24 辺境伯家の秘密
辺境伯のやる気満々な報告書を見せられてドン引きしている俺です
何故この人達はこれを見ながら笑えるんだよ……
「あの、これは……よろしいので?」
恐る恐る聞いてみる
「ふぉふぉ、この程度構わぬよ。婿殿はちと辺境伯家を誤解しておるのう」
イスに座り直した辺境伯が笑みを深めながら教えてくれる
「我等がグルン帝国はのぅ国の回りを海に囲まれた大陸の突端に位置して居るのは承知の通りなんじゃがな、そのグルン帝国で唯一陸で他国に接しているのが我がバーナム辺境伯領地じゃ……ここまでは勉強しておろう?」
紅茶を飲んで間を空ける
「その我々バーナム辺境伯家にはな、幾つかの特権があるのじゃ。一つは正規軍の軍装に黒を使う事を許されている。単に黒色という訳ではないぞ?領地特産の黒鉄と呼ばれておる鉱石を使った装備を唯一許されているのじゃ」
ニヤリと笑みを深める辺境伯
なるほど、黒鉄とは養父上から借りた鎧にも使われている極めて貴重な金属だ
それの独占を許されているなら、半端な事ではない
貴重さも大概だが、素材としてとても素晴らしい性能なのだ
この世界で産出されている金属で一番硬く魔法に強いとされているから武具は黒鉄、装飾品はミスリルがそれぞれ最高の素材とされている
「それは、破格な対応ですね」
思わず声が出る
だってそうだろ?そんな貴重な金属を独占だ、普通なら反乱を恐れて渡さないで皇帝直轄が当然だからだ
「初代皇帝陛下の勅命じゃからな。『バーナム家を帝国の盾とせよ。黒鉄を扱うのはバーナム家のみ、例外は認めない』とな」
ふむ、何かしら裏が有るのだろう
裏もなくそうしたなら、国が荒れる元になりかねない
「で、今一つがな……バーナム辺境伯家の在り方についてじゃ。これも初代皇帝陛下の勅命が有るのじゃ」
……余程初代皇帝はバーナム家に思うところが有ったんだな、優遇なんてものじゃないぞ
「『バーナム家は未来永劫辺境伯とする。その代わりバーナム家は帝国最強の矛であり盾であることを命ずる』と、いうものじゃ」
思わずポカーンとしてしまう
よ、要は『強ければこまけぇこたぁ良いんだよ』である
楽しそうに辺境伯は続ける
「じゃからな、我等に武力で挑戦したからには返り討ちになったところで誉められこそすれ罰なぞないわい」
「は、ははは、なるほど」
「だが帝都のボンクラどもめ、辺境伯家を軽く見ていたようじゃからな、良い薬じゃわい」
ふぉふぉと楽しそうで何よりです……バーナム家怖い
「まあ、他にもあるがとりあえずはそれだけ知っておれば良いわ。気楽に待っておれ婿殿」
「そうだよ。ベアトと仲良くパーティーでも出ていればあっという間だよ。これから忙しいよ?ゼスト」
師匠……やはりあなたは清涼剤です
優しいパパで良かった……たまに辺境伯モードになるけどな
「ワシ等からの話はこんなもんじゃ。婿殿は着替えてベアトのところに顔を出してやってくれ。あの豚貴族のせいで機嫌が悪くてかなわんからのぅ」
そう言われて部屋を出される
メイド達に拉致されて着替えさせられる
パンツまで脱ぐ必要あったか?メイド長、こっち見ろよ
あれよあれよと黒い上等な軍服を着せられたこの黒い軍服は、辺境伯家の正装だそうだ
帝国でこれが着れるのは辺境伯領の正規兵だけで、俺の着てる豪華な仕様は辺境伯家だけだそうだ
完全に一族扱いだな
まあ、これでそうそう簡単には邪魔者にはされないか?
いやまだ気を付けないと危ない、自重しないとな
メイド達に案内されて、お嬢様の待っている部屋にたどり着く
そこはお嬢様だけではなく、数人のドレスを着た女性も一緒に待っていた
うわぁ、めんどくさそう……そんな感想を顔に出さないように挨拶する
「失礼いたします。ベアト、待たせてしまいましたか?」
先ずお嬢様に声をかける
いきなり部屋の主を差し置いて他の初対面の女性に声をかけたらマズイどころではない
「ごきげんようゼスト様。別に待ってなどおりませんわ、どうせ夜はパーティーで一緒に居なければなりませんから」
『ゼスト様!会いたくて仕方なかったです。でも夜はずっと一緒に居られるから我慢しますわ』
相変わらず嫌悪感を塊にしたような顔のお嬢様だが、最近はこのギャップにニコニコしてしまう
かわいいなぁ……あれ?俺異常なのかな?
「ベアト?先ほどは見苦しいものを見せてすいませんでした。気分は悪くありませんか?」
お嬢様の手を握りながら優しく訊ねる
「大丈夫ですわ、あの程度は武門の娘ならば当たり前の出来事ですもの」
『わたしが心配なのかしら?うふふ、ゼスト様は優しいわ』
握られた手を親の敵のように見詰めながら答えるお嬢様
でも嫌じゃないんだよね、かわいいなぁ
そのやり取りを見ていた女性達は悲鳴をあげている
扇で赤くなった顔を隠しているが、隙間からキチンと確認中である
そうだ、居たよなこの人達……忘れてたわ
その後、お嬢様の隣に席を用意されて女性達を紹介される
だが全く頭に入らなかった……隣のお嬢様がずっと手を握って離さないのだ
もう、この子かわいいわぁ……思わず見詰めてしまう
そんな俺達を女性達がキャーキャー言いながら囃し立て「なれ初めは?」「お互いの何処に引かれた?」などなど
異世界も地球も変わらないであろういじられ方をしていた
彼女達も貴族で未婚、だから相手をこの後のパーティーで見付ける為に気合いを入れているらしく、お互いやいのやいの騒いでいる
ふぅ、矛先がそれたかな?隣のお嬢様を見る
お嬢様も視線に気が付いたようでこちらを向く
「どうなさいました?」
『なあに?ゼスト様どうしたのかしら?』
この『なあに?』が可愛い過ぎたので少しイタズラする事にする
スッとお嬢様の耳に顔を寄せる
「ベアトは可愛いなと思ったんだよ。愛してるよ」
耳元に小声で呟いてみる
お嬢様の顔は真っ赤だ…………険しい表情なのはお約束である
「……わたしもですわ」
『絶対離さない絶対離さない絶対離さない絶対離さない……』
ヒイッ!心の中が怖すぎる!!
ヤンデレとかいうやつか?それともツンデレなのか?それはそれで有りだな、問題ない
そんな楽しい時間を過ごしていたがそろそろパーティーの時間だ
今回は俺とお嬢様がメインだから出席者が揃ってから登場する
その為お客さんである女性達は一足早く会場へ向かうし、お嬢様も最後のおめかしがあるので俺は一人だけ別室で待機だ
異世界に来ていろいろ有ったが悪くない
可愛い婚約者とある程度の地位と力を手に入れたから、これから大きなミスをしなければ安泰だろう
我ながら頑張ったもんな、師匠との訓練とか地獄だったし
軽く涙目になりながら紅茶を飲んでいると迎えが来たようだ
「あなたがゼスト卿ですかな?……わたしの息子と決闘をしたという……」
勢い良く部屋に飛び込んで来たおじさんに般若のような形相でそう言われ、俺は少しチビッていた……