37 モーニング手合わせ?
モーニングコールならメイドにして欲しい
朝の目覚めはかわいい女の子に笑顔で起こされて、なかなか起きない俺に
「もう、お寝坊さんですねっ」
って、指でつつかれたい
何が悲しくておっさんの怒鳴り声で起きなきゃならんのだ
俺は寝起きが壊滅的に悪いんだ、誰だか知らんがぶち殺すぞ
イライラしながら着替えようと起き上がると、メイドが飛び込んで来る
「あっ、の、ノックも無く失礼いたしました。外でお止めしておりますが騎士様がゼスト様に手合わせを願いたいと詰め掛けておりまして…」
パッと頭を下げるメイド
「ああ、気にしていない。着替えて行くから部屋で待たせておきなさい」
「かしこまりました」
ドアを開けて小声で指示を飛ばすメイド
すぐにこちらに近付き着替えの手伝いをしてくれる
当然その程度一人で出来るさ
でもメイドに手伝わせるのが貴族の決まりなんだよ
まったく、朝から部屋に押し掛けて手合わせしろとはどんな馬鹿なんだ…
騎士と言っていたが騎士爵では無いだろうな
たかが騎士爵で俺の立場の貴族にアポ無し突撃手合わせなんて言ったら、殺されても文句は言えないからだ
そうなると上級貴族?いや、それならばメイドが顔を知っている筈だ
宮殿に詰めているメイドはエリートばかりだ、知らない筈が無い
中級貴族が武装してやって来たのか…それならば有り得るな
宮廷魔導士筆頭になることはまだ知られていないから、男爵や子爵ならそのくらいするかもしれないな…
面倒な事になりそうだ
着替えが終わり、溜め息をつきながらドアを開ける
「朝から突然やって来て、いったい何のよう……ん?」
部屋を見回すが誰も居ない
イスには座っていない
テーブルにはお茶が用意されているので、来ている筈なんだが何処に行ったんだ
振り返りメイドを見るが、彼女も困惑しているようだ
ふと肩に柔らかく温かい何かが当たる
ついでに良い匂いだ
(おはようございます、ご主人様)
「おはよう、機嫌が良さそうだね」
ニコニコしながら頬にスリスリしている精霊
朝からイラついていた心が暖かくなるようだ
(はい!ご主人様が寝てるのにウルサイ人が来たから静かにさせたの。誉めてください!)
……静かに……させた?
「ありがとう、偉いね精霊は。そのウルサイ人は何処に居るんだい?」
怖いのでなるべく優しく聞いてみる
(エヘヘ、街の噴水と繋げてポイッてしたの。ご主人様ナデナデして欲しいです)
「ああ、良いとも。朝食はまだかい?一緒に食べよう」
若干震えながらイスに座り精霊を撫でる
あまりこいつは怒らせないようにしよう……
だんだん感情が豊かになってきたからな、気を付けないと
ニコニコ笑うミニチュアお嬢様の精霊を撫でながらそう決めた
ポイッとされた騎士様については考えない事にする
精霊様がやったんだから仕方ない
これで押し通す
食事が終われば貴族達から来た手紙に目を通す
誰と最初に会うか、場所はどうするのか、これは師匠と相談しながら決める事にした
辺境伯家の付き合いも有るから、勝手に決められないのだ
結局、昼を挟んで夕方まで掛かって段取りを決めた
別に適当で良さそうなものだが、そうはいかないのが貴族社会なんだ
面倒だよな
ほっと一息つく暇も無く、メイドが迎えに来る
宴会その2 帝都の貴族全員集合だ
ちなみに街では酒と料理を国が買い上げて無料で配布されてお祭り騒ぎらしい
兵士達は治安維持で駆り出されて大変だろう、だから明日は兵士達と宴会なんだ
メイドに案内されたのはホールの主賓用出入口
陛下の合図で扉が開かれて入場だ
師匠は別の入り口から既に入場している
あくまでも主賓は俺と精霊だから仕方ない
ゆっくりと扉が開かれた
さあ、貴族達との楽しい腹の探り合い開始だ気合いを入れよう
肩に乗る精霊を一撫でして歩き始める
「おお、あれが精霊様か」
「新筆頭殿はずいぶん若いな」
「側室は居ないらしいですぞ」
「ほう、黒を着る事を許されているのか」
「ふんっ成り上がりが」
そんなひそひそ話が聞こえてくるパーティー会場
陛下と話している俺の周りはほとんど野郎ばかりだ
パーティーでは初対面の男性に女性からは話し掛けてはいけないからだ
まず父親か身内の男性が俺に話し掛け、それから女性を紹介する
そんな流れが決まっている
さらに面倒な事に爵位でも決まりが有るのだ
爵位が下の者から上位者に話し掛けるのも駄目
まだ正式では無いが陛下から宮廷魔導士筆頭になることは話されている
そうなると侯爵扱いだ
初対面で話し掛ける事が出来るのは皇族、公爵、侯爵の男性貴族だけとなる
そんな決まりが無いとパーティーで死人が出るからな
何百人とひたすら挨拶とか頭が痛くなる
そんな訳で帝都に居る条件に合う貴族は皇族のみ
公爵や侯爵は基本的に領地のトップとして各地に居るからだ
だから皆遠巻きに立って居るだけで、俺に話し掛けられるのを待つしか無い
だからひそひそ話くらいしか聞こえて来ないんだ
「そうだゼスト、娘を紹介しよう。ツバキだ」
ツバキか…日本の椿なのかな?
昔、異世界人の勇者が居たって話だし
「はじめましてゼスト次期筆頭、わたくしツバキですわ。伝説の勇者様がお好きだったお花の名前だそうですわ」
そう言ってスカートを摘まんで軽く膝を折る
10歳くらいの可愛らしい少女で皇后にそっくりだ
緊張しているのか笑顔が堅いが
「これはご丁寧な挨拶をありがとうございますツバキ皇女殿下、ゼストでございます。まだ精霊には名前が無いのですがご挨拶をお許しいただけますか?」
やや芝居がかって大袈裟に挨拶するとニコリと子供らしい笑みになる
ふふ、子供はかわいいな
「はい、かまいませんわ。精霊様、はじめまして。ツバキです…ツバキでございます」
言い直したな、また小さいのに立派なもんだと思わず頬が緩む
少女が頑張って挨拶しているのだ、微笑ましい光景じゃないか
精霊もツバキ皇女が気に入ったのか、ふわりと浮かび上がると目の前まで行き顔の前で止まる
少女の真似をしてカーテシーをするとニッコリ微笑んだ
それを見たツバキ皇女もつられてかパァっと笑顔になる
(これで合ってますか?ご主人様)
「うん、上手にできたね」
頭を撫でると猫のように目を細めて気持ち良さそうにする精霊
ふふ、かわいいなぁ
そんなほんわかとした空気の中、師匠が合流したので挨拶回りに出発する
だが、ツバキ皇女が精霊の側を離れたくないと言って付いて来るハプニングが有ったので
予定よりかなり少ない貴族にしか挨拶出来なかった
陛下も小さな娘には甘いらしい……気持ちは解る
おかげで貴族達も皇女の前で込み入った話が出来なくて簡単な挨拶だけで済んだ
逆に助かったよ
挨拶も終わりホールの壁側に用意された席に座り皇女と精霊が遊んでいるのを飽きる事も無く眺めて居ると、パーティーも終わりの時間になる
「今宵は楽しんで貰えたようで何よりだ、次期筆頭の誕生を嬉しく思う。皆も帝国の為にこれまで以上に励め」
陛下の言葉でパーティーは終了だ
ほとんどツバキ皇女と遊んでたら終わったよ
だけど嬉しいハプニングだから大歓迎だ
貴族達の腹の探り合いを回避出来たんだから…
ツバキ皇女をエスコートしながら主賓用の扉をくぐり抜けると
少女らしからぬ妖艶な笑みで囁かれた
「ゼスト様、ずっとご一緒させていただいてありがとうございます。貴族達は私達を祝福してくれますわ」
小さくても皇室の女って怖い……
これは嵌められたんでしょうか……胃が痛い……