23 騒動の後始末
「いやいや、さすが騎士団長の跡取り殿だ。宮廷魔導士相手に圧倒的でしたな」
「ありがとうございます。私など養父や師匠に比べたらまだまだですよ」
もう何回繰り返したか解らないこのやり取りだが、それでも挨拶待ちの列が出来ている
豚野郎を物理的にさよならした後は貴族達に囲まれてこの騒ぎだ
帝国の魔法使いの頂点と言われている宮廷魔導士の3席を軽く殺したとなると引かれるかと心配したが全く問題無い
「宮廷魔導士を軽く捻るなど、養父殿にそっくりですな」
「ああ、騎士団長も若い時にありましたなぁ」
……養父上のおかげだ
「ガハハハ、さすが私の息子だな!」
好戦的な笑みのフルプレートにガシャンガシャン肩を叩かれる
埋まるから……ほら、俺の足下の石畳割れてるから
「養父上、ありがとうございます」
喜んでいる養父は止まらない
「謙虚な事だ。だがな、あれほどの武を示したのだ、もう少し自慢しても構わないぞ?そうだ!折角だから私とも勝負を……」
「いたしません。養父上にはまだまだ及びませんよ」
こうして養子とは言え、跡取りと仲が良く上手くいっているアピールも大切だからな
貴族達に対するパフォーマンスなんだろう
養父上、血走った目で見ないでください
アピールですよね?アピールだと言ってください
「ゼスト様、お話し中失礼いたします。辺境伯閣下より伝言です」
兵士がそこに割り込む
辺境伯閣下の指示ならばそちらが優先だから良いタイミングだ、助かった
「ああ、閣下はなんと?」
「はっ!ベアトリーチェ様との婚約を祝い、夜から宴を催すとの事です。ゼスト様は城へ入り打ち合わせと準備を、とのお言葉です。ご同行ください」
「解った、案内を頼む。皆様申し訳ありませんが閣下のご指示にて失礼させていただきます」
フルプレートはガシャンガシャン悔しがっていたが閣下の指示には逆らえない
大人しく……はないが、納得してくれたようだ
「くっ!ならば貴様ら、身体が疼くだろう!?手合わせするぞ、ついてこい!」
「よっしゃ、騎士団長やりましょう!」「騎士団長と手合わせ出来るなら喜んで!」「ヒャッハー手合わせだー!」
「騎士団長殿!我ら魔法兵もご一緒させてください!」
「ガハハハ、構わん、みんなまとめて付いてこい!」
そんな脳筋達は訓練所へ走って行く
夜までには帰って来るだろ、ほっとこう……魔法兵まで何やってるんだか
まあ反感が出なかったのは良かったな
出る杭は打たれるか……だがここまで飛び出せば簡単には打たれない
それでも挨拶に行かないとな貴族達には
勝ったよ凄い、婚約しましたおめでとう
幸せに暮らしましためでたしめでたし
なんてならないのが貴族社会だ
少なくとも今回は辺境伯が根回ししていたし、養父上も動いていたからこそのこの結果だ
このあとは楽しい楽しい挨拶・お礼参りが待っているのだ
面倒くさい……でもやらないと敵が増えるし味方は減るんだ仕方ない
ふと前を見ると案内をする兵士がチラチラこちらをうかがっているのに気が付いた
「どうかしたか?気になる事でも有るのか?」
ビクッと肩をすくませた兵士は申し訳なさそうにこちらを振り返る
「も、申し訳ありませんゼスト様。そのう……わたしも結婚を申し込みたい相手が居るので握手をしていただけませんか?あやかりたいのです」
照れながら赤い顔の兵士は、まだ10代であろう幼さが残る若者だった
「ふふ、構わないよ。まさかその相手はベアトリーチェ様ではないだろうね?私と勝負といくかい?」
「とっと、とんでもないあんなこわ……気高い方ではなく幼なじみの騎士爵家の娘なんです」
……こら、怖いって言いかけただろ
「上手く行くと良いな。頑張れよ」
そう言って握手してやると、『光栄です!ありがとうございます!』と何度も頭を下げていた
良いなぁ、幼なじみか
その子はかわいい系か?綺麗系か?髪の色は、身長は?と、若い兵士をからかいながら城に用意された部屋に着いた
用意された部屋は応接間のようで座り心地の良さそうなソファーがある
座って休むかと腰掛けた瞬間にはメイド達がやって来てお茶の用意をしてくれるがお茶の用意だけでは済まない
若い女の子だからな
「ご婚約おめでとうございます」「あんな申し込み、物語みたいです」「お嬢様が羨ましいです」
キャイキャイと嬉しそうに騒いでいた
普段なら叱られるだろうが、今日は特別なお祭り騒ぎだからセーフらしい
お堅いメイド長も居たのだが叱る気配は無い
「ゼスト様でしたら側室も必要なのでは?そうですわ、お嬢様とご結婚なされば屋敷も使用人も新しく必要ですわね?」
何やらメイド同士で争いが発生しているようだが見えない事にする
女性の争いに首を突っ込むとろくな事にならないからな
虚空を見つめながら紅茶を飲んでいると、呼び出しが来たようだ
辺境伯の執務室へ案内するのはメイド長がその役目を勝ち取ったようだ
30代だろう彼女は確かにスタイルも良いし仕事も出来そうなのだが……まだ独身なんだろうか?何か裏が有りそうで怖い
流し目に気が付かないようにしながら執務室に到着して入るとチッ……って舌打ちが聞こえたが気のせいだ
執務室には辺境伯と師匠が待っていた
「お呼びにより参上いたしました閣下」
頭を下げようとするが手で止められる
「よい、婿殿。正式に婚約者となるのじゃ。家族と思ってくれて構わぬよ」
そう微笑む閣下……だから何でそんなに邪悪な笑いなんですか
「はい、解りました義祖父上と義父上」
「ふふ、早く孫の顔が見たいですね。あなた達の子なら優秀な魔法使いになりますよ?楽しみですね」
師匠は優しいパパモードで良かった……辺境伯家の清涼剤である
「改めまして、よろしくお願いいたします」
軽く頭を下げる
「うむ。まあ、とりあえずはご苦労じゃった。若干の変更は有ったが予定通りここまで来たな」
席を勧められて師匠の隣に腰を下ろす
「さて、呼び出したのは態々挨拶の為ではない。あの豚宮廷魔導士の後始末の件でお主に知らせておこうと思ってのぅ」
こちらの目を見詰めながら、俺の意思力を確かめるように続ける
「法衣貴族で宮廷魔導士となると、死んだ事を帝都に知らせた後に監査員が派遣されるじゃろう。今回ならば何故決闘になったのか?決闘に卑怯な罠がなかったのか?その辺りかのぅ」
これは当然だろう
国の幹部が死にました、原因不明ですが異常なし
これで済ませる馬鹿は居ない
「じゃから念のため婿殿には監査員が来る事を把握しておいて欲しかったんじゃよ。……ああ、それと今回の顛末を書いた報告書に婿殿のサインも貰おうかのぅ」
そう言って一枚の羊皮紙を手渡されると、そこには飛ばない豚事件の詳細が書かれていた
俺はその中の一文に目を奪われる
『まさかあの程度の使い手が宮廷魔導士とは夢にも思わなかった為に驚いた。
更にはその程度の使い手が辺境伯家の娘に求婚するとは、これは侮辱である。一戦も辞さない』
帝都に喧嘩売る気満々である……
俺は生き残れるのか、これ……