46 寝耳が血だらけ
「そうだったのですか…ゼスト様、申し訳ありませんでした」
「いや、ヤキモチをやくベアトも可愛かったから平気だよ」
「ゼスト様ったら…もうっ」
ポコポコ腕を叩くベアト
ええ、仲直りしました
軍の宴会で差し入れに用意しただけだと説明したのだ
まったく、アルバートは後で念入りに可愛がりが必要だな
しかし、ベアトと精霊が遊んでいるのを見ると姉妹…いや
親子みたいだよ
子供か
俺は日本じゃ独身だったから、初めての結婚そして子供になる
大事にしなきゃな
じゃれあう二人を眺めていると、不意に目があう
「ゼスト様、この子は名前を決めないのですか?」
……忘れてたわ
「ベアトと二人で考えたかったんだよ、良い名前あるかな?」
良し、上手く誤魔化せたな
ニッコリ笑うベアト
本当によく笑うようになった
その可愛らしい笑顔でこう口を開く
「実はつけたい名前があるんです…………トトってつけたら駄目ですか?」
トトね……お金が当たるのか?
「トトか…どんな意味があるんだい?」
そう聞くと真っ赤になりながら
「ベアトとゼストの…トを合わせました」
やだ、かわいいこの子
二人の名前から取ったのか
(ご主人様、トトって私の名前?)
キラキラした目でたずねる精霊に、笑いかけてやる
「そうだな、お前の名前はトトだ。気に入ってくれるか?」
しばらくうつむいてプルプルしていたトトは、ガバッと顔を上げる
(私はトト!気に入りました、ありがとうご主人様とご主人様)
そしてベアトに抱き付いてグリグリ顔を擦り付けている
気に入って良かった
しかしご主人様とご主人様って、わかりにくいよな
「トト、ご主人様とご主人様じゃわかりにくいですわ。他の呼び方は出来ないの?」
うーん、と悩むトト
(そうだ!お父さんとお母さんは駄目ですか?)
さすがにそう来るとは思わなかったわ…
まさかの不意討ちにベアトも俺も真っ赤になった
でも二人で精霊化させたんだから、間違いでは無いけどさ
「わ、私は構わないが…ベアトはどうだい?」
「わたくしも。嫌ではありませんわ…」
(じゃあ、お父さんとお母さんですね!そう呼びます)
そう言って微笑むトト
俺達もつられて笑う
これが家族って感じなのかな…
そんな事を思いながら幸せな時間が過ぎていった
だが、その時は突然やってくる
「ゼスト様!トトの着替えが無いとは、どういう事ですの?」
そう、トトの着替えが無いのである
交換日記と同じ黒をベースにした金糸の刺繍が入ったドレス
腰にミスリルの鎖
それしか無いのだ
ちなみにパンツは履いていない
……違うぞ?寝るときに見えただけだ、見た訳ではない
別に着替えが無くても平気らしいが、女性からするとそれは駄目らしい
「今から仕立てに行きますわ、さあゼスト様?」
これは断ると地獄を見るパターンである
「ああ、すぐに行こう」
俺は考えるまでも無く即答する
メイドに馬車を用意させて、城下町へと出発した
城下町の被服店…まあ洋服屋さんだな
違う点は全てオーダーメイドだという事だけだ
義母上が使っているオススメ店だ
トトの着替えを買いに行くと伝えたら教えてくれた
辺境伯家の御用達だから安心出来る
店の前に馬車が止まると、店員がズラリと並ぶ
「いらっしゃいませ、ベアトリーチェ様。ご無沙汰しておりましたわ」
そう言って挨拶するのは白髪の混じる年配の女性だ
「ええ、久しぶりね。今日は婚約者様も一緒よ」
「まあ噂の次期筆頭様ですわね?はじめて、店主のターニャと申します。よろしくお願いいたします」
スカートを摘まんで膝を深く折る
次期筆頭ね
良くご存知で…まあ耳が早くないと商売人失格だよな
「ゼストだ、今日はこの子の着替えが欲しくてな」
肩に乗ったトトがニコニコ手を振る
「まあまあ、可愛らしい精霊様はじめまして。最高の生地をご用意いたしますわ、どうぞ中へ」
ターニャに案内されて店内に入る
まずは俺が続いて、ベアトがその後ろをついて…………来ないな
どうしたんだ、何か美味しそうなモノでも有ったのか?
まったく食いしん坊め
やれやれと振り向くと、ベアトの手を取り
見知らぬ男が何やら騒いでいたのだ
あぁん?誰だアレは
「…離してくださらない?」
「そんなつれない事をおっしゃらずに、素敵なお嬢さん。おお、まるで絹のような肌だ、あなたのお名前を教えてくれても良いではありませんか」
ニヤニヤとベアトの手を握る見知らぬ男
…よろしい、宣戦布告とみなす
俺はゆっくりそいつに近付いた