214 陛下とお出かけ
「ふはははは、どうだゼスト!この騎士服は似合っているか!?」
「ええ、よくお似合いですよ、陛下」
テンション高めの皇帝陛下にお世辞を言って紅茶を一口
最初は『平民』に変装して街に繰り出したいと言っていた頭髪偽装者だが、さすがにそれにはストップをかけた
どう考えても『平民に偽装した俺とアルバート、そしてアナスタシアに陛下』というのは目立ち過ぎる
そんな見えている地雷を踏み抜く趣味は無いのだ
「しかし騎士服というか、黒を着てもいいのか?」
そう、アルバートの予備の騎士服を皇帝陛下に着せて『黒騎士』に変装させたのだ
これならある程度は権力を行使できるから、余計な争い事は強権を発動して回避できる
そして陛下も言っていた黒を着る事は簡単な理由で問題ない
「構いませんよ。私も黒を着る者を任命出来ますから。今回は特例として許可します」
「そうか!皇帝といえども黒は許可出来ないからな。そうか、ゼストがいいと言うなら辺境伯も文句は言うまい」
そう言ってウンウン頷く陛下は満面の笑みだ
おもちゃを買ってもらった子供のようなはしゃぎっぷりである
黒の騎士服というのは、この世界では男の子の憧れのような存在なのだ
陛下ですら権力でのゴリ押しで着る事は出来ない『武勇に優れた者』の証でもあるからだ
実に微笑ましい光景だが、アルバートは若干渋い顔だった
「しかし……閣下の決定に文句を異を唱えるようですが、よろしいのですか?黒を着ることをお許しになって」
「うむ。もしそれを許可しなかったらどうなると思う?」
「はっ!普通の騎士服であっても特に問題は……」
「アナスタシアにどこかの馬鹿貴族が声をかけてくるのはほぼ間違いない。『いい女ではないか。私の妾に』と言ったらどうなると思う?」
普段ならこんな質問なんてしない駄犬なのだが、今回の件では言ってきた
だが、こいつの気持ちもわかる
黒というのは辺境伯家出身の者にとっては、やはり特別なのだ
しかし俺がそう説明すれば納得したような顔になる
「なるほど、そんな事態になれば間違いなく閣下が大暴れするでしょうし……私もそやつを叩き切る自信があります!」
「アルバート卿、そのような事態になったら必ず相手を斬ってください。お嬢様に対して不敬を働くなど、生きている価値はありません」
物騒な話をしている兄妹コンビだが、少し待って欲しい
俺的には『ああ、大騒ぎになりますね』くらいの気持ちだったのに、殺す前提とは恐れ入った
しかも二人ともそこは決定事項のようである
「いや、さすがに私もいきなり殺したりはしないぞ?仮にも貴族なのだから、流れというものがあるだろう。まあ、そんな低能な貴族などゴミのようなものだから消えても問題ないだろう。やはり最初は身分を明かしてから家同士の話し合いにして、取り潰しにして平民にしてから処分だろうな」
「なるほど……勉強になりました、閣下!」
「さすがでございます、旦那様」
「お前達、皇帝である俺の前であんまり物騒な話をするなよ……最終的には殺す気なんじゃないか……」
テンションダダ下がりでジト目の陛下
え?いやだなぁ、たとえ話じゃないですか
それにそうなったら、余分な費用も減って財産も没収出来るから帝国にとってはプラスですよ!
そう説明したら『ははは、こやつめ』と許してくれた
一応事前に一言いってね?とは言われたが、やるなとは言われていない
よし、言質はとったな
これで何かあっても大丈夫だろう……多分……
「お待たせいたしました、お養父様」
そんな自問自答をしていると声がかかる
アナスタシアもお着替えをしていたのだ
さすがに法衣では目立ち過ぎる
聖女アナスタシアはかなりの有名人だし仕方ない
「おお、似合っているじゃないか」
「アナスタシアお嬢様、非常に凛々しいですね!」
「お嬢様!むしろこれからもそれでいいのでは?我が部下達も喜びます!」
「ほほう、これなら聖女殿とは思われんな。よし、行こう。早く行こう!」
騎士服に着替えたアナスタシアは、法衣の時とは違い、キリッとした武人というイメージである
ぽやぁっとしたいつもの雰囲気ではない
いや、もしかしたら法衣が本体だった可能性まで……は、ないかもしれないが
ともかく普段とは違うので、別人のようだった
尚、胸はいつも通りの大平原で安心した
「陛下、ものには順序というものがあります。ましてや御身を危険にさらしてはいけないと、臣は色々と考えているのです。もう少しお待ちを」
待てが出来ない犬のような状態の陛下に一言言ってアナスタシアに向き直る
女性がいつもと違う服装をしているのにスルーしてしまうと、大概大変な事になるのだ
身をもって学習した事である
「うん。精悍な感じでいつもと印象が違うな。これならアナスタシアだとバレないだろう……それにその格好も私は好きだぞ?」
「うふふ、そうですか?なら、訓練の時等はこの服装にしますね!お養父様!」
満面の笑みで機嫌がよさそうな彼女
その頭を撫でながらふとスゥを見れば、しっかりと頷いて声を出さずに口だけは動かしていた
『素晴らしいお答えです』と
どうやら合格だったようだ
「そうか。法衣で訓練も悪くないが、スカートがな……騎士服ならズボンだしいい事だな」
「旦那様はお嬢様のおみ足がチラチラと出てしまうのが、ご心配なのですね」
「お養父様が心配なら、そのようにいたしますね」
よし、ここまでは完璧な流れである
これでアナスタシアの件は終了だ
ここからは話が外出について変わるのだ
つまり、あの男の出番となる
「アルバート、外出するにあたって……良い店は確認できたか?」
一番心配なのがこれだ
ここで失敗すれば、間違いなく致命傷である
聞きたくない気もするがそうはいかないのだ
「はっ!今回はこのアルバート、必死の思いで調べてまいりました!!」
「……ほう……」
じゃあお前、今までは適当だったのかよ
そう言わなかった俺の寛容さは神ではなかろうか
我ながら心が広いと言わざるを得ない……陛下が見てるから余計な事を言えないというのもあるが
それほど面倒な事件が連発しているのに、だ
まあ、今となっては面白かったけどさ
「今回のお店は『鍋奉行本店』です!なんでも、異世界の大人気料理である鍋が食べられるお店だそうです。そして個室もあってゆったり過ごせるとの評判です!」
「完璧じゃないか、アルバート」
思わずそう言って褒めてしまう
この寒い時期には鍋なんて最高の御馳走だ
しかも陛下は毒見やらで温かい食事は食べられないだろうから、余計にポイントが高い
尚且つ、個室もあるとは花丸満点である
「陛下、温かい食事を皆で囲める店です。さっそくまいりましょうか」
「おお!それは何よりの馳走だな!!」
『今日はハンバーグカレーよ』とお母さんに言われた子供のような笑顔で陛下が喜ぶ
それを微笑ましく見ながら、俺たち一行は出発するのだった
……その店の詳細を知らずに……
「これは騎士様、いらっしゃいませ!個室でよろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼む」
「かしこまりました、個室は若干料金が……」
「それは問題ない。気にしなくていいぞ」
「はい!ありがとうございます、ではこちらへどうぞ」
スゥが用意した馬車で目的の店に到着した俺は、店員の女性にそう話す
この世界だと、部屋代がかかるようだが仕方ない
陛下が一緒なのだから個室以外の選択肢はないだろう
そこまではいいのだが、案内する店員の女性が妙に短いスカートなのが今の一番不安な事だ
もう既にフラグがビンビンである
「ああ……念の為だが、そういう接待は求めていないからな?わかるだろう?」
後ろに続く陛下達……特にアナスタシアには聞こえないようにくぎを刺す
これで部屋に入るなりムフフな展開になったら、ベアトに物理的な話し合いをされてしまうからな
「ええ、わかっておりますとも。ご安心を」
「そうか……いや、変な事を言ってすまなかったな」
俺に向き直り、綺麗なお辞儀をして答えた女性に安心した
もし、この店がそんな店でもこれで安心だ
妙なサービス無しで考えれば、非常にいい店でいい選択なのは間違いないのだ
「これは少ないが心付けだ。とっておけ」
「こんなに!?あ、ありがとうございます」
「だからと言って対応は……」
「はい。我々もこれが本業ですから、心得ておりますとも」
そう語る彼女の目はプロのそれだった
確かにその通りだ
これ以上言うのは、彼女達のプライドを傷付けてしまうな
手を差し出せば、向こうも察してしっかりと握ってくれた
この握手で確信する
もう、何も怖くないと
そして、ようやく個室へとたどり着くのだった
「これはすき焼きというのか……実にうまいな!」
「はい、とてもおいしいです。次は何を取りましょうか?」
「……」
「……」
部屋の奥で食べている二人は、実にいい笑顔で大満足の様子であった
熱い・うまいとはしゃぐ陛下に、テキパキと取り皿にとってあげるアナスタシア
着ている騎士服も相まって、上司と部下の食事風景である
そこはいい
「あ、この辺りの肉は食べ頃ですよ」
「あ、ああ」
「はっ!かっ……副隊長、私が取りましょう」
「騎士様、私が取りますからご安心を」
そう、向こうは実に平和なのだがこちら側がいけない
店員の女性が付きっきりでお世話をしてくれているのだ
「副隊長さんには、はい、どうぞ」
「う、うむ」
「こちらの騎士様は肉がお好きみたいですし、追加しますね?」
「よろしくお願いしたい!」
さすがに個室とはいえ、閣下などと呼ばれたらマズイので『副隊長』と呼ばせている
陛下は『隊長』だ
そこはいい
肉好き平騎士役のアルバートも獣人族だし、そこもいい
問題はこの給仕をしている女性だった
「すいませーん、お肉の追加をおねがいしまーす!」
「はーい!ただいまー!」
鍋奉行の名に恥じぬ和室な作りの個室にそんな声が響く
床は畳のようになっており、座布団に座ってテーブルの鍋を囲むという日本風だ
そこは本当に素晴らしいのだ
「すぐに追加のお肉が来ますからね。あ、奥の方々は……」
「我々が渡すから心配ない」
「隊長方には一式追加で頼む」
「そ、そうですか?確かにいい雰囲気ですものね」
わかりますよと言う彼女は、絶対にわかっていない
隊長が部下の女性隊員といい雰囲気とでも思っているのだろう
それを邪魔しないように気を遣う部下……そんなところか
だが、俺達がこの女性を向こうに行かせたくないのは違う理由なのだ
「すいませーん、一式追加ひとつおねがいしまーす」
「はーい!ただいまー!」
またまた元気よく追加の注文を部屋の外へと告げる女性
その女性のおみ足を目に入れないようにアルバートを睨む
「……普通の店だって言ったよな?」
「閣下、これは私も予想外なのです……」
そう
注文するのも鍋の給仕をするのも、一段高くなった場所でしている女性
ミニスカートの女性なのである
……お察しの通り、少し動くたびにチラチラ見えるのだ
「それに、あの女性が下着を履いていないのは閣下の多すぎる心付けが問題かと」
「……そうなるとは思わなかったんだよ!」
思わず素が出てしまう俺だが、これは仕方ないだろう
『余計なサービス無し』のつもりで渡したのに『自然体で見えるのを楽しむ上級者』だと勘違いしやがったのである
……いや、確かにこれはこれで……
「お養父様?どうかなさいましたか?」
思い悩む俺にアナスタシアが気を遣って声をかけてくる
今はこの優しさが怖い
いかん、こっちを向かせてはいけない
「だだだだ大丈夫だとも。さあ、もっと食べなさい」
「そそそそそその通りです。ささ、野菜をどうぞ」
ノーパンミニスカートの女性を見られないように必死のガードである
鍋で体の中から温まる筈なのに冷や汗を流しながらの食事は続くのだった
……アルバート、酒だ!酔い潰してさっさと帰るぞ!!
最近はこっちも書いてます
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