79 家族との再会
「……と、いう訳で家族の移住が許可された。また家族以外にも移住者は多数居るらしいから約一ヶ月の行程でやってくる。皆楽しみにしていろよ?」
王城跡地に建てられた公爵館
その前の広場で発表された報せに兵士達は喜びの声を上げていた
「やっと家族に会えるな」
「ガキは大きくなったかなぁ」
「早く……早く嫁が来ないと俺は……」
「……家族なんて……家族なんて」
旧ターミナル王国との戦いから既に1年だ
敵国を攻め落としました、さて内政して次に……なんて行く訳がなく
前領地の引き継ぎに始まり新しい法律を布告して帝国領とし、役人を雇い直したり都の整備
周りは降伏したばかりの貴族が領地に居るから都に呼んで顔合わせ等々
ようやく家族を呼んで大丈夫、手続きも出来るようになったのだ
俺はもっと早くベアトを呼び寄せる事は出来たが
「部下達に我慢を強いているのに、私だけ妻を呼び寄せるなど出来ない。家族が愛しいのに貴族も平民も無い、皆で一緒に呼び寄せよう」
軽く白目になりながら言った、この言葉に野郎達が奮起
一気に館が出来上がっていったのだ
そして旧王都もほとんど復旧した
むしろ前より賑やかな治安の良い都になったと民衆は大喜びである
……で、あるのだが……
「閣下、新しい都の名前が入った看板が出来上がりました。設置の式典をお願いいたします」
「……ああ」
アルバートがニヤニヤしながら報告してくる
「いいニャ~、うらやましいですニャ~」
「ね、本当にうらやましいですわ」
カタリナとメディアの仲良しコンビにもニヤニヤ言われた
ターセルは産休だから、暇なメディアは執務室で俺の護衛だ
それでカタリナと仲良くなったらしい
「式典は……しないと駄目か?」
「駄目です」
「駄目ですわ」
「ダメですニャ」
諦めよう……回避は無理だ……
式典の当日、俺は空を見上げていた
鉛色の雲……朝から騒がしい鳥の鳴き声……朝は靴紐が切れた
不穏としか言いようが無い
「閣下、挨拶をお願いいたします」
アルバートに付いて行き会場に入った
館の前に作られた会場には数百人の民衆が集まっていた
「ゼスト公爵閣下」
「これはシスター……いや司祭殿か、失礼しました」
久々に見たポンコツシスターが声をかけてきた
「シスターで結構ですわ。私は新芽が彩る山なのですから」
「……謙虚なお言葉ですな」
「うふふ、遥かな高みを見据えている鳥のようなものですから。私はそんな鳥では無く、渓流のせせらぎを泳ぐ魚になりたいのです。それが神のお導きですからっ!」
「……神の深慮には敬服するばかりです」
「うふふ」
「はっはっは」
…………やだ、全然意味が解らない
カタリナはビックリし過ぎだよ、尻尾を下げなさい
アルバートは剣を抜くな馬鹿が
「これは都の繁栄を願った木札です、お納めください」
「これはご丁寧に、ありがたく頂戴します」
そう言って胸から木札を出してシスターは帰って行った
何であのシスターは胸から物を出すのか……
木札をアルバートに渡して挨拶の準備をする
「まだ……温かい……?」
そう言って木札の匂いを嗅いだアルバートがカタリナにドン引きされたりしていると時間になる
え?毒が無いかの確認をしただけ?
いやいや解ってるよ、アルバートは真面目だからな
うんうん信じてるホントダヨ……
落ち込むアルバートを無視して壇上に上がる
同類には思われたくないからな
「皆良く集まってくれた。新しい都の始まりを祝い宴の用意をしてある、今日は酒場の代金は私のおごりだ。好きなだけ飲んで騒げ!」
「「「「「わああぁぁぁぁぁぁ!」」」」」
「おい、タダみたいだぞ?」
「公爵閣下は話せるな」
「前は絶対無かったよな、こんな事」
喜んだ民衆は酒場に散っていく
予定通りだ……これで都の名前は皆気にしない筈だ
「ゼスト閣下、ご安心ください。酒場に新しい都の名前を叫んだら無料にするよう指示して有ります」
「それなら安心ニャ、アルバート卿なのに凄いですニャ」
馬鹿にされているとは気が付かないアルバート
ニヤニヤしながら頷くな駄犬め……余計な事しやがって
その日は酒場で何回も新しい都の名前が叫ばれた
『ゼスト公爵閣下が愛する都【ベアトリーチェ】に乾杯』
領主の公爵閣下が愛する正室様と同じ名前を貰えたこの都は
永遠に大事にされる筈だ、心配は要らない
民衆は朝まで騒いでいたのだった
「何で……どうしてこうなるんだ……」
つい、ボーっとしていた時に言ってしまったベアトリーチェが都の名前になるなんて……
おかげで『妻の名前を街につけた公爵閣下が居るらしい』と帝都まで噂が届き
ツバキ皇女から『私の名前は何処に使うのですか?』と手紙が来て悩んでいる最中だ……
最近では会う貴族の挨拶には
『さすが公爵閣下、正室の名前を街につけるとは真似出来ませんな、はっはっは』
これが必ず入ってくる
完全にオモチャだ……恥ずかしいにも程がある
執務室でヤケ酒を飲んでいるとメイドが手紙を届けてくれた
もう夜中なのに持って来たんだ、急ぎなんだろう
怯えているメイドが出て行くのを見ながら手紙を開ける
差出人も宛名も書いていない不思議な手紙だ
『イ マ カ ラ ア イ ニ イ ク ベ ア ト』
まるで血で書いたような赤黒い文字を見て、久しぶりにおしっこを止める事が出来なかった
これは……死ぬかもしれない……