74 会話のドッヂボール
「なるほど、なかなか深いお話ですな」
はっはっは、と笑うが冷や汗が止まらない
彼女は一体何が言いたいのかサッパリ解らない……
震える手に強化魔法を重ねて紅茶を飲む
味など解らないが喉がカラカラだから仕方ない
「ふふふ、ゼスト公爵閣下は夕焼けの海……神の憐れみにすがる私達では夜になってしまいますね」
再び謎の発言を叩き付けてきたな
なんだよ『夕焼けの海』って……
もう嫌だよこの人、早く帰ってくれないかなぁ
とりあえず、俺を何かに例えたんだから良い事を言われたのか?
そういう事にして進めよう、どうせ解らないし悩むだけ無駄だ
「ありがたい、シスター。ではそろそろ使者としての用件……手紙等はお持ちかな?」
ハッとした彼女は懐から手紙を取り出す
……シスターが胸に手書き仕込むな、そこは物入れなのかよ
ああ、障害物が無いから物入れにちょうど良いのか
手渡された手紙を開ける
内容が聖書で無いように神に祈りながら
…………良かった、まともな内容だ
時節の挨拶から始まる礼儀正しい手紙を久しぶりに見た
最近は手紙かと思ったら聖書だったりしたからな
陛下なんて『任せた』だ
本文より宛名の方が長いとか勘弁して欲しい
内容を確認したが、要約するとこうだ
『ライラック聖教国は、旧ターミナル王国領地がグルン帝国領になると認める
戦争では無く、種族差別から民衆を救っただけで他意は無く正当な理由有る救済であった
よって、グルン帝国に敵対はしない。これからはお隣だから交流をしたい』
そんな内容だ
差出人はガーベラ教皇か、ライラック聖教国のトップだ
あまり付き合いの無い国だから情報が少なく、なかなかイメージが掴めない人物だ
だがここまでなら、手紙を読む限り話が通じそうなイメージだ
しかし……しかしだよ
手紙の最後に恐ろしい記入が有るのだ
『派遣したシスターはそちらに新しく教会を作り、あらたな司祭として任せるつもりです
教義には詳しく、人物としても裏は無く素直な娘です
よろしくお願いいたします』
これは言葉通りではない、ハッキリ解る
【左遷したシスターを司祭にしてそこに置いておく。教義しか頭に無いから裏切らない良い駒だよ、処分するならしたら?戦争の理由にするからさ】
こうだろうな
旧ターミナル王国を切り取れなかったから、明確な理由が無ければ不利と考えて送り込まれたエサ……
そう考えると辻褄が合うな、なかなかの狸だわ教皇さまは
このシスターに不敬は無いのだ
あくまでも教義に例えた会話をしているだけなんだ
それを理由に彼女を罰したら『教義を理解出来ない異教徒に裁きの鉄槌を』……こうなるんだろうなぁ
ライラック教は他の信仰に理解がある宗教で、異教徒に対して友好的だ
しかし『殺られたら殺り返す。他人に改宗を求めないから、お前達も我々の信仰に口を出すな』が、基本的な理論の彼等だ
間違いなく揉める
教皇のいやらしい思惑に溜め息をつきながら紅茶を飲む
どうするかは相談しないとな
「教皇猊下のお考えはよくわかった、シスターは司祭になるのでしたな。今ある教会を再利用するつもりか?」
「親愛なる兄弟達の寄進を現世の修行として受け入れる事は神への不敬。大海原で漂う漂流船が神の裾にすがり、林に草花を探すようなものです」
解るでしょ?
そんな微笑みを浮かべ首をかしげるシスター
わかんねぇよ……
「……なるほど」
「まるで神に慈悲を願うような事ですから、ゼスト公爵閣下は心静かにお過ごしください。では、失礼いたします」
立ち上がり祈りのポーズをして去っていくシスター
残された俺は、冷たくなった紅茶を飲み干す
「誰かあのシスターの後を追え、見付かるなよ」
「かしこまりました」
部屋の片隅に居た黒い影が消えた
元冒険者から選んだ諜報部隊だ
「とりあえず、会議か……」
思わず呟いた独り言
それは自分の思う以上に暗く沈んでいた……疲れたな……
会議室で幹部達を集める
まあ、今はアルバートと師匠しか居ないが
師匠はつい昨日到着したばかりだ
黒騎士200を連れての到着だった
帝国もここを譲るつもりは無いみたいだな
「諜報部隊の報告ではシスターは教会跡地に向かい、修復作業をしていたらしい。あそこを拠点に本国と連絡するつもりなんだろうな」
「なるほどね、しかし宗教を外交に使われると面倒だね」
「閣下、斬りますか?」
アルバート……お前は黙れ
「とりあえず皇帝陛下にお伝えして礼状を出していただこう。さすがに私では貫目が足りない」
「そうだね。あまり抱え込まないで帝都を利用すれば良いよ」
師匠、頼りになります
「では、しばらくは様子見か……師匠はこちらにいらっしゃるんですよね?」
「ああ居るよ。だから使ってくれて構わない」
良かった……脳筋しかいなかったから本当に良かった
これで相談役が出来た
やはり頭の良い文官を配下に増やさないと不味いな
だんだん仕事が増えてきたからなぁ
「ところでゼスト、話があるんだが」
地の底を這うような低い声と暗闇よりも暗いその瞳
ピリピリと肌を刺す、目に見えるような殺気
え?何で師匠キレてるの?
アルバート!貴様何とか……居ないし
野郎、逃げやがったな!?
「キミ、ベアトの裸の記録魔道具なんて持ってるらしいね?私はベアトをそんなふしだらに育ててないよ?何をしたんだい?」
魔力でムチをバチバチいう程強化した師匠が迫る
「待ってください師匠、話せば……話せば解ります!」
話せば解る
逆に言えば、話さなければ解らない
ムチが床石を削るのを見ながら久々に思った
…………死ぬかもしれない