33 皇帝陛下との謁見
(ご主人様、広いお城ですね)
「そうだな」
(ご主人様、キラキラしてますね)
「……そうだな」
皇帝陛下へ謁見するために俺達は城の中を歩いている
前で案内する兵士がチラチラこちらを振り返る
それはそうだ、肩に乗せた人形と話すおっさんなど、初めて見たのだろう
「ゼスト、楽しそうなのは良いがはしゃぎすぎるなよ」
「はい義父上、申し訳ありません」
他の目があるからこの喋り方だ
意訳すると
『精霊さん楽しんでる?でもまだバラしたら駄目だよ?』
『解ってます』
こうなる
精霊化など伝説クラスの珍しい事だから、まずは陛下に報告しないと駄目らしい
おかげで俺は痛い奴扱いである
交換日記の精霊はお構い無しに話しかけてくる
物珍しいのだろう、あれは?これは?と、大騒ぎだ
ほら、あんまり動かないの!スカートが捲れるだろうが……
今着ているのは、初めて出てきた時と同じ服だ
本の表紙である革と同じ黒を基調としたドレスで要所に金色の飾り付けが施され、腰にはミスリルの鎖をベルトのように巻いている
そんなかわいい人形のスカートをいそいそと直す俺
……兵士もあんな顔で見るわな、完全に変態だよ
隣で歩く師匠は顔を背けて震えている
絶対笑ってるよな
不気味なモノを見る目の兵士、人形をいじるおっさん
明後日の方向を見ながら震えるオジサマ
出会ったメイド達が悲鳴を上げるようなその集団は、ようやく謁見の間に到着する
扉を守護する兵士が、一瞬腰の剣に手をかけたのは見間違いの筈だ
案内の兵士が報告すると、ゆっくりと扉が開かれる
「バーナム辺境伯家ソニア-バーナム魔法師団長、同じくゼスト-バーナム卿」
入り口の兵士が声をあげる
謁見の間には多くの貴族達が集まっているようだ
敷き詰められた青いフカフカの絨毯を歩き、色が赤に変わる境目の手前で片膝を床につき頭を下げる
ちなみに赤い絨毯を踏んだら、物理的にサヨナラだ
「面を上げよ」
顔を上げて壇上の椅子に座っている人物を見る
短い金髪碧眼のガッシリとした逞しい男性
この人が……皇帝か
「久しいなソニア、何年ぶりだ?」
「はい、5年ほどでしょうか。陛下もお元気そうで何よりでございます」
頷くとこちらを見る
凄い威圧感だな、これが頂点に立つ人のオーラってやつか
「貴様がゼストか……なるほどな、辺境伯家が認める訳だ。良い面構えと魔力だな」
「はっ!お言葉ありがたく存じます」
「宮廷魔導士との件は聞いた、正式な決闘だと認めよう。しかし結婚をかけて決闘とはな…物語かと思ったわ」
ニヤリと笑う陛下
これでお咎めは無しだな、皇帝陛下の決定は覆らない
「畏れ入ります。養父より教えを受けましたので……」
「はっはっは、そうだ養父があのガレフであったな!それならば仕方無いな」
養父上、あなた何したんですか……
幼なじみと結ばれた養父を引き合いに出したら陛下大笑いしてるし
なんかやったんだな、帰ったら聞いてみよう
陛下の笑いが一段落したとき、一人の貴族が咳払いをする
「畏れながら申し上げます」
「宰相か、申せ」
そう話し出したのは恰幅のよい初老の男性だ
あれが宰相か
「ははっ! ああ、ゼスト卿の肩に……その、乗っている人形はいったい何事ですかな?皇帝陛下の謁見にてそのような戯れは許されぬかと愚慮いたします」
シーンと静まる謁見の間
ひそひそと話す声が聞こえる
「やはり錯覚では無かったか」「貴公にも見えるか」「昨夜飲み過ぎたかと…」
ザワザワとしてくる
だが、陛下が片手を上げると静まりかえった
「ゼスト、何か意図が有るのだろ?申してみよ」
それはそうだ
気まぐれでこんな真似したら狂人である
いきなり無礼打ちされる可能性も有ったんだよな…
いや、師匠の事だから、手回しはしてくれているのだろう
肩の交換日記を床に下ろして立たせる
「こちらは私達の本が精霊化したものでございます、挨拶を」
交換日記はヨチヨチ歩いて陛下の方を向き、ニッコリ笑いながら手を振る
「精霊化してまだ1日でございますので、無礼は平にご容赦くださいますよう、伏してお願い申し上げます」
慌てて頭を下げる
交換日記!お辞儀だよお辞儀!
俺の願いは届かずに手を振り続ける交換日記
うん、かわいいんだけどそうじゃない
沈黙が支配する謁見の間
その静寂を打ち破ったのは、立ち上がった陛下の一言だった
「各国に使者を出せ!我が帝国に精霊化を成し遂げた英雄が産まれたのだ!!更に国庫を開いて全ての帝都民に放出せよ!宴の準備だ!」
「英雄の再来だ!」「早馬を用意しろ早く!」「金はいくら使っても良い、盛大にやるぞ」「人手を用意しろ、休みは延期だ」
蜂の巣をつついたような騒ぎの謁見の間
驚いて怯える交換日記の頭を撫でながら、今更だけど精霊化ってとんでもない事だと再認識していた
「ゼスト、宴は3日ぶっ通しだからね?」
そう言って微笑む師匠に返事する気力は残って居なかった……