49 おねしょだけど、おねしょじゃなかった
30過ぎたおっさんでもこんな事もある……
震える足を叩きながらベッドから起きて惨状を確認する事にした
ベッドに広がる世界地図
おねしょとか……おかしいな、位置が高いような?
ちょうど胸の高さで染みが広がっているのだ、ちなみに俺は胸からおしっこなどしないぞ
ふとベッドの枕元を見ると、トトが正座してプルプル震えていた
「おはようトト、どうしたんだい?」
(おはようございますお父さん、ごめんなさいです)
……なるほど
「もしかして、おねしょしちゃったのかい?」
近付いてなるべく優しく聞いてやる
(はい…ごめんなさいお父さん)
「わかったよ。次から気を付けようね、さあお風呂に入ろう」
頭を撫でてやると一気に笑顔だ……実に単純だか、それがトトの良いところだな
仲良く風呂に入って洗ってやる
最近は一緒に入るのが普通だ、お風呂が気に入ったらしい
風呂から出て髪の毛を拭いてやっているとメイドが呼びに来た
陛下からの呼び出しだ、待たせる訳にはいかない
急いで支度をしてメイドに付いていく
案内されたのは前回と同じ会議室、呼ばれたのは俺だけじゃない
ベアトと両親も既に来ていた
四人が揃うと陛下がやって来る、イスから立ち上がり一礼して席につく
「さて、早速だが事情が変わったと聞いたが落としどころは?」
ニヤリと豪快な笑みの陛下
師匠に目配せされた……俺が話すのか…
「精霊化ですが、私とベアトの成した事だったのです。精霊本人に確認しました」
トトがウンウンと頷く
「そうなりますと、私が独立してベアトと共に家を興して……畏れながら皇女殿下を……」
「臣籍、公爵にしてから嫁がせるか……降嫁させるかは俺次第か……」
「御意」
なるほどな、と唸る陛下
降嫁、つまり皇室の姫として嫁に行けば継承権も伴う
繋がりは強くなるが同時に後継者争いの火種も抱えてしまう
臣籍にしてからだと継承権は放棄したとみなされる
どちらが良いかは微妙なところだな
「わかった、まずゼストとベアトリーチェ。お前達は公爵家として家を興せ」
……は?
「こっ、公爵家ですか?」
公爵とは臣籍の元皇族やその親戚だ
家臣で公爵も無いことは無いが、グルン帝国には居ない筈だ
「我がグルン帝国は古の勇者が興した国だ、当然皇族には日本人の血が流れている。日本人のお前が公爵になるのに不都合は無いな」
……そう来たか
「遥か祖先と同じ血を引く男が帝国の臣下の娘と精霊化を成した。公爵として受け入れた帝国は大義名分を手に入れる、ですか…」
「そうだ、お前だけでは心配だが辺境伯家のベアトリーチェが一緒なら他国には走らないし、内乱の心配も無いからな。それなら親戚として取り込むだけだ」
陛下、ハッキリ言い過ぎです
そう、ベアトリーチェが一緒なのが重要なんだ
精霊化は辺境伯家の手柄でもあるのだ
俺だけで精霊化を成したなら反乱が心配だろう
辺境伯家も一緒なら心配するだけ無駄だ
理由は簡単だ
精霊化を口実に反乱されたら勝ち目がまったく無いからだ
元々辺境伯が裏切れば帝国は終わりだ
それが今は精霊化と言う名目まで手に入れているのだ
信頼はしているだろうが、陛下に出来る事は一つだ
「ハッキリ言う。気に入らないだろうがツバキを側室に置いてくれ、頼む」
陛下が頭を下げた
「お、お止めください陛下!」
皆で立ち上がり慌てて止めるが陛下は頭を上げない
「今すぐとは言わぬ、ツバキにもお前達の邪魔にならないよう言い含める。次の皇帝は息子になるだろうが、その次はゼストとツバキの子だ。そうしなければ帝国が割れるのだ」
悲壮な言葉だった
元々辺境伯の力が強くバランスはギリギリだったのかも知れないな
そこにこの騒動だから、陛下も抑えきれなくなってきたのか
「あの…ツバキ皇女殿下がゼスト様の側室になられるのですか?」
黙っていたベアトが尋ねる
ピクンと揺れる陛下
うん、今の声は怖かった
「ベアトリーチェ、納得はしないと思うが耐えてくれないか」
若干震えた声で師匠が言う
「え?耐える、ですか?貴族が側室をとるのは当然だと思いますし、ツバキ皇女殿下と結婚出来るならゼスト様も名誉な事ですわ。何を耐えてお願いするのですか?」
(お父さん、お母さんは本気でそう思ってますよ)
…………そう来たか
シーンと静まり返る会議室
陛下がゆっくり頭を上げる
汗、拭いた方が良いですよ陛下
「ベアトリーチェは結婚に賛成なのね?嫌じゃないの?」
義母上が優しく尋ねる
「はい、私が男の子を必ず産めるとは限りませんし当然では?」
むしろ何でそんな事を聞くのかと言うベアト
……貴族だもんね、そうだよね
はああぁーっと溜め息が出る
俺だけじゃない
ベアト以外の全員が溜め息をついていた
お前、まさか嫌とは言わないよな?空気読めよ?
そんな視線をベアト以外の全員から受けながら
「ありがたくそのお話をお受けいたします、皇帝陛下」
そう言う以外、なんて言えば良いのかわからなかったよ……
親戚になるんだからついてこい
そう言われた俺とベアトは足取りの軽い陛下に連れられて、皇族の居住区に入った
正式な場では陛下をキチンとたてないと駄目だが
周りの目が無い居住区なら気楽にしろと笑われた
陛下、ホッとしたんだろうな
ニコニコしてるよ
「はじめましてベアトリーチェ姉様、ツバキと申します」
ベアトリーチェ姉様……
一人っ子のベアトはこれで陥落した
結婚したら確かに姉になるからな
間違いない
だが今それを言うあたり、ツバキ皇女はなかなかしたたかなんだろうか
念のために注意が必要かな……
仲良く遊ぶベアトとトト、ツバキ皇女を眺めながら紅茶を飲む
対面には陛下と皇后だ
「安心したわ、仲良くしてあげてね?」
「ベアトリーチェに断られたらと思うと寝れなかったぞ」
お二方、俺の意見は無視ですか?
「お前はベアトリーチェが嫌がらないなら断らないだろ?」
……お見通しでしたか
明日にはテラスから国民へ精霊化を成した事をお披露目
ツバキ皇女の降嫁、俺達の公爵への敘爵が発表される
結局、皇族として嫁がせるようだ
正室では無いから普通ならあり得ない
だが正室が精霊化を成した英雄なら仕方ないと言えるから大丈夫だ
あくまでも精霊をたてた対応をしたって示せるからな
しばらく雑談しながら過ごし、夕食を一緒に食べてから部屋に帰る
明日は朝から忙しいから、早めに休まないとな
そうして公爵になる事が決まったり、ツバキ皇女との結婚が決まったりの激動の1日が終わったのだった……
「ゼスト様、わたし出来ちゃったみたいなんです…………」
朝、メイドに起こされて言われたセリフに
しばらく呆然としていた……俺はしてないぞ?