216 舞踏会の準備には
お待たせいたしました。
5月10日に三巻が発売となります。
いやぁ、今回は凄かったです。
イラストのサービスカットが凄まじいです。
だって、温泉回ですし……ご期待ください。
「と、ところでスゥよ。この褒美はどういう意味だ?どうすればいいのだ?」
「旦那様、このような珍しい生地を独占する事を許されるというのは、非常に光栄な事なのです。もう少し嬉しそうにするべきかと」
「そうなのか……ならばあの店は、陛下に喜んでいただけたのか」
「旦那様もお気に入りのようですし、そうなのでは?」
「……」
皇帝陛下とのお出かけという難易度が高いミッションをコンプリートした筈なのにコノザマである
スゥは柔らかく微笑んでいるのだが、目が笑っていない
妹の機嫌の悪さは兄になんとかさせたいところなのだが、生憎と駄犬にそんな事は期待できそうもないし、しようとも思ってはいけない
余計な被害が増えるだけである
「なあ、スゥよ。そろそろ機嫌を……」
「お言葉ですが、機嫌が悪いからこのような事を言っているのではありません。この生地を独占してよい事が皇帝陛下よりの褒美。で、あるならば……奥様にもご説明が必要なのですよ?」
「ん?ベアトには『お洒落な生地が手に入った』という流れでだな……」
「『なぜそれが褒美なのか?』を説明するには、どうしても昨日の朝帰りの件を奥様にご説明しなければなりませんね」
「……」
その通りである
こんなスケスケの生地が俺への褒美になると陛下が判断したのだろう流れを話さない訳にはいかない
そうなれば……勘違いとはいえ、ノーパンすき焼きがバレバレになってしまう
「私はそうなった場合、旦那様が大変な思いをしてしまうのが心苦しいのです。なぜもっと上手く事をはこべなかったのか……私が不機嫌に見えたのでしたら、それは自分自身に対してです!」
「……スゥ……」
ならば、朝方からずっとその顔で説教されているようなこの流れも勘弁してほしい
そう言わなかった自分を褒めてあげたい
主人の事を案じている忠実な家令
確かにその部分もあるのだろうが、彼女が俺に説教を続けているのは他の理由が大きいと知ったのだった
「そうすれば、宰相殿がいつまでたっても帰ってこない陛下を案じ、この部屋で朝まで私に対してお小言を言う事もなかったでしょうに」
「それは……申し訳なかった……です」
朝帰りをしてたっぷりと寝だめした後、朝からずっとお小言大会になっていたのはこれが原因なのだろう
思わず敬語になってしまったのも仕方ない
あの宰相殿にネチネチとスゥは叱られていたのだ
それはどんな拷問だろうか……これは何か彼女にも褒美的なモノを用意した方がいいだろう
決して彼女を敵に回してベアトに告げ口されたら胃が壊れるからではない
純粋に苦労をした配下への報酬である
「そうだ!スゥにも何か褒美を出そうじゃないか!」
「……褒美でございますか?」
何を物で誤魔化そうとしているのか?
そんな言葉が聞こえてきそうな目をしているが、無視する
ここは先に言ってしまった者勝ちだ
「最近はずっとその法衣を着ているだろう?それだと何かと勘違いする輩が多いと聞く。教国の関係者なのか?とか、アナスタシアと間違えたりとかな」
「それはそうですが、むしろお嬢様の影武者としても便利ですので。お嬢様を口説こうとする男共を私がキッチリと処理できますし」
「う、うむ。それでもお前が家令なのだ。対外的にも何かわかりやすさも必要だろう」
「確かに……大公家の家令としてはそうかもしれません」
家令に説教をされたくないから褒美で誤魔化したなんて、大貴族としては落第どころではない
なので、彼女に褒美を与える理由はこんなところでいいだろう
『家令としてわかりやすく、また大公家として相応しいように』褒美をやるのだ
「よし、この生地でお前の外套を作る。それには我が大公家の家紋を入れろ」
「か、家紋入りの外套!?旦那様、それを私にですか!?」
「何を驚く?大公家の家令が、大公家の家紋入りの外套を着て何が悪い?これ以上なくわかりやすいだろうが」
「……旦那様……かしこまりました。そのように手配致します」
そう返事をして、生地を大事に両手で抱えながらスゥが部屋から出ていく
助かった……ようやく長い説教が終わったのだ
その時はそうとしか思えなかった
部屋を出ていく彼女が、ほんのりと頬を赤らめていたのを気がつくべきだったと後悔したのは、その一ヶ月後の事なのだった
「舞踏会の手配か……」
「閣下、それならば家令殿に言えば直ぐに済むのでは?」
「お養父様、アルバートが正論を言うなんて、何か悪いものでも食べたのでしょうか?」
「うむ。スゥには勿論言ってあるとも。だが、何かこう心配というか……ああ、アナスタシアは初めてか?アルバートは訓練の後だと比較的まともな事を言う場合が多い。今度試してみなさい」
「さようでしたか」
「まあ、そうなのですね!今度試してみます、お養父様!」
脳ミソも筋肉で出来ているアルバートは、体を動かしてからだと若干知恵が回るのだ
今のようにまともな事を言ったという事は、おそらくドラゴンあたりと殴り合いでもしたのだろう
黒騎士達との訓練だけだったならもう少し抜けている筈である
「まあ、アルバートの件はさておきだな。何か忘れている気がするというか……不安なのだ」
「閣下が忘れている事ですか」
「お養父様でもそんな事があるのですね」
珍しい物を見たような雰囲気をしているが、俺だって完璧超人ではない
ポカミスだってするし、物忘れだってする
それでベアトをほったらかしにして地獄を見たのはいい思い出だ
「私だって普通の人間だ。心配もすれば失敗だってする。夜中に怯えて泣くことだってあったぞ?」
「はっはっは、閣下が普通とは。このアルバート、耳を疑いました」
「うふふ、お養父様はご冗談がお上手ですね」
「いや、笑い事ではないぞ?」
「閣下が泣くなど……どのような事態です?」
「お養父様が怯えるなど……ドラゴンが万単位で来襲でもしたのですか?」
『ご冗談を』と言いたげな苦笑いの二人だが、俺の次の言葉で真顔になった
「ベアトとの結婚記念日を忘れていた事が……」
「閣下、それ以上はいけません」
「お養父様、想像しただけでお腹が痛くなりますからおやめください」
「……だろう?」
真顔というよりは能面のように表情が無くなった二人を前に紅茶を飲む
あの時は本当に怖かった
豪華な料理だが、すっかり冷めてしまったそれの前に座って微笑むベアトに『昨日は結婚記念日でしたわね』と言われたあの瞬間
人間は極限の恐怖を感じると、膝からストンと崩れ落ちるという事を知った日である
「そう怯えるな。今となっては笑い話だ。あれはそうだな……ちょうど一年くらい前だった……か……な?」
「「……ま、まさか……」」
ちょうど一年前
これすなわち、それが意味するところ
クリスマスの一年前はクリスマス
バレンタインの一年前はバレンタイン
誕生日の一年前は誕生日である
震えながら俺達が振り返った先にあるカレンダー
マリーが作った『ベアトカレンダー』の日付を確認すると、そこにはハッキリと書かれていたのだった
大きなハートマークの縁取り付きで『結婚記念日』と
「あ、アルバート!!準備はスゥに任せた!!」
「はっ!ご武運を!」
「アナスタシア!大至急帰るぞ!」
「一刻の猶予もありません、急ぎましょうお養父様!」
アナスタシアを小脇に抱えて身体強化全開で走り出す
行儀がなんだの言っている場合ではない
何よりも優先するべきなのはベアトなのだから仕方ない
だが、そんなに急いだ状態でも忘れる事は許されない物はある
「お、お養父様?ドラゴンの所へ向かうのでは?」
「アナスタシア、手ぶらでは帰れぬだろう?両手で抱えきれぬ大きさの花束を買って帰らねば」
「はっ!そうでした!さすがはお養父様です、私はそこまで考えが及びませんでした」
「毎回同じ花束ですまないと謝った事があるのだが、ベアトは花が好きだからな。そんな事はないと喜んでくれるのだ」
俺が渡した花束を嬉しそうに抱きしめる彼女は、本当に綺麗だった
部屋に飾った後は押し花にすると言っていたな
忘れてしまっていたお詫びに、いつもより大きな花束を贈らねば
そう思って花屋へと急いでいた俺だったのだが、そうは簡単にいかないのが俺の人生らしい
「……花がないだと?」
「も、申し訳ございません!」
帝都の『老舗!大奥の花園』に到着した俺に言われたその一言に思わず聞き返す
大名コースでお花取り放題ではなかったのか?と
「じ、実は以前ドラゴンがやってきた時に庭園が被害を受けまして……無事だった花を増やしている最中ですので、今摘んでしまうと絶滅してしまいます」
「……ならば仕方ないな。だが、他の花屋にも在庫がないというのはどういう訳だ?お前のところから全て出荷している訳ではなかろう?」
帝都の外れにあるこの店に来る途中、何件か普通の花屋はあったのだ
この遠い店まで来たのは、他の花屋が開店休業じょうたいだったから仕方なくという意味合いが強い
……だって急いでいるんだ、近い店の方がいいに決まっている
「は、はい。ほとんどはうちの店が賄っておりますが、野山の花々を摘んで来る店も何件かはございます。ですが、最近、その場所に野盗が住み着いてしまい近寄れないとかで……」
「ほう、場所は知っているのか?」
「はい、存じておりますが……え?きゃああああああぁぁぁぁぁ!!」
「お、お養父様、一般人にこの速さは毒です!死んでしまいます!」
野盗が邪魔で花が摘めないなら、野盗を摘めばいいじゃない
店の女性を担いでドラゴンの元へと走る俺に、反対側に抱えたアナスタシアが小言を言うが大丈夫だ
「アナスタシア、安心しろ。治療魔法を流し込んでいるから死にはしない」
「あ、そうだったのですね。ならば安心ですね、お養父様」
「いやああああああぁぁぁぁ、け、景色が流れるううううううぅぅぅぅぅぅ」
数分後、元気な悲鳴をあげる女性と共にドラゴンの元へと到着した俺は、その場にいた黒騎士達と一緒にお花摘みへと向かった
「一刻も早く、花束をベアトに届けなければならん。野盗ごときが邪魔しようなど片腹痛い!皆殺しにしろ!!」
「ヒャッハー!お花摘みだぁ!」
「血が花に付着しないように綺麗に殺せ!」
「アルバートの旦那は留守番で残念だったな!こっちは当たりだ、暴れるぞ!」
「……天国のお母さん、私の知ってるお花摘みと違う……」
お花摘みが終わって、取り過ぎてしまった花を元気な悲鳴の店員さんに渡したのだが、彼女は随分と大人しくなっていた
うわごとのように繰り返す彼女を黒騎士達に任せて領地へと急ぐ
今回もギリギリになってしまった
でも大丈夫、今回は前回とは違う!
夕方とはいえ、ちゃんと結婚記念日当日には間に合ったのだ
花束とアナスタシアを抱えて上空から飛び降りる
ドラゴンの着陸を待つのも面倒なのだ
身体強化しているから、着地程度でケガはしない
館へと入り、ベアトの部屋を目指す
程なくしてたどり着いたその部屋のドアをゆっくりと開ける
大丈夫だ、今回は大丈夫だと自分に言い聞かせながら
「まあ!お帰りなさいませ、ゼスト様。結婚記念日は昨日でしたわね?その花束……何のお祝いですか?」
夕暮れで薄暗くなった部屋の中、豪華な料理が並ぶテーブルに一人座っているベアト
料理はすっかり冷えて表面はカサカサしており、元々は氷が入っていたのだろうワインを冷やすボウルには水が揺れるのみ
「ひぇっ」
小さくだが確実に聞こえてくる小脇に抱えたアナスタシアの悲鳴
彼女をそっと下すが、生まれたての小鹿のように足が震えていた
無理もない、部屋が暗いせいもあるがベアトの瞳にハイライトが消えているのだ
俺も正直言って、少し出た
「昨日はお忙しかったのですか?ゼスト様」
ここである
ここで返事を間違うと地獄である
間違っても『うん、忙しくてさ』なんて言ってはいけない
先ずは謝ろう……悪いのは俺なのだから、素直に謝ってから事情を説明しよう
そう決意して口を開きかけた時、アナスタシアが絞り出すように言った
「お養母様、違います!お養父様は悪くないのです!陛下が……皇帝陛下が飲みに行こうと誘ったのです!!」
「……ふぅん、皇帝陛下が……うふふふふふ、そう、そうなの、皇帝陛下が……うふふふふふふふふふふ」
涙ながらにそう言ったアナスタシアを優しく撫でながら呟くベアト
全てのヘイトが皇帝陛下へと向かった瞬間である
……余計にややこしくなったのかもしれません……
こちらと交互を目安に更新は続けます。
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