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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
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213 帝都の罠

「お養父様、私はお養母様からくれぐれもと念を押されて同行しているのです」

「うむ。心配性なベアトらしいな」


「それに、私はお養父様の事は心より尊敬し親愛の情を抱いております」

「ああ、私も心から娘として愛しているとも」


「ですから、そのお養父様に対して不遜な態度を示すというのは……そう!神に対して不敬を行うようなものなのです!!」

「そこがおかしい……」


顔色悪く震える皇帝陛下に退席の許可をもらって自室に帰ればコノザマである

このアナスタシアのセリフだが、前半だけ見たら普通に思うかもしれない

だが、瞳のハイライトが消えた真顔で言われている状況ではそうは思えないだろう

どうやら彼女のスイッチをどこかで押してしまったようだった


「旦那様、奥様がお作りになった焼き菓子をご用意いたしました。お嬢様とめしあがってはいかがですか?」


ナイスアシストだ、スゥよ

魔力で震えないように強化した手足も限界に近い

俺に対して被害はないが、無表情な美少女というのは破壊力が凄まじい

それが死んだ魚の目をしていれば余計だろう


「そうだな、アナスタシア。一緒にベアトのお菓子を食べようじゃないか」

「……お養母様の?はい!いただきます、お養父様!」


瞳に輝きが戻ったアナスタシアの頭を撫でて椅子に座らせる

これで一安心なのだが、いったい何が彼女のスイッチになったのだろうか?

それを探ろうかとも思ったのだが、神は俺にそんな時間は用意してくれないらしい

城の奥深く、普通なら不審者なんて来られる筈はないのだが……

荒々しくノックされるドアの音で、俺の思考は中断されるのだった


「大公である旦那様がいらっしゃる部屋のドアをあのように……いったい何者が……」

「閣下、ここは私がビシッと注意してまいります!」


訝しむスゥに対してやる気満々のアルバート

確かに普通ではないから、荒事担当の駄犬の出番だな


「緊急事態の可能性もある。伝令兵だったら許してやれよ?いきなり叩き斬るなよ?」

「はっ!確認してから斬ります」


俺達がくつろいでいるこの部屋の隣は使用人の控え室である

廊下からこの部屋へ入るには、そこを経由しないと入れない

ビシッと敬礼したアルバートはそのドアを開けて消えていく

使用人控え室の廊下側ドアを開けるためにだ


「お養父様、もしやお養母様に何かあったのでは?」

「アナスタシアお嬢様、ご心配なさらず。かの地には辺境伯やソニア卿。お姉様であるカチュアお嬢様もいらっしゃるのですよ?」


幼い子供に言い聞かせるように優しく言ったスゥに同意だ

あの人外魔境に居るベアトに何かあるとは思えない

しかしアナスタシアの返事は予想の斜め上だった


「いいえ、外敵に対しての不安などありません。私が心配しているのは、あの風使いに対してです!」

「それは……確かにあの風使いならば……ですがっ!」


真顔でシリアス展開をしている二人なのだが、俺にはサッパリである

誰?風使いって……


「ああ、スゥよ。その風使いとは何者なのだ?警戒すべき相手なのか?」


二人は顔を見合わせて頷くと、こちらに向き直りゆっくりと口を開いた


「ご存知ないのですか?旦那様」

「ライゼル殿の事です、お養父様」


「ライゼルが風使いなのか?何でまたそんな……」


「大公領地の風使いライゼル。その者、大空で母性の象徴である胸を感じる術を編み出した偉人」

「それほどの胸好きでありながら、側室全て慎ましやかな胸の女性を選ぶ探求者と言われております、お養父様」


実にくだらない話を聞いてしまった

無駄な時間と知識どころではない

皇帝陛下に損害賠償を貰いたいレベルだ


「……そのボンクラライゼルがどうしたと言うのだ?確かに阿呆だが、害は無いだろう?」


「旦那様。よろしいですか?よくお考えください。今、あの旧ドワーフ王国には風使いで胸の為なら命をかけられるライゼル殿が居るのですよ?」

「そうね、スゥ。残っているのはお養母様とカチュアお姉様。そしてミラ姫ですもの……胸の戦闘力で言えばお養母様の一人勝ちです」


「それは……まさかベアトに対して何かすると?ははっ!それは考え過ぎだぞ、二人とも」

「閣下のおっしゃる通りです。ライゼル殿が奥様に何かするとは思えませんな」


「そうなのですか?」

「お養父様、それは何か理由が?」


心配する二人と違い、俺の言葉に頷くアルバート

戻ってきたのか……まあ、来ていたのは馬鹿貴族なのだろう

そして彼は知っているからこその反応なのだろうな


「奥様に挨拶をしていたライゼル殿が、不敬にも奥様の胸をこう……いやらしい目で見たのだ」

「うむ。私が右目に指を突っ込んで、ベアトが鉄扇で左目を潰していたな。ああ、スゥの時も同じ様な事があったな」


「あの時はアルバート卿が張り倒したのでしたか……しかしさすがは奥様と旦那様。それならば如何に阿呆でも学習した事でしょう」

「……お養父様?私が挨拶をした時は、そのような視線は感じませんでしたが……」


アナスタシアがボソッとそんな事を呟いたので、思わずといった感じで全員の視線が集まる

……彼女の慎ましい胸へと


「……せ、聖職者に対してはそんな事は出来ないだろう?」

「閣下のおっしゃる通りです!」

「そうですね。旦那様のお言葉が正しいかと」


「聖職者だから……なのでしょうか……」


自分の胸とスゥの胸を交互に見ながらそう言った

これは非常に危険な流れである

何とか回避はしているが、いつ地雷を踏んでしまうのかわからない状況だ

どうにか違う方向に誘導しなくてはならない

でも下手には動けない

そんな緊張感が漂う雰囲気を打ち破ったのは、まさかの人物であった


「ああ……話の最中にすまんな。ゼスト、ちょっといいか?」


そう……俺の事を呼び捨てに出来る人物

この帝国の皇帝陛下がそこに立っていたのだった


「なっ!?陛下!」

「こ、これは皇帝陛下。御前にて失礼いたしました」

「皇帝陛下!ご機嫌麗しゅう……」


俺とスゥにアナスタシア

三者三様に驚いていたのだが、一人余裕のある者が居る


「閣下、言い忘れておりましたが……皇帝陛下がお忍びでいらっしゃっております」


うん

知ってるよ、今目の前に居るものね



「陛下、我が配下の不手際……伏してお詫び申し上げます」

「いやいや、やめてくれ他人行儀な。それに俺が言ったのだ、忍びだから構わなくていいと」


それは大事にするなって意味であって、無視していいって意味じゃないだろう

しかし、いくら居住区から近いとはいえお忍びで陛下が来るとは予想外だ

仕方ない部分もあるか?


「まあ……ゼスト大公が率いる家臣団も本人も人間らしい所を見れてホッとしたぞ?」

「はあ……人間らしいですか?」


「そうとも。お前は自覚がないだろうが、大公軍団は武勇はぶっちぎりの帝国どころか大陸一。更に領内は豊かで活気に満ちている。陰謀でちょっかいを出そうものなら、どこからともなく影の軍団がやってくる魔境とか言われているぞ?」


全く反論できません

しかしあえて言わせてもらえば、領地と軍団がおかしいだけで俺を含む幹部達は……やっぱり異常だったわ


「その超人軍団の頭、ゼスト大公が娘や部下達と騒いでいるのを初めて見た。何だ……お前も苦労が多いな……」

「……お言葉、かたじけなく……」


「ふふっ、それに親戚扱いだと言っただろう?固くなるな。ツバキの件で俺とお前は同じ娘の親同士だからな」

「陛下……」


やだ……ハゲとか思ってて申し訳なく感じる程イケメンぶりである

そんなに優しい言葉をかけてくるなんて


「お前を信用はしていたが、どうにも一線を引かれているような気がしていた。だが、今日のお前を見る限り大丈夫そうだな」

「ご心配をおかけしました。私に野心も野望もありませんよ。ベアトと生きていければいいのです」


「はっはっは、またベアトリーチェ公爵か?お前は本当に一筋だな」

「当然です。ベアトは全てに優先しますから」


これでいい

超人軍団とか物凄い警戒されっぷりだもんな

『ベアトの尻に敷かれる公爵。部下達と馬鹿話をしながら辺境を守る男』

そんな認識をしていてもらおう

そうすれば、この皇帝陛下が生きている限り粛清などはされないだろう

次の代は……調教次第だな


「ま、それはそれとしてだな。今日は頼みがあって来たのだ」


ひとしきりそんな話をしていると、真面目な顔になった陛下が切り出した

既に嫌な予感しかしない


「実は城下町に遊びに行きたいのだ。いや、普通ならば皇帝がそんな事をと宰相や側近達が大騒ぎするのだがな」

「……」


反射的に『うっそだろ、お前』と言わなかった自分を褒めたい

何を言い出すのかと思ったら、遊びに行きたい?

本気なのか?このハゲは


「ゼスト公爵と一緒ならば問題ないと結論が出た。お前と一緒にいて死ぬなら仕方ないだろう。大陸で一番安全なのがお前の側だからな」


うんうんと一人で頷いているが、これは決定事項なのだろうか?

断るべきだよなぁと部下二人に視線を送れば、悲しい現実が待っていた


「陛下のお着替えをご用意してまいります。お忍びとあらばそれなりの服が必要でございます」

「閣下、飲み屋の情報を仕入れてまいります。今度こそ大丈夫です!」


そうだよね、この流れで断るとか痛くない腹を探られますよね

流れるように動き出す二人を見ながらため息をつく

そんな俺の肩をポンと優しく叩く者が居た


「お養父様、皇帝陛下の護衛ならばお養父様とアルバートで十分でしょう。しかし、神の試練は時として想像を絶する出来事を与えたもうものなのです。そしてそんな時に最も重要なのは……」


素晴らしい笑顔で説法が始まる

長々と語っているが、彼女の言いたい事はたった一言で表現出来る


「アナスタシア、お前も一緒に行きたいのか?」

「行きたい、行きたくないではありません。行くのです」


「あ、はい」


何故か俺がアナスタシアに頭を撫でられながら『いいお返事です』と言われる

ちょっと意味がわからないで困惑していると、陛下の二度目となる言葉が追い打ちとなった


「……お前も苦労してるよな……」


この苦労はお前のせいだけどな、ハゲ

言葉に出さなかった俺は、偉いと思う……割と本気で

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