97 久しぶりの日本人
「お久しぶりです、ゼスト閣下。お元気そうですな」
「お元気そうで何よりです、閣下」
そう挨拶するのは、日本人の老人と若い女性の二人だ
大聖堂の執務室で俺達は再会したのだ
老人は痩せた体型で白髪を短く切り揃えた老紳士な雰囲気だな
女性は栗色の長い髪を後ろに縛った、愛想がよさそうな可愛らしい人だった
スタイルもいいな……ベアトに睨まれたからやめておこう
「久しいな、無事で何よりだ。お前達は準備が済んだら下がれ」
メイド部隊がお茶の用意をして出ていく
それを確認してから改めて挨拶する
「お久しぶりですね、もう普通に話してください」
チラリとベアトを見る二人
「うふふ、大丈夫ですわ。ゼスト様と同じ日本人だと聞いていますから、不敬罪などにしませんわ」
そうベアトに言われて、やっと安心したらしい
「ふう、いやあ……助かりますよ。どうも慣れなくて」
「良かった、あんまり堅苦しいのは苦手で……」
痩せた体型の老人は苦笑いし、若い女性……
「三人と聞いてましたが、何かありましたか?」
「いやいや、妻が少し体調が悪くて私だけ来たんですよ」
「奥さんが……それはご心配でしょう」
「なに、ただの風邪でしょうな。年寄りですから仕方ない事ですよ」
「ふふ、おじいちゃんは出かける前に散々心配したくせに」
からかう女性を軽く睨む老人
仲が良さそうだな
「おじいちゃん、ですか」
「はは、孫みたいなものですから。身寄りのない私達は、家族として暮らしているんですよ」
照れ笑いをする老人とからかう女性
仲良く隣り合って座る二人は、本当に家族に見えた
「……私だけ貴族として生きています。皆さんを見捨てて」
不安は先に消したい
俺は思いきってこの言葉をぶつけた
「ゼストさん、それは違いますよ。見捨てた?私があなたに助けてくれと言いましたか?」
じっとこちらを見る老人
「見捨てたなどと思いませんよ、あなたが苦労しながら貴族になった事は彼等に……魔族に聞きました。それを祝う事はしても、恨んだりしません」
「そうですよ。あたしは自分の事で頭がいっぱいだったから文句なんて言えないし、貴族なんてあたしには無理だし。気苦労で過労死しますよ」
本心みたいだな……鑑定魔法で確認したから間違いない
「解りました……ではお二人は今、どんな生活を?」
「衣食住全て面倒になってますよ。まさか死ぬ前に異世界に来るとは……良い冥土の土産が出来ましたよ。孫も出来ましたからね」
「とりあえず、今は何も困らないで生活出来てるし……仕事しないでゴロゴロしてるから、ちょっと太ったかも……」
これも本当だ、彼等はきちんと面倒見てくれているんだな
念のために鑑定魔法を使い続けて聞いてみる
「じゃあ……助ける必要はありませんか?」
「助ける?誰をですか?」
「え?誰か他にも日本人が居るんですか?」
…………二人とも本心だ、問題ない
「…………俺は恨まれてると思っていたんですよ」
キョトンとした二人に続けて話す
「俺だけ皆と別に貴族になって、力を得ました。なぜ助けに来ない?なぜお前だけが?ってね」
「なるほど、死んだ奴等は言っていましたよ」
「ああ、あのバカ達は……本当にどうしようもないバカだったわね」
……酷い言われようだな
「被害者だから保護するのは当たり前、謝罪と賠償を!……あとは……俺にも魔法を教えろ、騙すなとか」
「これは夢だから、何しても大丈夫ってのもあったよ?」
……え?そこまでお花畑な頭だったの?
助けたくもないな、そんな奴等は
「魔族に申し訳ないくらいの愚か者でしたね。情けない話ですよ、あんな奴等は邪魔になります。私達は平和に異世界で生きていきたい」
「あそこまで理解力が無いのは、さすがに引きましたよ。日本じゃないんだから、もう少し臨機応変に出来ないのかしら」
「それは……なんというか……」
「私達はゼストさんを非難なんてしませんよ。当たり前です、私達は何もしなかった。平穏に暮らせるならと流されていましたからね」
「そうですよ、他人に助けろなんて言えないですよ。あなただって苦労してたんだし。それに貴族様なんてあたしはムリムリ、平穏に生きていければいいかな」
「……解りました。なら、私とはあまり接触も」
「しない方が良いでしょうね。私達はこの世界の住人としてひっそり生きたい」
「だから心配要らないですよ、気楽ですからね。今の生活は」
そう言って笑う二人
その表情は穏やかで、本当に幸せそうだった
貴族と関われば危険が増すからな……静かに暮らすなら、お互い離れた方が良い
「そうします、私は名前も聞きません。ですが、どうしても困ったらゼストを頼ってください。なるべく善処しますから」
「ええ、私と妻はそれで構いません。むしろ知らない方が助かります、貴族と関わりたくありませんから。だが孫はまだ若い、私達が死んだら気にかけてやってください」
「お、おじいちゃん?」
真面目な顔で、じっと俺を見詰める老人
「この子が一人になってしまいます。どうか……どうか……」
「おじいちゃん、大丈夫だよ!心配しないでよ!」
必死に頭を下げる老人を女性がとめる
だが、老人はやめない
「私は貴族ですから女性の一人や二人養えます。妻一筋ですから、安心してくれて構いませんよ。頭を上げてください」
「ありがとうございます、これでいつ逝っても悔いはない」
「……もうっ!長生きすれば大丈夫よ、おじいちゃんのバカ」
涙ぐむ女性を老人が撫でていた
一人になる孫が心配なんだろうな……それくらいなら協力するさ
一方的に助けろって言われたら断るが、これなら話が違う
「私達が生きているうちは良い、だが一人になったら辛いぞ?お前に夫が出来たら問題ないが、出来なかったらゼストさん頼んで仕事を貰いなさい。お前だけなら身の安全も確保しやすいから働けるだろう?」
「いいのよ!結婚なんてしないわよ、仕事だってしないわよ!せっかく遊んで暮らせるんだから働いたら負けよ!」
…………良い話だと思ったらこれか、大丈夫かこの女性
「それにあたしは、男は男同士が好きなの!恋愛対象じゃないのよ!」
…………こいつ、腐ってやがる
その後も老人と腐女子の戦いは続いた
アホらしくなった俺が3杯目の紅茶を飲み終わり、ちょっと眠くなるまで続いたのである
やっぱり面倒見るのやめようかな……
「ゼスト閣下。では、失礼いたします。お元気で」
「閣下、記録の魔道具ありがとうございます!大事に使います!」
お土産を気に入った女性はテンションが高い
ようやく戦いは終わり、二人が帰るときにそれは起きた
「ああ、元気でな。二人とも……いや、女性だけでも名前を聞いておくか。連絡しようにも女性ではマズイからな」
下心は無い、腐女子に下心を抱くようなバカじゃない
「…………ず……まり、です」
蚊のなくような声で女性が言っている
「なんだって?聞こえないぞ」
老人は地面とにらめっこしており、こちらを見ない
真っ赤になってプルプルしている腐女子
「水田マリよ、みずたまり!!聞こえましたか、閣下!!」
耐えろ、人の名前で笑ってはいけない、耐えろ!
「どうしましたの?真っ赤ね、みずたまり」
(みずたまりが震えてますね、お父さん)
ベアトとトトに追い討ちをくらった俺は、耐えられなかった
盛大に吹き出した唾だらけになったみずたまりが、プルプルといつまでも震えていた……