58 結婚式の準備
「いやいや、ベアトと仲良くやっておるようじゃのぅ。結構結構、式は盛大にやるからな。何、心配せんでも任せておけば良いからのぅ」
辺境伯家での食事会を終えた後、一家で仲良くお茶を飲んでいた
「お父様、ベアトの晴れ舞台ですもの。半端では済まされませんわ」
義母上もノリノリである
「とりあえず城を飾り付けしないとね。ああ、ベアトの花嫁姿を考えると涙が……」
師匠もやる気だ
「あの、私はそんなに派手では無くても……ひっ!」
ボソリと言ったベアトにキッと視線が集まった
怖いって……
「べ、ベアト。皆様にお任せした方が良いと思うよ」
コクコクと頷く
逆らってはいけない
そんなオーラが漂っているのだ
(お父さん、このジュース美味しいです!)
うんうん、トトはかわいいな
未だに結婚式で盛り上がる辺境伯達を見ながら、俺はコッソリ溜め息をついた
結局、熱い議論は朝まで続いた……
次の日、俺は結婚式の準備は辺境伯に任せてアルバートのもとへ向かっている
「アルバート、居るか?」
黒騎士達の食堂だ。挨拶する黒騎士達に手を上げて答える
いつもの定位置にアルバートは居た
「これは閣下、いかがいたしましたか」
「食事中だったか、だが急用だ。直ぐに付いてこい」
慌てて付いてくるアルバートを馬車に乗せる
そう、馬車に乗せたのだ
「閣下、馬車に私を乗せるとは何かありましたか?」
困惑して聞いてくる
それはそうだ、アルバートが…騎士が上位貴族と同じ馬車に乗るなどあり得ないからだ
「理由は勿論あるさ、次はこれに着替えろ」
アルバートに渡したのはボタンに家紋が付いている入軍服だ
家紋は剣と蛇
俺とベアトの…公爵家の家紋だ
「これはっ!閣下、よろしいのですか?」
なかなか軍服を受け取らない
ボタンに家紋入り
その家の当主と、その当主が叙爵した貴族だけが付けられる証だ
「辺境伯に許可はもらってある。お前は男爵だ、もっと上にしてやりたいが貴族院の年寄りがうるさいから我慢しろ、時期を見て上げるからな」
「閣下、本当によろしいのですか?」
「やかましい、男爵程度でガタガタ騒ぐな。最低でも子爵にはなってもらわないと護衛が出来ないだろうが」
無理やり軍服を受け取らせる
「お前も結婚するのに爵位が要るだろ?受けろ」
アルバートには世話になってるからな
気持ちよく結婚させてやりたい
…世話になって……駄目だ、駄犬事件の印象が強すぎるな
「閣下、ありがたくお受けいたします」
深々と頭を下げるアルバート
「馬鹿者が、泣くヤツがあるか」
「……申し訳ありません……申し訳……」
馬車の中でアルバートはなかなか泣き止まなかった
馬鹿者が……
「これはこれは公爵閣下、よくぞおいでくださいました」
そう出迎えたのはメリルの父親、フラム男爵だ
娘をアルバートと結婚させるのを反対して帝都に送った奴だな
「出迎えご苦労、紹介しよう。我が公爵家に仕える事になったアルバート男爵だ」
「アルバートです、ご無沙汰しておりました」
ギョッとしたが、すぐに笑顔になる
今、フラム男爵の頭の中は計算で一杯だろう
「これはアルバート卿、叙爵おめでとうございます」
かつて身分が下だと疎遠にしたアルバートが、今や同格
いや、公爵付きだからアルバートの方が上だ
部屋に案内されて上座に座る
アルバートは俺の左後ろに控える
お茶が用意されて、しばらくは雑談だ
いきなり本題には入らない面倒な貴族のしきたりだ
「そうだフラム男爵、今日は良い話が有るのだ」
白々しいが仕方ない
最初からこれが目的で来たんだ
「帝都でご息女のメリル嬢を拝見したが、素晴らしい女性だとツバキ皇女殿下も気に入っているのだ。私としてはアルバートと縁を結んで辺境伯家と我が公爵家との橋渡しをしてもらいたいが……どう思う?」
意訳すれば『結婚させろ。皇女と俺と辺境伯家に喧嘩売るのかコラ』
で、ある
「はっ、誠に素晴らしい案かと。異存ございません」
「そうか、細かい事は改めて詰めよう。仲人は私がするからな、心配するな」
意訳すれば『婚約は今確定したから。やっぱり止めたって言ったら戦争な』だ
「では失礼する、アルバート行くぞ」
「はっ!」
俺達は盛大に見送られながら馬車に乗って帰路についた
「……貴族って面倒だと思っただろ?」
「…はい」
「これからはお前も貴族だからな、慣れておけよ」
「……慣れるでしょうか」
「じゃあメリルは諦めるか?」
ガバッと顔を上げるアルバート
「惚れた女の為なんだろ?先輩が教えてやるよ……大丈夫だ、異世界人でも出来るんだ、獣人だからと卑屈になるな」
「…はい。ありがとうございます閣下」
その夜は久しぶりにアルバートと二人で飲んだ
好きな女の為に貴族になった俺達は、明け方まで飲んでいた…
「おはようございます、今日も良いてんき…………失礼いたしましたっ」
仲良く同じベッドで寝ている野郎二人
誤解を解く為に泣きながら土下座を繰り返す羽目になったのは
良い思い出である




