52 絶対に笑ってはいけない叙爵式
荘厳な扉が開かれていく
その奥のきらびやかな謁見の間、壇上には皇帝陛下が座り待ち構えている
皇后陛下は居ないか……相変わらずの溺愛ぶりだな
貴族達が並びあらたなる英雄の誕生を、公爵の誕生を一目見ようと今か今かと待ちわびる
貴族にとって頂点に立つ公爵
その敘爵式など建国以来、数回しかない事だ
帝都の全貴族達が集まっていた
そんな威厳の有る敘爵式
俺達には、ただの罰ゲームだった…………
陛下が真面目な顔で座っている
ただそれだけで笑えて仕方ない
(お母さん、あの陛下おじさんは私のおしっこが好きなのですか?)
ビクンとベアトが震えながら歩みを進める
トトの追い討ちだ
あそこで偉そうに座っているおじさんはおしっこ好き…
頭でリフレインする
(お父さんも、おしっこ飲みたいですか?)
「くっ」
必死に拳を握りしめ、痛みで我慢する
陛下と飲み友達だね!
ダメだ、自分の突っ込みで余計にダメージがでかい
陛下の前で膝を突き、頭を下げる
(わかりました!偉くなるとおしっこ飲むですね!)
まったくわかっていないトトの念話が頭に届く中、宰相が声を出す
「まずは敘爵にあたり、功績を読み上げる。読み上げ官」
指定された読み上げ官……まあ、引退した文官の貴族の名誉職だ
白髪の老人がゆっくりと羊皮紙を開いて読んでいく
(!お父さん、あのおじいさんの帽子、髪の毛みたいです!)
二人で思わずそちらを見てしまう
明らかに乗せている……カツラだ……
止めてやれ、その話題は危険だ
ベアトの肩が震えている
興味津々なトトの念話は止まらない
(お母さん、人間の女の人は、胸がたくさん有るですか?)
胸がたくさんって化け物じゃないか……
トトが見詰める先には四段腹の女性が汗を拭きながら立っている
あれは胸じゃない、腹だ
有る意味化け物だった
何やら儀式は続くのだが、まったく頭に入って来ない
入って来るのはトトの念話だけという状況が続く
すべての事がギャグにしか見えない…………末期だ
「我がグルン帝国にあらたなる公爵が生まれる。敘爵前に余が祝福をしよう」
メイドが恭しく持ってくる銀の水差し
それを銀のタライに入れて、若葉の付いた木の枝で二人に振り掛ける
(!?おしっこは飲むだけじゃなく、かけるですか!)
驚愕に目を白黒させるトト
俺達も目を白黒させる
「ゼストよ、公爵としてグルン帝国に忠誠を誓い、余の剣となれ」
「はっ!!このゼスト!変わらぬ忠誠を誓い!陛下の剣となり!グルン帝国に栄光をお約束いたします!」
気合いと魔力を込めた宣誓になったが仕方ない
「ベアトリーチェよ、公爵としてグルン帝国に忠誠を誓い、余の剣となれ」
「はい!このベアトリーチェ!変わらぬ!忠誠を誓い陛下!の剣となり、グルン帝国に忠誠をお約束!いたしますわ」
イントネーションの若干怪しいベアトリーチェも宣誓を終えた
「ここに二人の公爵が誕生したことを認める!グルン帝国に栄光あれ!」
「「「「「グルン帝国に栄光あれ!」」」」」
(おしっこが光るですか?)
こうして敘爵式が終わった
「トト、静かにしていなさいって言われたら念話も駄目なんだよ?」
「トト?危ないときは仕方ないけど、静かに出来るわよね?」
(はい、出来るです!)
何とか無事に終わった敘爵式だが
俺達はしばらく立ち上がれなかった…………
何とか気を取り直し、夜のパーティー会場へ向かう
このパーティーが終われば一連のイベントは終了だ
懐かしい辺境伯領に帰れ…………ないな
公爵として領地を貰うから、そっちに帰るのだ……
そうか、そうなると結婚式は領地か?
帝都の大聖堂か?
後でベアトと相談しよう
夜のパーティーは順調に進んだ
トトはメイドに世話されて、パクパク食べてご満悦だ
お前、食ってるときは静かなんだな
貴族達が挨拶の行列を作り、順番に挨拶していく
「いやぁ、素晴らしい功績ですなぁ。わたしもあやかりたいですよ、そうそう娘が是非ごあいさつしたいと…………」
「辺境伯とは領地がとなり同士ですから仲良くさせていただいております、是非ゼスト卿ともこれからは……」
「ゼスト卿の武名は伺っております、是非手合わせを……」
こんなのばっかりだ……
娘を紹介するなよ、正室が公爵で側室が皇室だぞ?
お前子爵じゃないかよ……無理だよ……
さすがにベアトを口説く馬鹿はいなかった
1人だけベアトの胸の谷間をガン見していた貴族が居たが
トトにポイッされていた
ようやくパーティーと呼ばれる握手会を終えた俺は、ベアトを部屋に送りさっさと帰って来た
もう限界だったからな
今日も早目に寝てしまおう
おやすみなさい……
次の日は、素晴らしい目覚めだった
おねしょも乱入してくるメイドも居ない
清々しい平和な朝だ
着替えてトトを連れてベアトの部屋に行く
二人で朝食を食べる予定だ
ベアトの部屋の前に着くと黒騎士が番をしている
「ご苦労、異常は無いか?」
有る筈が無いが、社交辞令だな
「ベアトリーチェ様が…朝食を…作っておられました…………」
爽やかな朝は終わったらしい…………




