先を促した。


虚をつかれたのが気に入らなかったからか、弁護士の顔が苦虫を噛み潰したようになった。プライドがお高いようだ。


「まあまあ、まだ学生ですので大目にみてあげましょうよ」


もう一人の幹部が弁護士をなだめた。

だが幹部さんよ、俺は昨日大学を卒業したから既に学生ではない。


「ちっ、なら本題に入らせてもらう。結論から言わせて貰うと、桧山静香の仕事を引き継いで頂きたい」


「いいですよ」


「もちろん断っても……え?」


弁護士が目を丸くした。対照的に幹部の人は何がおかしいのか笑いをこらえている。


「いいですよ。ばあちゃんの仕事引き継ぎます」


「えっ、あの……そうですか」


「くっ、フフッこれは驚いた。まさか即答とは、理由を聞いていいかな?」


「就職する筈の会社が先日急に倒産してしまったので、ちょうど仕事先を探していたところなんです」


「それは災難だったね、でも少しは警戒した方がいい。法に触れる仕事だったらどうする?」


「いえ、だってばあちゃんの仕事って確か森の管理人ですよね、法に触れるような仕事では無かった筈です。それにばあちゃんがそんな事するとは思えません」


「成程、流石は静香さんのお孫さんだ。その意思の強さと力強い目、よく似ている。では詳しい説明をしようか、よければ上がらせてもらってもいいかな? 玄関で話すには少々長い話になるのでね」


「ええどうぞ、今お茶を淹れますね」


椋一は二人のお客様をリビングに通して座布団を出して座らせた。冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して来客用のコップに注ぐ。

卓袱台にコップを置いて、椋一は二人の正面に座った。


「さて、では仕事の話をしようか」


――――――――――――――――――――


一週間後

突然ですがここは森です。


森の管理人になるゆえ、住んでいたアパートを出て森に住む事になった。荷物は業者に頼んで明日持ってきてもらう事になっている。


電車に揺られて七時間、更に駅についてからはバスに乗り都市部を出て田園風景広がる山村で降りる。その後三時間ぶっ通しで歩いている。


「つ、疲れた」


森を道沿いに歩く椋一、幸いな事に歩きやすいよう舗装されている。


「こりゃ断然車がいるな」


森に入って約五分、やや開けた所に出た。そしてそこには目的地だった家がある。


子供の頃に来た時と変わらない木組みの家、いや少し変わったところがある。


「スロープが付いてる。バリアフリー化がされているのか」


扉を開けて中に入る。既に日は沈みかけているため部屋は薄暗い。扉横に照明のスイッチがあったので点ける。


良かった。電気は通っている。


中に入ってすぐにリビングがある、ソファにテーブルにテレビ、隣のフロアはダイニングだ。前に住んでいたアパートよりでかい。


掃除が大変そうだなと思いながら、椋一は小姑よろしくテーブルに指を滑らせた。


「あれ? 埃が無い。誰か掃除してくれたのかな」


とりあえず寝よう、クタクタだ。今寝たら二十一時ぐらいには起きられるだろう。


ソファに倒れ込んで誰にともなく「おやすみ」と言って寝た。


――――――――――――――――――――


目が覚めたら朝の九時だった。

夜の九時ではない。


「マズイ、寝すぎた、頭が痛い。ん?」


ふと体にちょっとした重みを感じた。この妙な安心感、毛布だ。それも冬用の分厚いやつ。


「いつの間に毛布なんか被ってたんだろう」


ゆっくりソファから立ち上がり、洗面所に向かう。記憶の通りならトイレの隣だった筈。


「風呂の隣だったか、あれ? ここも綺麗だ。ひょっとして誰かいるのか?」


ひとまず顔を洗って、髭を剃る。


洗面所から戻ると椋一は更に驚きに包まれた。


「えっ? これ朝ご飯か?」


白いご飯に味噌汁、ししゃもの塩焼きとキャベツの千切りがリビングのテーブルに並べられていた。


「何で……誰かいるのか!?」


「コボ!」


返事がした。辺りを見回すが人の姿が見えない。

もう一度叫ぼうとした時、ふとズボンを何かに引っ張られた。

足元を見るとそこには人……いや人のようなものがいた。


「なにこいつ」


形は人、大きさは一メートル弱、服は着ておらず体毛は無い。頭が異様に大きく目がクリっとしている。岩のような皮膚を持つそれは人では無かった。


「お前、何だよ」


「コボ?」


その小人は首を傾げた。


「その子はコボルトです。家を守る妖精ですよ。日本で言うと座敷童子のようなものです」


椋一の背後から若い女の声がした。振り向くと綺麗な女性が立っていた。腰まで届く赤みがかった茶髪、出る所はハッキリ出てメリハリのある体付きをしている。


美人だ、とても美人だ。


「あ、あの君は誰? ていうかどこから入って」


「申し遅れました。私の名前はアヴェリウス・ライアススリーといいます。アヴィーと呼んでください」


「あ、えとじゃあアヴィーさん」


「アヴィーです」


呼び捨てにしろと? 初対面の女性にそれはハードルが高い。まあやるけどね。


「アヴィー、君は何者なんだい?」


「はい! 私はフェイです。新しく管理人に就任した椋一さんの補佐を担当する事になりました。いわば秘書ですね」


「はあ」


ああ秘書ね、頼んだ覚えは無いけど。ひょっとしてあの時の幹部が気を利かせてくれたのだろうか。


そんな事より気になるものが一つある。


「ところでアヴィーさん」


「アヴィーです!」


「アヴィー、君の後ろにある窓が不自然に丸く切り取られているんだけど、もしかして」


「私がやりました! テヘッブフォォォォ!」


アヴィーはテヘッと可愛くウィンクして微笑んだ。直後さっきまで黙っていたコボルトのドロップキックがアヴィーの横腹に炸裂した。その後マウントを取って拳をアヴィーに打ち付ける。


「い、痛い。痛いです」


「流石家を守る妖精コボちゃん、あっコボちゃんって呼んで良かったか?」


「コボ」


コボルトことコボちゃんはグッと親指を立てた。コボちゃんでいいらしい。


「だって一回ぐらいやってみたかったんだもん。泥棒みたいな事ああ待ってコボちゃん! お願いやめて殴らないで痛いから!」


「もういいよコボちゃん、やりすぎ。何も盗ってないならゆる……盗ってないよね?」


コボちゃんはマウントをとった状態で固まった。アヴィーの答えを待っているのだ。


対するアヴィーは仰向けのまま「フッフッフッ」と不敵に笑った。

まさか


「勿論盗みましたとも……あなたの、心です! ドヤァ」


ドヤァと口で言い出した。


あぁこの人あれだ、薄々感じていたけど、あれだ。世間一般で言う、口を開けばガッカリ美人!


「そ、そんな残念な人を見るような目で見ないで下さいよ!」


事実そうなのだから仕方無い。


話が進まないので、倒れているアヴィーに近付き目線をあわせて本題に入る。


「ところで、アヴィーやコボちゃんって一体何なの? 似たようなのなら会ったことあるけど」


「それは……次話で具体的に話しま、ああ痛い痛い頭グリグリしないで! 話します! 手短に話しますから!」


気を取り直して。


コボちゃんをどかしてアヴィーをソファに座らせる。流石に窓を壊したガッカリ美人とはいえ仰向けのままは忍びない。


「コホン、私とコボちゃんは異界の住人です。いわゆる異世界です」


「異世界、俺も行けたりするのかな」


異世界と聞いて心踊らない者はいないだろう。


「行けますよ。でも普通の人間が行ったら大気中に漂うウイルスにやられて五分で死にますけど」


やっぱり行きたくない。


「それでですね、この森の奥にはその異界に繋がる扉があるのです」


「扉?」


「はい、それは見てもらった方が早いので後で案内します。というか、この辺りの説明されていないんですか?」


「うん、説明に来た弁護士と大企業の幹部からは現地の人に詳しい説明を聞くように言われた」


「全く駄目な人達ですねぇ」


アヴィー程じゃないと思う。


「まあとにかく椋一さんの仕事は、その異界に繋がる扉とそこから来た住人の管理、前者は主に人間が近づかないようにですね。後者は様々な目的でやってきた住人の入界手続きをする事です」


「それってさ、つまり」


「はい、いわば空港を自前で持つ旅行代理店です」


ああ、わかりやすい。



サブタイは某四コママンガを元にしてます。

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